Science誌掲載|脳は「見る」と「想像する」に同じニューロンを使っていた

Science誌掲載|脳は「見る」と「想像する」に同じニューロンを使っていた

Cedars-Sinai Health Sciences Universityの研究チームは、人間が物体を「見るとき」と「想像するとき」に、脳内の同じニューロンが同じコードで活性化されることを初めて詳細に解明し、研究成果を学術誌『Science』に掲載した。

研究では、てんかんの診断のために脳内に電極を一時的に埋め込んだ16名の成人患者を対象に実験を行い、顔や物体の画像を見た際に活性化した視覚反応ニューロンの80%について、ニューラルコードの解読に成功した。また、患者が同じ画像を記憶から想像した際、これらのニューロンの約40%が同一のコードで再活性化した。研究には深層視覚ニューラルネットワークおよび生成AIが活用された。本研究は、PTSD(心的外傷後ストレス障害)やOCD(強迫性障害)などの治療法開発への応用が期待される。

From: 文献リンクStudy Shows People Use Same Neurons to See and Imagine Objects

【編集部解説】

今回の研究が画期的な理由は、「見ることと想像することに脳の同じ領域が使われる」という仮説を、初めて個々のニューロンレベルで実証した点にあります。これまでfMRI(機能的磁気共鳴画像法)を用いた研究では、両者に共通する「脳の領域」は確認されていました。しかし、fMRIは数百万ものニューロンが集合した活動しか捉えられず、同じ「個々の神経細胞」が関与しているかどうかは、長らく証明できずにいました。今回の研究はその壁を突き破ったものであり、University College Londonのナディーヌ・ダイクストラ神経科学者が「この分野が待ち望んでいた研究だ」と評したのは、決して過言ではありません。

本研究のもうひとつの核心は、「ニューラルコード」という概念にあります。これは、あるニューロンが「何に」「どのように」反応するかというパターンの組み合わせであり、いわば脳が使う「視覚の言語」です。研究チームは、深層視覚ニューラルネットワークを用いてこのコードを解読し、さらに生成AIで「実験参加者が一度も見たことのない画像」を新たに生成して脳の反応を予測、その予測が的中することでコードの正しさを検証しました。AIが神経科学の「仮説検証装置」として機能した、という点も見逃せません。

注目すべきは、想像時のニューロン再活性化が「ほぼ同等の強度」で起きていたという事実です。NPRの報道によると、ワディア博士自身も「非常に驚くべきことだった」と述べています。私たちが「想像は現実より薄い」と感じるのは主観的な体験に過ぎず、少なくとも腹側側頭皮質における神経レベルでは、「見ること」と「想像すること」の境界は思いのほか曖昧なのかもしれません。

臨床的なインパクトも大きく、PTSD(心的外傷後ストレス障害)やOCD(強迫性障害)に加え、統合失調症など、鮮明な映像が制御不能に浮かぶことを特徴とする疾患への新たな治療アプローチが期待されます。「なぜ」ニューロンが再活性化するのか、「どのように」記憶が適切なニューロン群の選択を導くのか――これらは今後の課題として残されており、この問いへの答えが、精神科医療を根本から変える可能性を秘めています。

一方で、潜在的なリスクについても考えておく必要があります。研究チームは「誰かが何を想像しているか」を脳活動から読み取ることができたと報告しています。現時点では脳内電極を必要とするため一般への応用は遠い話ですが、将来的に非侵襲的なニューラルインターフェース技術と組み合わされた場合、「思考の読み取り」に近い技術へと発展する可能性も否定できません。プライバシーや同意の問題は、技術の成熟と並走して議論されるべき課題です。

なお、世界人口の約1〜4%は「アファンタジア(aphantasia)」と呼ばれる、自発的なメンタルイメージを生成できない状態にあることが知られています。今回の研究は、この状態の神経学的メカニズムの解明や、脳に画像を「書き込む」ブレイン・コンピューター・インターフェース(BCI)研究への示唆という意味でも、今後の展開が注目されます。「見ることと想像することが同じ言語を使う」という発見は、人間の認知と意識の本質に迫る、静かでありながら大きな一歩と言えるでしょう。

【用語解説】

ニューラルコード(Neural Code)
ニューロンが「何に」「どのように」反応するかというパターンの組み合わせ。脳が視覚情報を記述・伝達するために使う、いわば「神経細胞の言語」である。今回の研究では、知覚時と想像時に同一のコードが使われることが実証された。

紡錘状回(Fusiform Gyrus)
側頭葉の下部に位置する脳の領域で、顔や物体の高次視覚処理に不可欠な役割を担う。今回の研究でニューラルコードが記録・解読された主要な部位でもある。

腹側側頭皮質(Ventral Temporal Cortex)
物体の視覚認識と記憶に深く関わる脳領域。紡錘状回を含む広域の皮質であり、今回の研究における単一ニューロン記録の対象部位である。

fMRI(機能的磁気共鳴画像法)
脳内の血流変化を計測することで、どの脳領域が活動しているかを可視化する画像技術。領域レベルの活動は捉えられるが、個々のニューロンの挙動を識別することはできない。今回の研究は、fMRIでは解明できなかった単一ニューロンレベルの実証に成功した点で画期的である。

ジェネレーティブモデル(Generative Model)
脳が知覚に使ったニューラルコードを「再利用」することでメンタルイメージを生成するという、脳の機能モデル。今回の研究はこのモデルの神経学的根拠を初めて示した。

アファンタジア(Aphantasia)
自発的なメンタルイメージを生成できない状態。人口の約1〜4%に見られるとされ、先天性と後天性(脳損傷など)がある。今回の研究が示した「見ることと想像することの共通ニューラルコード」は、この状態の神経学的解明にも重要な手がかりをもたらす可能性がある。

BCI(Brain-Computer Interface、ブレイン・コンピューター・インターフェース)
脳と外部のコンピューターやデバイスを直接接続する技術の総称。今回の「想像している内容をニューラルコードから読み取る」という知見は、将来的なBCI研究との親和性が高く、応用展開が注目される分野である。

【参考リンク】

Cedars-Sinai Health Sciences University(外部)
ロサンゼルスを拠点とする米国の先端医療・研究機関。医学・生物医学の研究と次世代リーダー育成を推進し、今回の研究を主導した。

Science(学術誌)(外部)
米国科学振興協会(AAAS)が発行する世界最高峰の査読付き学術誌のひとつ。今回のニューロン研究論文が掲載された媒体である。

The BRAIN Initiative®(NIH)(外部)
NIHが推進する脳科学の大型研究プログラム。革新的な神経技術の開発を目的とし、今回の研究への主要な資金提供元である。

California Institute of Technology(Caltech)(外部)
カリフォルニア州パサデナの世界屈指の理工系研究大学。筆頭著者バルン・ワディア博士の出身機関であり、今回の共同研究拠点のひとつ。

University of California, Berkeley(外部)
共同シニア著者ドリス・Y・ツァオ博士の所属機関。霊長類のニューラルコード解明研究の先導機関として知られる。

【参考記事】

A new study helps explain how the brain creates mental images|NPR(外部)
各参加者につき700超のニューロンを記録。想像時の再活性化が「ほぼ同等の強度」で起きた事実など、研究者への直接インタビューを含む。

Seeing and imagining activate some of the same brain cells|Science News(外部)
5カテゴリ・700超のニューロン記録を報告。ジェネレーティブモデルの概念とダイクストラ氏の「待ち望んでいた研究」コメントを掲載。

Imagine That: Brain Uses Neurons from Vision System When Forming Mental Imagery|Caltech(外部)
約40%のニューロンが再活性化し想像物体の再構築に成功したことを補足。アルツハイマー病やAI効率化への応用可能性にも言及。

How the Brain Replays Sight to Create Mental Images|Neuroscience News(外部)
80%のニューロンのコードが解読され約40%が同一コードで再活性化した数値を整理。PTSDやOCDの治療応用を具体的に解説。

Your Brain Uses the Same Neurons to See the Real World and Imagine It in Your Head|ZME Science(外部)
PTSD・統合失調症・重度不安障害など制御困難な鮮明イメージを特徴とする精神疾患との関連を整理。臨床応用の視点を補足。

 

 

【編集部後記】

目を閉じて、昨日見た景色を思い浮かべてみてください。その瞬間、あなたの脳は「見たときと同じニューロン」を動かしているかもしれません。想像することと、見ることは、実はとても近い場所にある。そう知ったとき、あなたの「心の中の世界」は少し違って見えてきませんか。

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