MIT Media Lab とイタリアの Politecnico di Bari の研究チームは、電気駆動式の人工筋肉ファイバー「エレクトロフルイディック・ファイバー筋肉」を開発した。
研究を主導したのは、Media Lab 博士課程候補生のオズグン・キリク・アフサルと、Politecnico di Bari 教授のヴィト・カクッチョーロである。本システムは、薄型マッキベン・アクチュエーターと電気流体力学(EHD)に基づくミニチュア固体ポンプを組み合わせたもので、外部ポンプやモーターを必要としない。ポンプ単体の重量は数グラムで、太さは爪楊枝程度である。実証実験では、0.2秒で物体を飛ばす高速動作、4キログラムの重量挙げ、ロボットアームの屈曲が確認された。研究成果は Science Robotics に掲載され、2026年4月9日にMIT Newsが報じた。
From:
A new type of electrically driven artificial muscle fiber | MIT News
【編集部解説】
今回の研究を理解するうえで、まず技術的な背景を整理しておきましょう。
「マッキベン・アクチュエーター」とは、内部に流体を送り込むことで収縮・膨張する人工筋肉の一種です。柔らかく、人体との相性も良いのですが、これまでは外部の大型ポンプやコンプレッサーなしには動かせないという宿命的な制約がありました。一方、「電気流体力学(EHD)ポンプ」は、電場を利用して流体を動かす固体式のポンプで、可動部品を持たず静音で動作します。本研究の核心は、この両者を「繊維の中に閉じた回路として一体化した」点にあります。
加えて、「拮抗配置」という設計思想も重要です。人間の腕が上腕二頭筋と三頭筋のペアで動くように、一方が収縮すれば他方が弛緩する構造にしたことで、流体を外部リザーバーに逃がさず筋肉内に循環させることが可能になりました。これは単なるバイオミミクリーではなく、工学的必然から生まれた解決策です。
この技術が持つ意義は、「静音・軽量・自己完結」という3点に集約されます。論文では、このエレクトロフルイディック・ファイバー筋肉が骨格筋に匹敵するパワー密度(50 W/kg)、20%の収縮ひずみ、0.3秒の応答時間を達成したと報告されています。太さはわずか2mm以下——まさに「筋繊維」と呼ぶにふさわしいスケールです。
ポジティブな側面として最も期待されるのは、ウェアラブル分野への応用です。エクソスケルトンや義肢が「静かで柔らかい」ことは、装着者の心理的負担や社会的受容性において決定的な差をもたらします。現在の義手・義足の多くはサーボモーターの音や振動が避けられませんが、この技術はその課題を根本から解決する可能性を持っています。また、モジュール式に繊維を束ねてスケールアップできる構造は、製造コストの削減にも直結します。
一方で、現時点での課題も直視する必要があります。EHDポンプの駆動には高電圧が必要であり、人体との長時間接触や安全性の検証は今後の研究課題です。また、使用される誘電性流体の長期安定性や耐久性、さらにはキャビテーション対策として施す「バイアス圧力」の最適化が、実用化に向けた次のハードルとなるでしょう。
規制の観点では、医療機器としての義肢・補装具への適用を想定した場合、各国の薬事規制(日本では薬機法)の対象となります。特に人体に直接触れるデバイスとして、安全性・耐久性に関する厳格な認証プロセスが求められることになります。
長期的な視点で見れば、この研究はロボット工学のパラダイムそのものへの問いかけでもあります。現在のヒューマノイドロボットや産業用ロボットの設計は、サーボモーターという「回転運動を前提とした構造」を中心に組み上げられています。もし人工筋肉が真に実用水準に達するならば、ロボットの設計思想はモーターからではなく、筋肉の配置から逆算する方向へと根本的にシフトしうるでしょう。それは、ロボットが「機械に見える存在」から「生体に近い存在」へと変容していく、長い歴史の転換点のひとつになるかもしれません。
【用語解説】
マッキベン・アクチュエーター(McKibben Actuator)
内部に流体(気体または液体)を送り込むことで収縮する人工筋肉の一種。伸縮性のある内管を編組メッシュで覆った構造を持ち、加圧すると軸方向に短縮・径方向に膨張する。高い力重量比と柔軟性が特長で、ソフトロボティクス分野で広く用いられてきた。
電気流体力学(EHD)ポンプ
高電圧を誘電性流体に印加し、生成されたイオンが流体を引き連れて移動する現象(イオンドラッグ)を利用したポンプ。可動部品を一切持たず、静音かつ小型に製造できる。本研究では直径2mm以下のファイバー形状に成形されている。
拮抗配置(Antagonistic Configuration)
一方のアクチュエーターが収縮するとき、もう一方が弛緩するよう対で配置する構造。人体の上腕二頭筋と三頭筋の関係がその代表例。本研究ではこの配置が、閉回路内での流体貯留という工学的問題の解決策にもなっている。
キャビテーション(Cavitation)
流体内の局所圧力が液体の蒸気圧を下回ったとき、気泡が発生する現象。ポンプ入口でこれが起きると、気泡が絶縁破壊を引き起こしEHDポンプの機能を停止させる原因となる。本研究ではバイアス圧力の事前付与によって対処している。
バイアス圧力
キャビテーションを防ぐために閉回路内にあらかじめかけておく基準圧力のこと。この値を高くするとシステムの応答速度は上がるが、最大収縮量は低下するというトレードオフがある。
バイオミミクリー(Biomimicry)
生物の構造や機能を模倣して工学的な設計に応用する手法。本研究では、あくまで工学的必然から生まれた設計が結果的に生体の筋肉配置と一致したという点が強調されている。
サーボモーター
電気信号によって回転角度・速度・トルクを精密制御できるモーター。現在のロボットアームやヒューマノイドロボットの主要な駆動源。サーボモーターは高密度にパッケージングしにくく、駆動する関節付近に質量が集中しやすいという設計上の制約がある。
薬機法(医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律)
日本において医療機器の製造・販売を規制する法律。人体に直接触れる義肢や補装具のような装置は、安全性・有効性の審査・認証が義務付けられる。
【参考リンク】
MIT Media Lab(外部)
MITに属する学際的な研究機関。テクノロジー、メディア、デザインの融合領域で革新的な研究を行う。本研究の主要拠点。
Politecnico di Bari(外部)
イタリア南部・バーリ市に位置する工科大学。ヴィト・カクッチョーロ教授のチームが本研究を共同推進した。
Science Robotics(外部)
米国科学振興協会(AAAS)発行のロボティクス専門査読誌。分野内で最も権威ある学術誌のひとつ。本研究の掲載媒体。
論文「Electrofluidic fiber muscles」(外部)
Science Robotics 掲載の原著論文。システム構成・物理モデル・実証実験の詳細が記述されている。
欧州研究会議(European Research Council)(外部)
EUが設立した独立的な研究資金配分機関。優れた基礎研究に競争的グラントを提供する。本研究の助成元。
【参考記事】
A new type of electrically driven artificial muscle fiber — MIT Media Lab(外部)
論文アブストラクトより主要スペック(パワー密度50 W/kg・収縮ひずみ20%・応答時間0.3秒)を確認した公式ページ。
Project Overview: Electrofluidic Fiber Muscles — MIT Media Lab(外部)
EHDポンプの直径2mm以下・最大900 kPa/mの圧力など、技術仕様の詳細を確認したプロジェクト概要ページ。
Electrofluidic fiber muscles | Science Robotics(外部)
バイアス圧力が骨格筋並みのパワー密度実現の鍵と明記されている原著論文のDOIページ。
Electrofluidic fiber muscles could enable silent robotic systems — TechXplore(外部)
拮抗ファイバー配置が流体制御の問題を解決した技術的背景を整理した、科学技術専門メディアの報道記事。
Videos: Robot Lamp, Electrofluidic Fiber Muscles, More — IEEE Spectrum(外部)
IEEEによるレビュー。研究がICRA@40で以前から学会注目を集めていたことを確認した。
MIT Research: New Artificial Muscle Fibers Could Reshape Soft Robotics — Dataconomy(外部)
閉回路設計が流体駆動ソフトロボットの実用展開を阻んできた制約を解消した点を補足的に参照した記事。
【編集部後記】
筋肉に似た動きをする繊維が、静かに、自律的に動く。その光景を動画で目にしたとき、私たちも思わず見入ってしまいました。ロボットが「機械らしさ」から離れていく瞬間を、皆さんはどう感じるでしょうか。この技術が日常のどんな場面に溶け込んでほしいか、ぜひ想像してみてください。

