ForSight Robotics、世界初の完全ロボット白内障手術を成功——6億人の「見えない」を変える技術が動き出した

ForSight Robotics、世界初の完全ロボット白内障手術を成功——6億人の「見えない」を変える技術が動き出した

ForSight Robotics(イスラエル・カイサリア)は2026年4月7日、独自開発のJASPER™プラットフォームを用いた世界初の人体への完全ロボット支援白内障手術の成功を発表した。

手術はアレクセイ・ラポポート医師が執刀し、マニラのAsian Eye InstituteのロバートE・T・アン医師が主任研究者を務めた。全身麻酔を使用せず、手術を最初から最後まで完遂した点が従来の眼科ロボット手術との相違である。

From: 文献リンクForSight Robotics Makes History with the World’s First-in-Human Fully Robot-Assisted Cataract Surgery

【編集部解説】

今回の発表で注意深く読み解く必要があるのが、「世界初」という言葉の定義です。実は2025年10月、カリフォルニア州マリブを拠点とするHorizon Surgical Systemsが、UCLAの技術をもとにしたPolaris(ポラリス)プラットフォームを用い、エルサルバドルにて世界初のロボット支援白内障手術を実施。その後、合計10名の患者への施術が報告されており、独自の「世界初」を主張しています。ForSight Roboticsが強調する「完全(Fully)」という言葉には、2つの明確な意味が込められています。①手術をすべての工程において最初から最後までロボットが補助したこと、②全身麻酔を必要とせず、現代の標準的な白内障手術と同じ条件で行ったこと——この2点において、同社は先行する取り組みとの差別化を図っています。

白内障は、目の水晶体が白く濁ることで視力が低下する疾患であり、世界の失明原因の第1位とされています。手術自体は確立された治療法ですが、問題はその「量」と「質」のアンバランスにあります。世界では年間約3,000万件の手術が実施されていますが、これは推計される需要のわずか5%に過ぎません。外科医の絶対数の不足と、年間数千件に及ぶ顕微手術がもたらす身体的消耗——この構造的な課題を解決する手段として、ロボティクスへの期待が高まっています。

JASPER™プラットフォームが解決しようとしているのは、単なる「手術の自動化」ではありません。搭載されるAIアルゴリズム、高度なコンピュータービジョン、精密なマイクロメカニクスは、外科医の動作のぶれをなくし、手術ごとのばらつきを抑え、医師の身体的負担を軽減することを目的としています。執刀医のアレクセイ・ラポポート医師が「外科医の姿勢改善と精度・安定性の向上が両立できる」と述べているように、このシステムは医師の能力を代替するのではなく、拡張するツールとして設計されている点が重要です。

また、JASPER™の技術的な射程は白内障に留まりません。眼球の前部(水晶体)だけでなく後部(網膜)へのアクセスも設計段階で視野に入れており、将来的には緑内障や網膜疾患への応用も想定されています。これは眼科ロボティクス全体のプラットフォームとして構想されていることを示しており、白内障はあくまでもその「入口」と言えます。

一方で、冷静に見ておくべきリスクもあります。まず、今回は1件の手術の成功報告であり、商業承認はまだ受けていません。今後の臨床検証や規制当局への申請プロセスは長く、JASPER™プラットフォームが実際の医療現場に普及するまでには、相応の時間と資本を要します。また、ロボット手術の普及にあたっては、機器の導入コストや保険適用の問題、さらには外科医の再教育・訓練プログラムの整備が不可欠であり、特に新興国や医療インフラが整っていない地域への展開には多くの課題が残ります。

規制の観点では、外科ロボットの承認は国際的にも前例の積み上げの段階にあります。2025年末にはMedtronicのHugoシステムがFDA承認を取得しており、同時期にCMR SurgicalのVersius Plusも承認されるなど、軟部組織領域のロボット外科では既存プレーヤーとの競争が激化しています。眼科領域は繊細さの次元が異なるため、規制当局がどのような安全基準と評価プロセスを設けるかが今後の焦点となります。Horizon Surgical Systemsも2026年中にFDAへのIDE(治験機器適用申請)を予定しており、眼科ロボット手術の規制整備は今まさに動き始めた段階です。

ForSight Roboticsは2020年に設立された比較的新しい企業でありながら、2025年6月に1億2,500万ドルのシリーズBを完了し、累計調達額は1億9,500万ドルに達しています。Intuitive Surgical(「ダ・ヴィンチ手術システム」の開発元)の創業者フレッド・モル氏が取締役会メンバー兼投資家として参画していることは、サージカルロボティクス業界における同社の信頼性を裏付けるものです。今回の人体への初手術成功は、次の資金調達や戦略的提携に向けた強力な証左となるでしょう。

長期的な視点に立てば、白内障手術のロボット化が進むことで、「手術の質が術者の技量や経験に依存する」という医療の根本的な不平等が解消される可能性があります。熟練した外科医がいない地域でも、標準化されたロボットシステムを通じて高品質な手術が提供できるようになるという展望は、Tech for Human Evolutionという理念と深く共鳴するものがあります。

用語解説

白内障(はくないしょう)
目の水晶体が白く濁り、視力が低下する疾患。世界の失明原因の第1位とされており、混濁した水晶体を取り除き人工レンズに置き換える手術が唯一の根本的治療法である。手術自体は短時間・局所麻酔で行われる確立された治療法だが、その供給が世界的に不足している。

モーションスケーリング
外科医の手の動きを縮小・変換してロボットアームに伝える技術。たとえば医師が10mm動かした場合、ロボットは1mmだけ動くといった制御が可能で、手ぶれを排除し顕微鏡レベルの精度を実現する。眼科のような極めて繊細な手術領域で特に重要な機能である。

主任研究者(Principal Investigator / PI)
臨床試験や研究において、試験全体の設計・実施・管理に責任を持つ医師または研究者のこと。今回の手術においてはAsian Eye InstituteのロバートE・T・アン医師がこの役割を担った。

臨床検証(Clinical Validation)
医療機器や治療法が人体において安全かつ有効であることを、規定された手順の臨床試験を通じて科学的に証明するプロセス。規制当局への承認申請に向けた必須ステップであり、承認前に複数フェーズの試験を経るのが一般的である。

筋骨格系障害(Musculoskeletal Disorders)
長時間にわたる不自然な姿勢や繰り返し動作によって、筋肉・腱・関節・脊椎などに生じる慢性的な痛みや機能障害の総称。眼科外科医は顕微鏡を覗きながら長時間前傾姿勢をとることが多く、職業病として広く認識されている。

IDE(治験機器適用申請 / Investigational Device Exemption)
未承認の医療機器を米国内で臨床試験に使用するためにFDAへ提出する申請。IDE承認を受けることで、承認前の機器を用いた人体への試験が合法的に実施できる。商業承認(PMA等)とは別のステップであり、規制プロセスの初期段階に位置する。

シリーズB資金調達
スタートアップ企業が事業の拡大・成長フェーズで実施するベンチャー投資の調達ラウンド。ForSight Roboticsは2025年6月、Eclipseがリードする1億2,500万ドルのシリーズBを完了し、累計調達額は1億9,500万ドルに達した。

参考リンク

ForSight Robotics 公式サイト(外部)
2020年設立のイスラエル発眼科ロボット企業。JASPER™プラットフォームの開発情報や最新ニュースを確認できる公式サイトである。

Asian Eye Institute 公式サイト(外部)
2001年設立のフィリピン・マニラ拠点の眼科専門医療機関。今回の手術の主任研究者アン医師が在籍するアジア屈指のアイケアセンター。

Intuitive Surgical 公式サイト(外部)
「ダ・ヴィンチ手術システム」で知られる外科ロボットのグローバルリーダー。創業者フレッド・モル氏はForSight Roboticsの取締役会メンバーでもある。

参考記事

ForSight Robotics announces first robot-assisted cataract surgery with JASPER platform(外部)
JASPER™の技術詳細とシリーズB1億2,500万ドル調達との連続性を解説する医療機器専門メディアMassDeviceの報道記事。

ForSight Robotics Secures $125M in Series B Funding(外部)
累計調達額1億9,500万ドル・従業員110人超など財務と組織の詳細を確認できるシリーズBの公式発表(2025年6月)。

ForSight Robotics completes world’s 1st fully robot-assisted cataract surgery(外部)

Worlds First in Human Fully Robot Assisted Cataract Surgery Performed(外部)
執刀医ラポポート医師の詳細コメントと術後診察写真を含む眼科専門誌Ophthalmology Managementによる臨床視点の報道(2026年)。

ForSight Robotics raises $125M for cataract surgery tech(外部)
NHSの2035年ロボット手術50万件目標にも触れ、眼科ロボティクスを広いサージカル市場の文脈で解説するロボティクス専門誌の記事。

Polaris AI Robot Completes 1st Robotic Cataract Surgery(外部)
競合Horizon Surgical Systemsがエルサルバドルで実施した初手術を報じる記事。「世界初」をめぐる背景理解に不可欠な一本。

UCLA Research Leads to World’s First Robotic-Assisted Cataract Surgery(外部)
Horizon Surgical Systemsの技術的起源と10名への臨床試験結果を詳述。FDA承認プロセスの現在地把握に役立つ補完資料。

【編集部後記】

ロボットが白内障手術を完遂する時代が、もう始まっています。でも私たちが気になるのは、「ロボットに手術してもらうとしたら、あなたはどう感じますか?」という、ごく個人的な問いです。技術への期待と、ある種の戸惑い——その両方を正直に持つことが、この変化と向き合う第一歩かもしれません。みなさんはいかがでしょうか。

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