CUEは2017年、トヨタの有志社員が業務時間外に開発を始めたAIバスケットボールロボットである。
2018年3月に初代CUEがアルバルク東京のホームゲームでデビューし、同年5月に公式プロジェクトへ移行した。2019年5月、第3世代CUE3が「ヒューマノイドロボットによる最多連続フリースロー成功数(補助あり)2,020回」でGuinness World Records™を樹立。関連映像は世界で3,000万回以上再生された。2020年1月、第4世代CUE4がB.LEAGUEオールスターゲームのスリーポイントシュートコンテストに出場し、同年BREAK THE BORDER AWARDを受賞した。2021年、第5世代CUE5が東京2020オリンピックで披露された。2022年12月24日、アルバルク東京対滋賀レイクス戦のハーフタイムに第6世代「CUE6」がお披露目された。本記事の公開日は2023年1月26日である。
【編集部解説】
この記事は2023年1月に公開されたものですが、innovaTopiaが今これを取り上げるのには明確な理由があります。この記事の公開タイミングである2026年4月に、CUEシリーズの最新世代「CUE7」がトヨタアリーナ東京でお披露目されたばかりだからです。つまり、CUEという存在を理解しておくことは、いまロボティクスの最前線を読み解く上で欠かせない文脈となっています。
CUEプロジェクトは、9名のトヨタ社員が業務時間外に立ち上げた自主活動が起点です。「上から指示されたわけではない」という点が、このプロジェクトの最大の特異性です。自動車メーカーの社員がバスケットボールロボットを作る——一見すると奇妙に映るこの取り組みが、実はトヨタのAI・ロボティクス研究の主要な実験台となってきました。
技術面から見ると、CUEシリーズが挑んできたのは「動的な物理世界への適応」という、ロボット工学における本質的な難問です。フリースローは静的な動作ですが、ドリブル・ボールのキャッチ・長距離シュートとなると、センシング・運動制御・AIによるリアルタイム補正が複雑に絡み合います。CUE6では足元にカメラを追加してボールの動きを検知する仕組みが導入され、AIが自身の構造を解析してシュートフォームを自律的に最適化するようになりました。この「自己分析による動作改善」は、まさに工場ロボットや介護ロボットに求められる能力と同根のものです。
CUE6が2024年9月に達成したGuinness World Records™の記録は、24.55メートル(約80フィート6インチ)からのシュート成功です。これはCUE3が持っていたロボット最長記録を2倍以上更新するものでした。なお、人間の最長シュート記録はジョシュア・ウォーカーが2022年7月に樹立した34.6メートル(約113フィート6インチ)であり、ロボットと人間の差はまだ存在します。しかし、その差は着実に縮まっています。
そして2026年4月12日に登場したCUE7は、体重を120kgから74kgへ約40%軽量化し、4輪から倒立2輪構造へと刷新されています。制御システムには強化学習が採用されており、事前プログラムではなく経験から学ぶ設計となっている点が、従来世代との決定的な違いです。
重要なのは、CUEプロジェクトがバスケットボールのためだけに存在しているわけではない、という点です。フロンティアリサーチセンターでは、CUEと共通の研究基盤から生まれたHSR(Human Support Robot)の自律走行・物体認識技術を応用し、医療現場向けの院内搬送ロボット「Potaro」を開発。さらに工場向け協働ロボット「KumiProロボット」にも展開しています。スポーツという極限環境でロボットを鍛えることで、現実社会に転用できる高度な制御技術とAIモデルを蓄積しているのです。
一方で、課題も見えてきます。現状のCUEはまだ「スラムダンク」のような複雑な動作はできず、開発チーム自身もそれを次の目標に掲げています。また、ロボットと人間が同じ競技フィールドで活動するようになれば、安全性の基準やルールの再定義が必要になる局面も出てくるでしょう。エンターテインメント領域でのロボット活用は今後さらに広がることが予想され、その際の倫理的・制度的な枠組み整備も並行して議論されるべきテーマです。
CUEというプロジェクトが示しているのは、「遊びのような実験が産業の未来を切り拓く」というシンプルかつ力強いメッセージです。自動車メーカーが最高水準のヒューマノイドロボット技術を持つ時代——その起点は、9人の社員の業務外の情熱でした。
【用語解説】
ヒューマノイドロボット
人間の身体構造(頭・胴体・腕・脚など)に近い形状を持つロボットの総称。「人型ロボット」とも呼ばれる。人間の動作を模倣・再現することを目的に設計されており、CUEシリーズもこのカテゴリに属する。
強化学習
AIの学習手法のひとつ。ロボットやAIエージェントが試行錯誤を繰り返しながら、報酬(成功・失敗のフィードバック)をもとに最適な行動を自律的に習得していく仕組みである。CUE7では、事前プログラムではなくこの強化学習によってシュートフォームを習得している。
倒立二輪構造
セグウェイに代表されるような、2つの車輪を左右に並べ、重力に逆らってバランスを保ちながら移動する機構。小型・軽量化に優れ、狭い空間での俊敏な動作に向いている。CUE7ではCUE6までの4輪構造から、この倒立二輪構造へ刷新された。
モデル予測制御(MPC)
将来の動作を数理モデルで予測しながら、リアルタイムで最適な制御入力を算出する制御手法。CUE7では強化学習と組み合わせることで、より動的でしなやかな動きを実現している。
Potaro(ポタロ)
トヨタのフロンティアリサーチセンターが開発した院内搬送ロボット。自律走行・物体認識技術はHSR(Human Support Robot)の研究成果を応用しており、CUEシリーズと同じ研究基盤から生まれた兄弟的な存在である。2023年5月のトヨタ記念病院の新病棟開設に合わせて24台が導入された。
【参考リンク】
Toyota Motor Corporation 公式グローバルサイト(フロンティアリサーチセンター)(外部)
CUEシリーズを含むロボティクス・量子コンピュータ・ウェルビーイング研究など、トヨタ先端研究の最新情報を発信するハブサイト。
Guinness World Records 公式サイト(外部)
CUE3の連続フリースロー記録(2,020回)とCUE6の最長シュート記録(24.55m)を認定・掲載している世界記録の国際機関公式サイト。
B.LEAGUE 公式サイト(外部)
CUE4がオールスターゲームに出場した日本プロバスケットボールリーグの公式サイト。CUEシリーズとの関わりが深いリーグである。
アルバルク東京 公式サイト(外部)
初代CUEのデビュー舞台であり、CUE2が正式選手登録されたB.LEAGUEの強豪クラブ。CUEシリーズの共同プロモーションパートナー。
【参考記事】
Toyota’s basketball-playing humanoid sinks a record-breaking 80-ft shot|New Atlas(外部)
CUE6の24.55m世界記録達成の詳細、CUE4のアルバルク東京への正式選手登録など、シリーズ変遷とプロジェクトリーダーのコメントを掲載。
Toyota’s humanoid robot hits world record 80-foot basketball shot|Interesting Engineering(外部)
CUE6の記録(24.55m)とNBAコート全長(29m)との比較、足部カメラ追加など技術改良点、人間の最長記録(34.6m)との対比を詳述。
Toyota’s Basketball-Loving Robot Scores Guinness World Record for Longest Shot|The Drive(外部)
CUE3が6時間35分で2,020本を連続成功させたエピソードと、人間の記録(1996年・5,221本)への敬意から挑戦を終了した背景を紹介。
AI Basketball Robot CUE Achieves Second Guinness World Record|Toyota Frontier Research Center(外部)
CUE6のGuinness World Records™第2弾達成をトヨタ公式が発表。B.LEAGUEオールスターゲーム「スキルズチャレンジ」出場も記録されている。
Toyota’s CUE7 humanoid robot shoots basketballs with precision tech|Interesting Engineering(外部)
2026年4月12日発表のCUE7を詳報。120kgから74kgへの軽量化、倒立二輪構造、強化学習とモデル予測制御のハイブリッド制御を解説。
Toyota unveils new version of basketball-shooting AI robot|Nikkei Asia(外部)
219cm・74kgのCUE7が2026年4月12日にトヨタアリーナ東京で公開されたことを、日経アジアが報道。信頼性の高い経済専門メディアの一次報道。
【編集部後記】
バスケットボールというスポーツの舞台で、AIとロボティクスの進化を体感できる——CUEというプロジェクトには、そんな不思議な引力があります。
みなさんは、「遊び」や「好奇心」から生まれた技術が、社会を動かす瞬間をどこかで目撃したことはありますか?私たちも一緒に、その次の景色を追いかけていきたいと思っています。


