2026年4月、矢野経済研究所はステーブルコイン市場の調査結果を発表した。同市場(残高ベース)は2025年度に約30億円、2030年度には約14.7兆円に達すると予測する。トークン化預金を含む広義では、2030年度に30兆円規模となる見通しだ。
改正資金決済法はステーブルコインを「電子決済手段」として位置付け、発行主体・取扱業者・媒介業者を制度圏に取り込む枠組みを構築している。2025年10月にはJPYC(Japan Yen Coin)が資金移動型ステーブルコインを発行した。2026年度にはAIによる自動投資アルゴリズムとステーブルコインが直結し、24時間365日の資金移動が可能となる見通しだ。
B2BおよびB2Cでの利用は2030年度時点でも全体の1割未満にとどまると予測される。
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ステーブルコイン市場に関する調査(2026年)|矢野経済研究所
【編集部解説】
「お金そのものがプログラムになる」――そんな未来が、いよいよ現実の射程に入ってきました。矢野経済研究所が発表したこのレポートは、日本のステーブルコイン市場の「いま」を数字で示すと同時に、2026年度以降を規定するかもしれない金融インフラの変容を指し示しています。
まず数字の文脈を補足します。レポートが示す「2025年度・約30億円」という国内市場規模は、グローバルな水準と比べると非常に小さく見えます。連邦準備制度(FRB)の調査によれば、世界のステーブルコイン市場時価総額は2026年4月時点ですでに約3,170億ドル規模に達しており、2025年初から2026年4月までで50%以上の成長を記録しています。日本市場がこれほど小さい背景には、JPYCが2025年10月27日に正式発行を開始したばかりであるという事情があります。つまり現在の国内市場はスタートラインに立ったばかりであり、30億円という数字はむしろ「起点の小ささ」を示すものとして読む必要があります。
このレポートが最も力を入れて論じているのは、「プログラマブル・マネー」という概念です。これは一言でいえば、「条件付きで自動執行されるお金」のことです。「株価がXを下回ったら売る」「毎月1日に給与をウォレットへ送金する」といった処理を、スマートコントラクトとAIエージェントが組み合わさって自動的に行います。人間が都度指示を出す必要がなく、設定したルールの範囲内でAIが最適な判断を下して資金を動かします。グローバルでも2026年3月にWirexがAIエージェント向けのステーブルコインインフラ「Wirex Agents」を発表するなど、この領域での動きは急速です。
日本の制度面での特徴も見落とせません。改正資金決済法は、ステーブルコインを資金決済法上、『電子決済手段』として定義しており、投機や運用の手段として広がることは想定していません。これは米国がGENIUS法(2025年7月成立)でステーブルコインに一定の制度的柔軟性を持たせたのとは対照的な姿勢です。安全性優先の設計は信頼性を高める半面、イノベーションの速度において制約になりうるという両面性があります。
潜在的なリスクにも目を向ける必要があります。TRM Labsの分析では、ステーブルコインのオンチェーン活動の99%は適法とされる一方、不正取引全体に占めるステーブルコイン関連の割合は2025年第1四半期に60%に達したとされています。プログラマブルであることは利便性と裏表の関係にあり、悪用リスクへの継続的な対策が不可欠です。また、AIエージェントが自律的に金融取引を行う世界では、「誰が責任を負うのか」という法的・倫理的な問いも未解決のまま残っています。
レポートが指摘する銀行ビジネスへの構造的影響は、おそらく日本社会が想定している以上に深刻です。手数料収入や預金を軸とした既存のビジネスモデルが、オンチェーン金融の台頭によって侵食されていく可能性は、すでにグローバルな金融機関が直面しつつある現実です。
2026年度は、矢野経済研究所がいうように「実証段階から実用段階への移行年」です。この転換点において、日本がどのような独自性を持ったステーブルコインの使い方を社会実装できるか――その問いへの答えが、2030年度の14.7兆円という数字の信憑性を左右することになるでしょう。
【用語解説】
改正資金決済法
2023年6月に施行された法律。ステーブルコインを「電子決済手段」として法的に定義し、発行できる主体を銀行・信託会社・資金移動業者に限定した。投機や運用目的ではなく、現金と等価の決済手段としての信頼性確保を優先する設計となっている。
トークン化預金
銀行が銀行法に基づいて発行する、預金をブロックチェーン上でトークン化したもの。ステーブルコインと似た性質を持つが、発行根拠となる法律が異なる。矢野経済研究所のレポートでは「広義のステーブルコイン」として区別して扱われている。
スマートコントラクト
あらかじめ設定されたルールに基づき、条件が満たされると自動的に実行されるプログラム。仲介者を介さずに取引や資金移動を自動化できる。ステーブルコインとの組み合わせにより、プログラマブル・マネーの基盤技術となる。
プログラマブル・マネー
利用条件や実行タイミングをあらかじめプログラムで定義し、自動執行できるデジタルマネーの概念。「残高が一定額を下回ったら補充する」「条件を満たした投資先にのみ自動送金する」といった処理が人間の介在なしに実現できる。
GENIUS法(GENIUSアクト)
2025年7月18日に米国で成立した「Guiding and Establishing National Innovation for US Stablecoins Act」の略称。米国において初めてステーブルコインの連邦レベルでの包括的な規制枠組みを定めた法律。
【参考リンク】
矢野経済研究所(外部)
1958年設立の民間調査機関。自主企画・受託調査を通じ国内外の産業・市場動向を幅広くカバー。本レポートの発行元である。
JPYC株式会社(外部)
2019年設立。国内初の円建てステーブルコイン「JPYC」を2025年10月27日に正式発行。1JPYC=1円で発行・償還が可能な資金移動業者。
FRB(連邦準備制度)(外部)
米国の中央銀行制度。2026年4月に世界のステーブルコイン時価総額が約3,170億ドル規模に達したと報告するレポートを公表した。
TRM Labs(外部)
ブロックチェーン上の不正取引を分析・追跡するフィンテック企業。規制当局・金融機関向けにコンプライアンス支援と年次分析レポートを提供している。
Wirex(外部)
VisaとMastercardのプリンシパルメンバー。2026年3月にAIエージェント向けステーブルコインインフラ「Wirex Agents」の提供を開始した。
【参考記事】
Stablecoins in 2025: Developments and Financial Stability Implications|FRB(外部)
FRBが2026年4月公表。世界市場が約3,170億ドル規模に達し2025年比50%超の成長を記録。GENIUS法成立など規制整備の進展も詳述している。
2025 Crypto Adoption and Stablecoin Usage Report|TRM Labs(外部)
TRM Labsの年次レポート。活動の99%は適法だが不正取引全体の60%をステーブルコインが占めると2025年Q1データで指摘。
Stablecoin Market Growth 2026: Insights from Stablecoin Insider(外部)
2025〜2026年の市場を多角分析。年間取引総額約33兆ドル、B2B決済が月間60億ドル超へ拡大したことを報告している。
The Year in Stablecoins 2025: Record Growth as GENIUS Act Opens the Floodgates|Yahoo Finance(外部)
DeFi Llamaデータを引用し、世界の時価総額が2025年に49%成長して3,060億ドルに達したと総括した年末レポート。
Wirex launches Wirex Agents to enable AI-driven stablecoin cards and autonomous micropayments|PR Newswire(外部)
Wirexの公式プレスリリース(2026年3月)。AIエージェントが自律決済できるインフラ「Wirex Agents」の提供開始を発表した。
AI developers may not be keen on crypto, but stablecoins are the secret to agentic finance|CoinDesk(外部)
CoinDesk掲載(2026年3月)。ステーブルコインがAIエージェントの「機械のための通貨」になりうると専門家が指摘した記事。
【編集部後記】
「お金が自動で動く」と聞いて、どんな未来を想像しますか。利便性への期待なのか、それとも少し不安を感じるでしょうか。私たちも、この技術が日常に溶け込んだ世界をまだうまく描けずにいます。みなさんはどんな場面でステーブルコインを使ってみたいと思いますか?ぜひ、一緒に考えさせてください。

