海洋肥沃化が裏目に?mCDR技術が海洋酸素を地球温暖化の2倍速で減少させる可能性

海洋肥沃化が裏目に?mCDR技術が海洋酸素を地球温暖化の2倍速で減少させる可能性

ドイツGEOMAR海洋研究センターのアンドレアス・オシュリース教授らの国際研究チームが2025年6月13日にEnvironmental Research Letters誌で発表した研究によると、海洋二酸化炭素除去(mCDR)技術が海洋の酸素レベルに深刻な悪影響を与える可能性があることが判明した。

研究では鉄などの栄養素を海洋に添加して植物プランクトンを刺激する海洋肥沃化手法について、100年間継続した場合のシミュレーションを実施した。その結果、南極海肥沃化により地球全体で海洋の酸素容量が約3パーセント減少し、これは地球温暖化単体による酸素損失の2倍以上に相当することが明らかになった。肥沃化ゾーン下部の一部地域では酸素濃度が50マイクロモル以上低下し、高排出気候シナリオ下での海洋脱酸素化を上回る変化が予測される。

現在海洋は地球最大の炭素吸収源として人為的CO2排出量の約4分の1を保持しているが、過去数十年で既に酸素量の約2パーセントを失っている状況である。研究チームは今後のmCDR研究において酸素測定の義務化を提唱している。

From: 文献リンクRemoving CO2 from the ocean could have a negative impact, scientists warn

【編集部解説】

この研究が示す最も重要な洞察は、気候変動対策と海洋生態系保護が必ずしも両立しないという現実です。GEOMAR海洋研究センターのオシュリース教授が「気候に良いことが自動的に海洋に良いわけではない」と述べているように、私たちは従来の単純な二元論を超えた複雑な視点を持つ必要があります。

海洋二酸化炭素除去(mCDR)技術の中でも、特に生物学的プロセスを利用した手法が問題視されています。海洋肥沃化、大規模な大型藻類養殖とバイオマス沈降、栄養豊富な深層水の人工湧昇などが該当します。これらの技術は光合成によるバイオマス生産を促進しますが、その後の分解過程で大量の酸素を消費するのです。

興味深いのは、100年間の継続的な南極海肥沃化シミュレーションで、地球全体の海洋酸素が約3%減少するという結果です。これは温暖化単体による酸素損失の2倍以上に相当し、一部地域では50マイクロモル以上の酸素濃度低下が予測されています。

一方で、すべてのmCDR技術が問題を抱えているわけではありません。海洋アルカリ度強化(OAE)は例外的に酸素への悪影響が最小限とされています。この手法は粉砕した石灰石などのアルカリ性物質を海水に添加し、バイオマス生産を刺激することなく海洋の化学的性質を変化させてCO2吸収を促進します。

この研究が業界に与える影響は深刻です。現在、多くの企業や研究機関がmCDR技術の商業化を目指していますが、酸素測定の義務化が提唱されており、規制環境の厳格化は避けられないでしょう。

長期的な視点では、この発見は海洋工学分野における新たなパラダイムシフトを示唆しています。単一の環境指標(CO2削減)に焦点を当てた技術開発から、複数の生態系指標を統合的に評価するホリスティックなアプローチへの転換が求められているのです。

【用語解説】

海洋二酸化炭素除去(mCDR)
海洋を利用して大気中のCO2を除去・貯蔵する技術の総称。生物学的手法(植物プランクトン培養など)と化学的手法(海洋アルカリ度強化など)に大別される。

海洋肥沃化
鉄などの栄養素を海洋に添加して植物プランクトンの増殖を促進し、CO2吸収を増大させる技術。しかし分解過程で大量の酸素を消費する問題がある。

海洋脱酸素化
海水中の溶存酸素濃度が継続的に減少する現象。過去数十年で海洋の酸素量が約2%減少し、海洋生態系に深刻な影響を与えている。

海洋アルカリ度強化(OAE)
石灰石などのアルカリ性物質を海水に添加し、海洋の化学的性質を変化させてCO2吸収を促進する手法。酸素への悪影響が最小限とされる。

UNESCO Global Ocean Oxygen Network (GO2NE)
ユネスコが主導する国際的な海洋酸素研究ネットワーク。世界各国の研究機関が参加し、海洋脱酸素化の監視と研究を行っている。

【参考リンク】

GEOMAR海洋研究センター(外部)
ドイツ・キールに拠点を置く世界有数の海洋科学研究機関。4つの研究部門を持つ

UNESCO Global Ocean Oxygen Network(外部)
ユネスコ主導の国際海洋酸素研究ネットワーク。脱酸素化の監視を実施

【参考動画】

【参考記事】

What helps the climate is not automatically good for the ocean(外部)
GEOMAR公式発表。オシュリース教授の研究チームによる海洋mCDR技術の酸素影響評価

Carbon dioxide removal methods could worsen marine oxygen loss(外部)
Phys.orgによる詳細レポート。海洋肥沃化の具体的な数値データと影響分析

Ocean climate fixes could worsen the oxygen crisis(外部)
Earth.comの包括的解説。南極海肥沃化シミュレーションの詳細結果を報告

Carbon Dioxide Removal Methods Could Trigger Ocean Oxygen Crisis(外部)
Environmental Research Letters誌研究の詳細解説。各種mCDR手法のリスク評価

Oceans: Why biological CO₂ removal does more harm than good(外部)
Table.mediaによる専門分析。生物学的mCDR手法の問題点を詳述

【編集部後記】

今回の研究が示すように、気候変動対策の技術にも思わぬ落とし穴があることが明らかになりました。海洋工学の分野では、単一の指標だけでなく複数の環境要素を同時に評価する必要性が高まっています。みなさんは、こうした複雑な技術的トレードオフをどのように判断すべきだと思われますか?また、海洋アルカリ度強化のような化学的手法と生物学的手法、どちらがより持続可能なアプローチになると考えますか?ぜひSNSで、この技術が持つ可能性とリスクについて、みなさんの率直なご意見をお聞かせください。

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