中国・天問3号ミッション|中国がNASAより先に火星の岩石を地球に持ち帰る!?

中国・天問3号ミッション|中国がNASAより先に火星の岩石を地球に持ち帰る!?

中国は2028年後半から2029年初頭に天問3号ミッションを打ち上げ、2031年までに火星の岩石と土壌を地球に持ち帰る計画である。

このミッションは海南島の文昌宇宙センターから長征5号ロケット2機で実施され、着陸機・上昇機と軌道船・地球帰還機を別々に打ち上げる。着陸機は火星表面から最低500グラムのサンプルを収集し、世界初となる地表から最大2メートルまでの深度掘削を行う。これはNASAのパーサヴィアランス・ローバーの約5ミリメートルの掘削深度を大幅に上回る。

着陸候補地は当初86か所から選定が進められ、現在は19か所まで絞り込まれている。最終的にアマゾニス平原、ユートピア平原、クリュセ平原の3か所に絞り込み、2026年までに決定される予定である。

天問3号はNASA-ESA共同火星サンプルリターンミッションより数年早く実現する可能性がある。NASA-ESAミッションは予算超過と複雑性により計画が見直され、現在は2040年の帰還が見込まれている。中国の天問1号は2021年5月14日に火星着陸に成功し、祝融号ローバーがユートピア平原で探査活動を行った。天問3号の主要目的は火星における生命の痕跡であるバイオシグネチャーの検出である。

From: 文献リンクChina Could Bring Mars Rocks to Earth Before NASA—And It’s Happening Fast

【編集部解説】

中国の天問3号ミッションが注目される背景には、宇宙開発における地政学的な力学の変化があります。従来、火星探査はNASAが主導してきた分野でしたが、中国の急速な技術進歩により、この構図が大きく変わろうとしています。

技術的な難易度と中国のアプローチ

火星サンプルリターンは「アポロ計画以来最も技術的に困難な宇宙探査ミッション」と評されています。天問3号の最大の技術的挑戦は、火星表面からの離陸と軌道上でのランデブー・ドッキングです。これまで火星表面から物体を打ち上げた国は存在せず、中国が成功すれば世界初の快挙となります。

中国のアプローチの特徴は、シンプルさと実用性にあります。NASA-ESAの複雑な多段階ミッションに対し、天問3号は2回の打ち上げで完結する設計を採用しています。この「工学的信頼性重視」の戦略が、結果的に早期実現を可能にしている要因です。

世界初の深度掘削技術

天問3号の最も革新的な技術は、地表から2メートルの深度まで掘削する能力です。これまでNASAのパーサヴィアランス・ローバーは約5ミリメートルの浅い表面サンプルのみを採取しており、天問3号が目指す2メートルの掘削は、パーサヴィアランスの約400倍の深度に達します。深層サンプルは放射線や酸化から保護された環境での生命の痕跡発見の可能性を大幅に高めます。

NASA-ESAミッションの現状と課題

一方、NASA-ESAの火星サンプルリターンミッションは深刻な問題に直面しています。当初80億ドルと見積もられた予算は110億ドルまで膨らみ、帰還時期も2040年に延期される見込みです。2025年1月、NASAは2つの異なる着陸アーキテクチャを同時に検討する新戦略を発表し、2026年後半まで最終決定を延期しました。

この遅延の背景には、技術的複雑さに加えて、予算制約と政治的要因が複合的に作用しています。NASAは現在、SpaceXやBlue Originとの協力を含む代替案を検討中です。

国際協力の新たな枠組み

注目すべきは、中国が天問3号において国際協力を積極的に推進していることです。2025年4月24日の中国宇宙の日に、20キログラムのペイロード容量(軌道船15kg、着陸機5kg)を国際パートナーに開放することを発表しました。提案締切は2025年6月30日で、既に締切を迎えています。これは従来の米国中心の宇宙協力体制に対する代替的な枠組みを提示するものです。

惑星保護と国際規制への影響

火星サンプルリターンにおいて最も重要な課題の一つが惑星保護です。国際宇宙研究委員会(COSPAR)の規定により、火星から持ち帰られるサンプルは「カテゴリーV制限付き地球帰還」に分類され、最高レベルの封じ込め措置が求められます。

中国は安徽省合肥市郊外に専門のサンプル分析施設を建設し、厳格な隔離プロトコルの下でサンプル分析を行う計画です。しかし、実際の実施体制や透明性については国際的な監視が必要です。

科学的意義と生命探査への影響

天問3号の主要目的は火星における生命の痕跡(バイオシグネチャー)の検出です。3つのサンプリング手法(表面採取、深度掘削、ドローン収集)により、多様な環境からのサンプル収集が可能になります。

もし中国が火星生命の証拠を最初に発見した場合、宇宙生物学分野における主導権が大きく変わる可能性があります。これは純粋な科学的発見を超えて、人類の宇宙観や地球外生命に対する認識に根本的な変化をもたらすでしょう。

長期的な宇宙開発への影響

中国の成功は、宇宙開発における「民主化」を加速させる可能性があります。従来の米国・欧州・ロシアの三極構造から、中国を含む多極構造への移行が進むでしょう。これにより、宇宙技術へのアクセスが多様化し、新興国の宇宙開発参入も促進される可能性があります。

また、天問3号の成功は中国の深宇宙探査計画全体に弾みをつけます。木星・カリスト探査(天問4号)や天王星・海王星探査計画の実現可能性が高まり、太陽系探査における中国の存在感がさらに増すことが予想されます。

潜在的リスクと課題

一方で、宇宙開発の地政学化が進むリスクも存在します。科学的協力よりも国家威信が優先される可能性や、宇宙資源の利用権をめぐる将来的な競争激化が懸念されます。また、惑星保護基準の解釈や実施において、国際的な統一性が保たれるかという課題もあります。

中国の火星サンプルリターン成功は、人類の宇宙探査史における重要な転換点となる可能性が高く、その影響は科学、技術、政治の各分野に長期間にわたって波及することが予想されます。

【用語解説】

天問3号(Tianwen-3)
中国が2028年後半から2029年初頭に打ち上げ予定の火星サンプルリターンミッション。着陸機・上昇機、軌道船・地球帰還機から構成され、火星から最低500グラムのサンプルを採取して地球に持ち帰る計画である。

火星サンプルリターン(Mars Sample Return)
火星の岩石や土壌を地球に持ち帰る宇宙探査ミッション。火星表面からの離陸、軌道上でのランデブー・ドッキング、地球への帰還という極めて高度な技術を要する。

バイオシグネチャー(Biosignature)
過去または現在の生命活動の痕跡を示す化学的・物理的証拠。分子構造、同位体比、化石の痕跡などが含まれる。

ユートピア平原(Utopia Planitia)
火星北半球にある巨大な平原で、天問1号の祝融号ローバーが着陸・探査を行った場所。天問3号の候補着陸地点の一つでもある。

ジェゼロ・クレーター(Jezero Crater)
火星にある古代の湖の跡とされるクレーター。NASAのパーサヴィアランス・ローバーが探査を行っており、生命の痕跡発見の可能性が高い地域として注目されている。

惑星保護(Planetary Protection)
宇宙探査において地球と他の天体の相互汚染を防ぐ国際的な取り組み。特にサンプルリターンミッションでは最高レベルの封じ込め措置が求められる。

ランデブー・ドッキング
宇宙空間で2つの宇宙機が接近し、結合する技術。火星サンプルリターンでは火星軌道上で上昇機と軌道船が行う重要な技術である。

長征5号(Long March 5)
中国最大の重量級ロケット。全長57メートル、推力1,000トン以上を誇り、天問3号ミッションでは2機が使用される予定である。

【参考リンク】

NASA火星サンプルリターン公式サイト(外部)
NASAとESAが共同で進める火星サンプルリターン計画の詳細情報を掲載

欧州宇宙機関(ESA)公式サイト(外部)
22カ国が参加する欧州の宇宙機関。火星サンプルリターンでNASAと協力

香港大学地球科学部(外部)
天問3号の着陸地点選定に参加している李一良教授が所属する研究機関

【参考動画】

【参考記事】

How China Could Win the Race to Return Rocks from Mars(外部)
Scientific American誌による中国の火星サンプルリターン戦略の詳細分析

China’s Tianwen-3 Mars sample-return mission targeted for 2031(外部)
中国科学院による天問3号の最新情報。世界初の2メートル深度掘削技術を解説

China invites int’l partners to Tianwen-3 Mars sample-return mission(外部)
中国政府公式サイトによる天問3号国際協力の発表。20キログラムのペイロード開放計画

NASA Sets Path to Return Mars Samples, Seeks Innovative Designs(外部)
NASA公式発表による火星サンプルリターン計画の見直し。予算超過による2040年延期を詳述

NASA to Explore Two Landing Options for Returning Samples from Mars(外部)
2025年1月のNASA最新発表。2つの着陸アーキテクチャ同時検討を発表

Tianwen-3 mission to return first Chinese Mars samples by 2031(外部)
2025年4月24日の中国宇宙の日における天問3号国際協力開始の詳細レポート

Is the US forfeiting its Red Planet leadership to China’s Mars Sample Return plan(外部)
Space.com誌による米中火星探査競争の分析。着陸地点選定プロセスと生命探査戦略を詳述

【編集部後記】

宇宙開発の主導権が変わろうとしている今、皆さんはどう感じられますか?中国が火星の石を最初に持ち帰った場合、それは単なる技術的成果を超えて、私たちの宇宙観や未来への期待にどのような影響を与えるでしょうか。特に注目すべきは、中国が世界初の2メートル深度掘削を実現しようとしていることです。これまでの表面サンプルとは比較にならない深層からの発見が、火星生命の謎を解く鍵となるかもしれません。もしかすると、この競争は新たな宇宙時代の幕開けかもしれません。従来の米国中心の構図から多極化へ—この変化は、日本の宇宙産業や私たち一人ひとりの生活にどんな可能性をもたらすのでしょうか。火星で生命の痕跡が発見されたとき、それを最初に発表するのがどの国なのかによって、その後の宇宙探査や国際協力のあり方も大きく変わりそうです。

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