「Active Debris Removal」英国初のスペースデブリ除去衛星ミッション

英国宇宙機関、7,560万ポンドでアクティブデブリ除去ミッション入札開始

英国宇宙機関(UK Space Agency)は2025年7月3日、機能停止した英国ライセンス衛星2基を低軌道から除去するアクティブデブリ除去(ADR)ミッションの入札を開始した。

契約額は7,560万ポンド(約103億円)で、5年間の研究開発契約として単一サプライヤーを選定する。ミッションは2028年末までの打ち上げを目標とし、当初の2026年予定から延期された。宇宙船は英国製ロボット技術と自律航法技術を搭載し、機能停止衛星を地球大気圏に誘導して燃焼させる。この計画は2021年から実施されている1,100万ポンド(約1,500万ドル)の実現可能性調査を基盤とする。

英国宇宙機関長ポール・ベイト博士と宇宙大臣サー・クリス・ブライアント氏は軌道上サービス市場での英国の地位向上を目指すと述べた。現在軌道上には1cm未満のデブリが1億4,000万個以上、10cm以上の追跡対象物体が5万4,000個以上存在する。

From: 文献リンクUK puts out tender for space robot to de-orbit satellites

【編集部解説】

英国の宇宙デブリ除去ミッションは、単なる技術実証を超えた戦略的意味を持っています。2025年7月3日の正式発表は、英国が「クリーンスペース超大国」を目指す野心的な取り組みの具現化です。

技術競争の最前線

今回の入札では、ClearSpaceとAstroscale UKが主要な競合企業として注目されています。ClearSpaceは4本のロボット触手とロボットアームを組み合わせた「CLEAR」システムを提案し、Astroscale UKはELSA-Mプラットフォームを基盤とした「COSMIC」システムで応札しています。

これらの技術は、制御不能な状態で回転する衛星を安全に捕獲する極めて高度な技術です。秒速数キロメートルで移動する標的への精密な接近制御と、予期しない回転パターンへの対応能力が求められます。

政策転換の背景

英国宇宙機関の従来の助成金制度から競争入札への転換は、宇宙大臣サー・クリス・ブライアント氏が推進する「変革計画(Plan for Change)」の一環です。この政策変更により、民間投資の促進と高技能雇用の創出を同時に実現する狙いがあります。

特に注目すべきは、当初2026年に予定されていた打ち上げが2028年末に延期された点です。これは技術的課題の複雑さと、より確実な成功を期すための慎重なアプローチの表れと解釈できます。

国際的な文脈での位置づけ

2022年10月の欧州宇宙機関(ESA)での発表資料によると、英国のADRミッションは国際宇宙デブリ調整委員会(IADC)のガイドラインに準拠し、宇宙船の再利用可能性も考慮されています。これは単発のミッションではなく、継続的なデブリ除去サービスの基盤構築を意図していることを示しています。

日本のアストロスケール社が8,140万ドルで受注したロケット上段除去ミッションと比較すると、英国の予算設定は現実的かつ戦略的です。対象が衛星2基という点で、より複雑な技術的挑戦となります。

宇宙環境への長期的影響

現在軌道上には1億4,000万個以上の小型デブリが存在し、これらは「ケスラー症候群」と呼ばれる連鎖的衝突の原因となる可能性があります。2024年には実際にロシアの衛星が破砕し、国際宇宙ステーションの乗組員が緊急避難する事態が発生しました。

英国のミッションは、こうした危機的状況への具体的な対処策として位置づけられ、宇宙環境の持続可能性確保に向けた重要な先例となります。

産業エコシステムへの波及効果

英国の衛星産業は189億ポンド(約260億ドル)と評価され、5万2,000人を雇用しているとされています。今回のミッション成功は、軌道上サービス(ISAM:In-orbit Servicing, Assembly and Manufacturing)市場での英国の競争優位性確立に直結します。

2028年の実証ミッション完了後は、商業ベースでのデブリ除去サービス市場の本格的な立ち上がりが期待され、新たな宇宙経済の創出につながる可能性があります。

【用語解説】

アクティブデブリ除去(ADR)
機能停止した衛星や宇宙ゴミを能動的に捕獲し、軌道から除去する技術。英国のミッションでは、ロボットアーム、触手システム、ネット方式など複数の捕獲メカニズムが検討されている。

IADC(国際宇宙デブリ調整委員会)
宇宙デブリの軽減と除去に関する国際的なガイドラインを策定する組織。英国のADRミッションはこのガイドラインに準拠して設計されている。

ケスラー症候群
軌道上のデブリ同士が衝突を繰り返し、連鎖的に破片が増加する現象。1978年にNASAの科学者ドナルド・ケスラーが提唱した理論で、宇宙利用の持続可能性を脅かす最大のリスク。

ISAM(軌道上サービス・組立・製造)
宇宙空間での衛星サービス、部品組立、製造を行う新興分野。燃料補給、部品交換、軌道変更などを含み、宇宙経済の次世代成長領域として注目されている。

【参考リンク】

UK Space Agency(外部)
英国の宇宙政策を統括する政府機関。2025年7月3日にADRミッションの正式入札を発表

ClearSpace(外部)
スイス発の宇宙デブリ除去専門企業。4本のロボット触手を使った独自の捕獲システム「CLEAR」を開発

Astroscale(外部)
2013年設立の軌道上サービス専門企業。英国ADRミッションでは「COSMIC」システムを提案

Surrey Space Centre(外部)
サリー大学の宇宙研究センター。RemoveDEBRISミッションを主導し、多様なデブリ除去技術を実証

【参考記事】

UK launches tender for mission to clean up space and safeguard vital services(外部)
英国政府公式発表。7,560万ポンドの予算でADRミッション入札開始を正式発表

About the UK Space Agency(外部)
英国宇宙機関の組織概要と活動方針を説明。民間宇宙活動の調整、学術研究の促進、宇宙産業支援、国際協力推進などの役割を担い、約70名のスタッフで運営されている。

【編集部後記】

宇宙デブリの問題は、私たちの日常生活にも密接に関わっています。スマートフォンのGPS、天気予報、災害時の緊急通信など、現代社会を支える多くのサービスが宇宙インフラに依存しているからです。今回の英国の取り組みで特に興味深いのは、技術競争の激化です。ClearSpaceの触手システムとAstroscaleのロボットアーム、どちらが優れているのでしょうか。また、当初2026年予定が2028年に延期された背景には、どのような技術的課題があるのでしょうか。皆さんは、宇宙の「清掃事業」が本格化した後の世界をどう想像されますか。衛星の寿命が延び、宇宙旅行がより安全になる一方で、この技術の軍事転用への懸念もあります。宇宙の持続可能性について、皆さんのご意見をぜひお聞かせください。

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