ニュージーランドのクライストチャーチを拠点とするAspiring Materialsが、オリビン(かんらん石)から複数の有用材料を廃棄物ゼロで生産する特許取得済み化学プロセスを開発した。
同社のパイロットプラントは2月に開設された。プロセスでは硫酸による酸浸出と苛性ソーダの添加により、シリカ(約50%)、マグネシウム製品(約40%)、ニッケル・マンガン・コバルト水酸化物を含む混合金属製品(約10%)を抽出する。最高商務責任者のコラム・ライス、主任化学エンジニアのメーガン・ダンチクが技術開発を主導している。
現在の処理時間は3日間だが、並列反応チェーンの追加により1日に短縮する計画である。英国の重要鉱物戦略策定に関わったジム・ゴディンは、サプライチェーン多様化の重要性を指摘している。ラバル大学のフェイ・ワン助教授は、オリビンの酸浸出がより困難で高エネルギーを要すると述べている。カナダのAtlas Materialsも類似の閉ループプロセスを商業化中だが、蛇紋石を原料とする点で異なる。
From: Chemical Process Produces Critical Battery Metals With No Waste
【編集部解説】
この技術の核心は、従来の鉱業界では「廃棄物」として扱われてきたオリビンを、複数の高付加価値製品に同時変換する点にあります。従来の鉱物抽出では、目的の金属を取り出した後に大量の廃棄物が発生しますが、Aspiring Materialsの手法は文字通り「ゼロウェイスト」を実現している点で革新的です。
化学プロセスの技術的な仕組みを詳しく見ると、硫酸による酸浸出と苛性ソーダの添加という比較的シンプルな化学反応を組み合わせています。しかし、この「シンプルさ」こそが商業化への鍵となっています。複雑な設備や極端な温度・圧力条件を必要とせず、常温常圧で動作する点は、運用コストの観点から極めて重要です。
バッテリー産業への影響範囲
急成長するNMC材料市場において、Aspiring Materialsのような新しい供給源の登場は、従来の地政学的リスクを大幅に軽減する可能性があります。現在のNMC供給チェーンは、ニッケルをインドネシア、マンガンを南アフリカ、コバルトをコンゴ民主共和国に依存しており、いずれも中国で精製されるという構造的脆弱性を抱えています。
Aspiring Materialsの技術は、これらの地政学的リスクを回避しながら、より持続可能な供給源を提供する道筋を示しています。特に、同社の製品は廃棄物ゼロで生産されるため、環境負荷の観点から従来の採掘・精製プロセスと大きく差別化されています。
カーボンネガティブという革新性
この技術の最も注目すべき側面は、単なる材料生産を超えて環境負荷を削減している点です。オリビンの処理過程でCO2を鉱物化して固定化する効果があり、これは従来の炭素回収・貯留技術とは根本的に異なります。CO2を安定した鉱物構造に変換するため、長期的な漏洩リスクがありません。
技術的課題と経済性の検証
ラバル大学のフェイ・ワン助教授が指摘するように、オリビンは蛇紋石よりも酸浸出が困難で、より多くのエネルギーと酸を消費します。この技術的制約は、商業化における重要な経済的考慮事項となります。現在の処理時間は3日間と長く、大規模商業化に向けた技術的・経済的検証が今後の焦点となるでしょう。
規制環境への影響
欧州を中心とした環境規制の強化により、材料の環境影響データ開示が義務化される方向にあります。Aspiring Materialsの製品は、たとえコストが高くても、環境負荷の低さという差別化要因で競争力を持つ可能性があります。これは、単純な価格競争から持続可能性を重視した競争への市場構造変化を示唆しています。
長期的な産業構造変化
この技術が示すのは、従来の「採掘→精製→廃棄」という線形モデルから、「循環→再生→価値創造」という循環経済モデルへの転換です。成功すれば他の地域でも同様の展開が期待されます。
潜在的リスクと課題
技術的な優位性がある一方で、スケールアップ時の技術的安定性、経済的競争力の維持、原料であるオリビン粉末の安定供給などの課題が残されています。また、カナダのAtlas Materialsが蛇紋石を原料とする類似技術を開発しており、技術競争の激化も予想されます。
この技術革新は、バッテリー産業の持続可能性を根本から変える可能性を秘めていますが、真の商業的成功には今後数年間の実証データが不可欠となるでしょう。
【用語解説】
オリビン(かんらん石)
マグネシウム鉄ケイ酸塩を主成分とする鉱物で、地球の上部マントルで最も豊富に存在する。オリーブ色から黄緑色をしており、従来は宝石や道路建設用砂利程度の限定的な用途しかなく、多くの採掘現場では廃棄物として扱われている。
NMC(ニッケル・マンガン・コバルト)
リチウムイオンバッテリーの正極材料として使用される化合物で、ニッケル、マンガン、コバルトの3つの金属を組み合わせたもの。高エネルギー密度と安定性を両立し、電気自動車や大規模エネルギー貯蔵システムで広く使用されている。
酸浸出
鉱物から有用な金属を抽出するために酸を使用する湿式冶金プロセス。硫酸などの酸で鉱物を溶解し、目的の金属イオンを溶液中に取り出す技術。
苛性ソーダ(水酸化ナトリウム)
強アルカリ性の化学物質で、化学工業において広く使用される。Aspiring Materialsのプロセスでは、酸浸出後の溶液から各種製品を分離抽出するために使用される。
ポルトランドセメント
世界で最も一般的に使用されるセメントの種類。石灰石と粘土を高温で焼成して製造されるが、その製造過程で大量のCO2を排出するため、環境負荷の高い建材として知られている。
クリティカルミネラル(重要鉱物)
経済や安全保障にとって重要でありながら、供給リスクが高い鉱物資源。ニッケル、コバルト、マンガンなどのバッテリー材料は、特定の国に生産が集中しているため、地政学的リスクを抱えている。
湿式冶金
水溶液中での化学反応を利用して金属を抽出・精製する技術。従来の高温での乾式製錬と比較して、低温で処理できるため環境負荷が少ない。
【参考リンク】
Aspiring Materials(外部)
オリビンから複数の高付加価値材料を廃棄物ゼロで生産する特許技術を開発
Atlas Materials(外部)
蛇紋石を原料とした類似の閉ループプロセスを商業化中のカナダ企業
【参考動画】
【参考記事】
Aspiring Materials expands to the United States to boost domestic supply of critical minerals(外部)
Aspiring Materialsの米国展開計画を詳報。ワシントン州での商業プラント建設予定や、米国のクリティカルミネラル供給リスク解決への貢献について解説している。
Shrinking Industry’s Carbon Footprint(外部)
クライストチャーチ市による公式インタビュー記事。技術の実用性と再生経済への貢献について詳述。
These startups are mining cobalt from unusual places(外部)
Latitude Mediaによる記事で、Aspiring Materialsを含む革新的なバッテリー材料調達企業の動向を解説。オリビンを「元素スープ」に変換するプロセスについて言及している。
【編集部後記】
今回のAspiring Materialsの技術を見ていて、私たちは「廃棄物」という概念そのものが変わりつつあるのかもしれないと感じています。皆さんの身の回りにも、実は価値ある資源として生まれ変わる可能性を秘めた「不要なもの」があるのではないでしょうか。電気自動車の普及が加速する中で、バッテリー材料の調達問題は私たち消費者にも直接関わってくる課題です。皆さんは次に車を買い替える際、そのバッテリーがどこでどのように作られたものなのか気になりませんか?また、お住まいの地域にも活用されていない鉱物資源があるかもしれません。この技術が実用化されれば、私たちの生活にどのような変化をもたらすと思われますか?ぜひSNSで皆さんの考えをお聞かせください。