月と地球を結ぶスペースライン構想 — 宇宙エレベーターが宇宙旅行を革新する日

月と地球を結ぶスペースライン構想 — 宇宙エレベーターが宇宙旅行を革新する日

ケンブリッジ大学のゼファー・ペノイヤー氏とコロンビア大学のエミリー・サンドフォード氏の研究チームが、2019年に月と地球を結ぶ「スペースライン」と呼ばれる宇宙エレベーターの新しい構想を発表した。この研究は2025年5月21日に再び注目を集めている。

従来の地球発の宇宙エレベーター構想は、42,000キロメートル以上の長さが必要となり、現在の材料技術では実現不可能だった。しかし研究チームは、ケーブルを月側に固定することで張力を軽減し、ザイロンなどの既存の高強度炭素ポリマー材料で建設可能な設計を提案している。

このスペースラインは月から地球の静止軌道まで伸び、直径は鉛筆の芯程度の細さになる。建設コストは約10億ドル(2025年5月現在のレートで約1,500億円程度)と推定され、他の大規模宇宙ミッションと同等レベルである。

実現すれば、月への輸送に必要な燃料を現在の3分の1に削減できる。また、ラグランジュポイントへの安定したアクセスが可能になり、このポイントは宇宙デブリや隕石が少なく、宇宙望遠鏡や粒子加速器、重力波検出器などの科学施設の設置に適している。

この技術により、地球、ラグランジュポイント、月の間の移動が頻繁かつ低コストで行えるようになり、宇宙での永続的な人間の活動拠点確立につながる可能性がある。

References:
文献リンクWe Might Soon Send Astronauts to the Moon Using… Elevators!

【編集部解説】

月と地球を結ぶ「スペースライン」構想は、2019年にケンブリッジ大学のゼファー・ペノイヤー氏とコロンビア大学のエミリー・サンドフォード氏によって発表されたものです。彼らの研究論文はarXivというプレプリントサーバーに掲載され、査読付き学術誌には未掲載ながらも、宇宙開発の新たな可能性として注目を集めました。

スペースラインの最大の特徴は、従来の地球発の宇宙エレベーター構想とは逆に、月側に固定点を置く点にあります。これにより、地球の重力と月の重力が釣り合うラグランジュポイントを活用し、ケーブルにかかる張力を大幅に軽減できます。

従来の地球発の宇宙エレベーターでは、地球の自転に合わせて1日1回転するため、遠心力が非常に大きくなります。一方、月発のスペースラインは月の公転に合わせて1ヶ月に1回転するだけなので、遠心力が格段に小さくなるのです。これは論文中でも強調されている重要なポイントです。

現在の材料技術でも実現可能とされる点は注目に値しますが、いくつかの技術的課題も残されています。例えば、月面での巨大構造物の建設経験がないこと、地球の低軌道上の宇宙ゴミとの衝突リスクなどが挙げられます。特に宇宙ゴミの問題は深刻で、国際宇宙ステーションのように回避行動を取ることができない固定構造物であるスペースラインは、軌道上の物体の衝突に対して無防備です。

経済的な観点では、このスペースラインは一度建設されれば、月への輸送コストを大幅に削減できる可能性があります。研究者たちの試算によれば、月の資源を地球と月の間の宇宙ステーションに輸送することで、わずか53回の輸送で建設コストを回収できるとされています。

また、LiftPort Groupのような企業も類似の「月宇宙エレベーター基盤(LSEI)」構想を進めており、実用化に向けた動きが加速しています。彼らの構想では、完全に機能すれば初期の段階で年間36人程度の人員を月面に輸送できるとしています。

この技術が実現すれば、月面基地の建設や月の資源採掘が現実的になるでしょう。特に月の水氷や希少金属の採掘は、地球外資源の活用という観点から大きな意味を持ちます。

しかし、記事で述べられているほど「まもなく」実現するかどうかは慎重に見る必要があります。技術的な課題に加え、国際的な協力体制や資金調達など、解決すべき問題は少なくありません。

【用語解説】

ラグランジュポイント(Lagrangian point)
主に2つの天体(例:地球と月)の重力と遠心力が釣り合う特殊な位置のこと。5つのポイント(L1〜L5)があり、特にL1、L2、L3は主星と従星を結ぶ直線上にある。物体がこの位置に置かれると、相対的な位置を保ったまま公転できる。

ザイロン(Zylon)
東洋紡が開発した超高強度ポリマー繊維。鋼鉄の約10倍の強度を持ち、耐熱性にも優れている。防弾チョッキや宇宙船の部品などに使用されている。スペースライン構想では、このような高強度材料がケーブル素材として想定されている。

静止軌道
地球の赤道上空約36,000kmにある軌道で、この高さを周回する衛星は地球の自転と同じ速度で回るため、地上から見ると常に同じ位置に静止しているように見える。

クライマー
宇宙エレベーターのケーブルに沿って上下する昇降機のこと。人や物資を運搬する「かご」の役割を果たす。

【参考リンク】

一般社団法人宇宙エレベーター協会(JSEA)(外部)
宇宙エレベーターの研究・普及・実現を目指す日本の団体。技術コンテストや学会を開催している。

大林組 宇宙エレベーター建設構想(外部)
大林組が提案する2050年完成を目指した宇宙エレベーター建設計画の詳細。

arXiv(アーカイブ)- スペースライン論文(外部)
ペノイヤー氏とサンドフォード氏による原論文が掲載されているプレプリントサーバー。

【参考動画】

【編集部後記】

2019年に発表された月と地球を結ぶスペースライン構想、皆さんはどう思われますか? 宇宙エレベーターといえばSFの世界の話と思っていた方も多いかもしれませんね。この構想が実現すれば、月への旅行コストが大幅に下がり、一般の人々も月を訪れる日が来るかもしれません。もし実現したら、宇宙旅行に行ってみたいでしょうか?あるいは、月面基地で働くことに興味はありますか? 宇宙へのアクセスが劇的に変わる未来は、私たち一人ひとりの生活や仕事にも新たな可能性をもたらすかもしれません。ぜひSNSで皆さんのアイデアや思いをシェアしていただければ嬉しいです。

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