Google、誤りから学ぶ量子コンピューターを実証 Willowで論理エラー率を20%抑制

Google Researchは2026年7月22日、強化学習を量子誤り訂正に統合した制御フレームワークを公開した。

ブログの執筆者はGoogle Quantum AIのヴォロディミル・シヴァクとポール・クリモフ。原論文はシヴァクを筆頭とする299人の共著で、7月8日にNatureへ掲載された。エージェントは誤り検出イベントを学習信号に用い、1,000を超える制御パラメーターを調整する。

Willowでの検証では、注入したドリフトに対し物理制御の操舵だけで論理エラー率が平均24%低下し、安定性は2.4倍。デコーダー側の操舵を加えると31%低下・3.5倍に達した。専門家による校正の後も微調整で約20%抑制し、論理エラーは距離7のサーフェスコードで7.72×10⁻⁴/サイクル、距離5のカラーコードで8.19×10⁻³となった。

From: Towards a quantum computer that learns from its errors

【編集部解説】

量子ビットの数と誤り率は、量子コンピューターの進歩を測る代表的な指標であり続けてきました。コヒーレンス時間やゲート速度、デコード遅延なども並んで語られます。今回Googleが示したのは、そのどれとも少し角度の違う問題です。すなわち、その性能を止めずに保ち続けられるか、という問いです。

量子プロセッサーは本質的にアナログ装置です。マイクロ波パルスの振幅や周波数、量子ビットの遷移周波数は、材料の欠陥や制御エレクトロニクスの温度変化とともに刻々とずれていきます。現在の運用は、計算をいったん止め、再校正し、また動かす——という手順を前提としています。数日から数か月動き続けるアルゴリズムが想定される将来、この前提は成立しなくなると論文は指摘します。

「すでに流れているデータ」に第二の仕事を与えた

今回の枠組みは、既存のQEC回路が生み出す信号をそのまま使います。新しいセンサーも、追加の量子測定回路も要りません。

誤り訂正は、動作中つねに誤り検出イベントの流れを生み出しています。主な用途はデコーダーによる論理状態の復元ですが、この信号を校正に振り向ける発想そのものは新しくありません。Googleの研究チームは2016年、誤り検出を繰り返しながら量子ビットの制御パラメーターを最適化し、意図的に注入した周波数ドリフトを取り除く手法を発表しています。今回のNature論文も、これを先駆的な試みとして引用しています。

2016年の手法もすでに、9量子ビットの系でゲート最適化を並列に走らせ、単一量子ビットのドリフトと全量子ビットの独立したドリフトを同時に補償していました。今回動いたのは、その規模と最適化の枠組みです。パラメーターと検出器のあいだにある疎な依存関係を利用しながら、1,000を超える——距離7の実験では2,000を超える——制御パラメーターを、強化学習によってシステム全体のレベルで共同最適化しています。

ただし「タダで動く」わけではありません。追加の量子測定やQEC回路のリソースを必要としない点は明確な利点ですが、目的関数の評価には古典コントローラーの更新、検出データの取得、そして探索と学習そのもののコストが伴います。論文自身、この評価が安価ではないことを認めています。

さらに実装上の要点として、エージェントが最適化の目標に据えているのは論理エラー率そのものではなく、誤り検出イベントの平均発生率です。論理エラー率は復号を経ないと分からず、符号距離が増すほど正確な推定に必要なサイクル数が跳ね上がります。検出率ならはるかに早く、しかも局所的に評価できる。もっとも、平均発生率を一定の精度で見積もるには相応の数のQECサイクルが要ります。この代理指標の選択が、後述するスケーラビリティの鍵になっています。

数字を分解して読む

公式ブログが掲げる「3.5倍」と「20%」は、異なる実験条件の数字です。

論理エラー率をさらに20%抑えたというのは、従来の校正と専門家による調整を終えた状態から、なおRLの微調整が引き出した改善分です。一方、人為的なドリフトを注入した条件では、制御方針を固定したままの運用と比べ、RLによる物理制御の操舵だけで論理エラー率が平均24%低下し、安定性は2.4倍に伸びました。ここにデコーダー側のパラメーター調整を加えて初めて、31%低下・安定性3.5倍という数字に届きます。なお、この安定性はLER分布のばらつきで測ったものであり、量子メモリーの寿命が2.4倍・3.5倍になったという意味ではありません。

到達した絶対値も見ておきましょう。距離7のサーフェスコードで1サイクルあたり7.72×10⁻⁴(約0.077%)、距離5のカラーコードで8.19×10⁻³です。2024年12月にWillowが「しきい値以下」の実証を発表したとき、距離7の値は0.143%±0.003%でした。デコーダーも校正手順も同一ではないため単純比較はできませんが、それでも約19か月で4割強の低下です

スケールするかどうかの根拠

将来の大規模な誤り耐性量子コンピューターは、膨大な数の調整可能な制御パラメーターを抱えることになります。今回の実機実験が扱ったのは1,000を超える規模。ここに大きな飛躍があります。

シミュレーションは距離15のサーフェスコード、ゲートあたり30パラメーター・合計およそ40,000パラメーターまで拡張されました。そこで得られたのは、局所最適点の近傍において収束の速さが系のサイズに依存しないという経験的な結果です。理由はパラメーターと検出器の依存関係が疎であることにあります。ある制御パラメーターの狂いは、遠く離れた検出器ではなく近傍の検出イベントに現れる。この疎な局所構造を使えば、高次元の最適化を効率よく進められる——ここが、手法が将来まで持ち堪えるかどうかの分かれ目でしょう。あらゆる実機とノイズ条件で成り立つ普遍法則が証明されたわけではありません。

系譜として見ると

筆頭著者のヴォロディミル・シヴァクは、Yale University在籍時にボゾニック符号の論理量子ビットで「ブレークイーブン超え」を実証し、2023年に発表された論文の筆頭著者でもあります。そこでもモデルフリーの強化学習が制御の最適化を担っていました。今回はその発想が、超伝導プロセッサーのサーフェスコードという、はるかに大きく複雑な系へ持ち込まれた格好です。

編集部が注目しているのは、Google Quantum AIが開発した強化学習ベースの制御層と、Google DeepMindのチームが貢献した高精度デコーダーが、同じ誤り訂正システムのなかで組み合わされた点です。論文の著者貢献欄によれば、RL制御フレームワークを設計したのはシヴァクであり、DeepMind側の担当はデコードでした。データセンターの冷却制御やチップのフロアプラン設計と同じ構図が、いま量子ハードウェアの運用層で起きていると読むこともできるでしょう。人間が物理モデルと直観で調律してきた領域を、学習されたポリシーが補完し、一部を自動化しつつあります。

見落とすべきでない制約

もちろん、これで誤り耐性が完成したわけではありません。実機で行われたのは距離5・7のサーフェスコードと距離5のカラーコードによる量子メモリー実験であり、有用なアルゴリズムの実行ではない点は押さえておく必要があります。しかも実験は短い回路を繰り返す形で、1ショットごとに状態を再準備しています。計算を止めずに校正を続けるという構想の、長時間計算との両立部分は主にシミュレーションで検証された段階です。

学習の仕組みそのものにも緊張関係が残ります。エージェントは制御パラメーターを意図的に揺らして探索することで学びますが、状態を再準備できない一発勝負の長時間計算では、その探索自体が計算を傷つけかねません。研究チーム自身、この釣り合いをどう取るかを課題として挙げています。追随できるドリフトの速さにも限界があり、およそ150エポックに1回という頻度を超える変動には現在の実装では対応できず、ハードウェア側で抑える必要があるとされています。

再現性の面では、実装がGoogleの専有ソフトウェアに依存し、公開できないと明記されている点も見ておくべきでしょう。補足資料には独立実装を可能にする意図でアルゴリズムの数学的記述が置かれています。手法自体は「誤り検出信号と調整可能な制御パラメーターがあれば成立する」ため、超伝導回路以外の方式や別のQECアーキテクチャへも広げうると著者らは述べていますが、他方式での実証はこれからです。専有コードとWillow実機への依存を考えると、完全な独立追試には制約が残ります。

長い視点で

この研究が示唆する変化を、編集部はこう解釈しています。量子コンピューターの評価軸に「稼働率」が加わろうとしている、ということです。研究そのものが稼働率を測定したわけではありませんが、長時間計算と停止校正の不整合という設定から、その方向は自然に導かれます。

クラウド越しに量子計算資源へアクセスする時代には、止まらないことそのものが価値になります。校正のための停止時間は、そのまま利用可能時間の目減りです。誤り耐性の議論が論理量子ビットの数から実運用の連続性へ広がっていくとき、今回のような「自分を保守する機械」の技術は、地味ながら決定的な位置を占めるかもしれません。

同時に、静かな論点も残ります。今回のRLポリシーは単純な確率分布に基づくもので、深層ニューラルネットワークの導入は今後の拡張案として挙げられている段階です。それでも、より豊かなモデルを学ぶ方向へ進んだとき、なぜその設定が最適なのかを人間が説明できなくなる可能性は視野に入ります。動くけれど理由は分からない機械と、私たちはどう付き合っていくのか。これは量子に限らず、AIが基盤技術の内側へ入り込むあらゆる領域で繰り返し問われることになるはずです。

【用語解説】

量子誤り訂正(QEC:Quantum Error Correction)
多数の物理量子ビットを束ねて1個の「論理量子ビット」を構成し、冗長性を使って誤りを検出・訂正する技術である。論理情報を直接読み出すと状態が壊れてしまうため、補助的な量子ビットによるスタビライザー測定を通じ、誤りの兆候だけを間接的に取り出す。

物理量子ビットと論理量子ビット
物理量子ビットは実際のハードウェア上の素子そのもの。論理量子ビットは、それを多数まとめて誤り訂正を施した、計算に使える単位を指す。Willowの距離7量子メモリーは101量子ビットで構成された。

誤り検出イベント
パリティ検査の結果として得られる2値の信号。量子回路の限られた時空間領域のどこかで誤りが起きたことは示すが、正確な発生位置までは分からない。今回の研究では、この信号が訂正用と学習用の二役を担う。

デコーダー
誤り検出イベントの並びから、実際に起きたと考えられる誤りのパターンを推定し、必要な訂正を割り出すソフトウェアである。ニューラルネットワークを用いるものと、マッチングや探索のアルゴリズムで解くものがある。

論理エラー率(LER:Logical Error Rate)
訂正を経てもなお残る誤りの割合。誤り訂正サイクル1回あたりの値で表され、誤り訂正の品質を測る主要な指標とされる。

誤り訂正サイクル
スタビライザー測定を1巡させる一連の操作で、量子ゲート、補助量子ビットの測定、リセットなどを含む。この繰り返しによって論理情報が保護されるため、性能は「1サイクルあたりの誤り」で比較される。

サーフェスコード/カラーコード
いずれも平面配置の量子ビットで実装できる誤り訂正符号である。サーフェスコードは誤りに対するしきい値が高く実装しやすい。カラーコードは論理演算をより効率的に行える一方、回路が深くなり復号も難しいという代償を伴う。

符号距離(distance)
符号の強さを示す指標。距離が大きいほど多くの物理量子ビットを消費するが、訂正できる誤りの数は増える。

しきい値以下(below threshold)
物理エラー率が臨界値を下回った状態を指す。この領域では符号距離を大きくするほど論理エラー率が指数関数的に下がるため、規模の拡大がそのまま品質の向上につながる。

ブレークイーブン超え
誤り訂正を施した論理量子ビットの寿命が、それを構成する最良の物理量子ビットの寿命を上回った状態である。誤り訂正が「割に合う」ことを示す到達点とされる。

量子メモリー
有用な論理アルゴリズムの演算は行わず、誤り訂正のゲートや測定を繰り返しながら論理量子ビットの情報を保持する動作モード。どれだけ長く正しく覚えていられるかを測る、誤り訂正性能の基本的なベンチマークである。

誤り耐性量子コンピューター
誤りを訂正しながら、必要な精度に応じて計算の長さを伸ばしていける量子計算機を指す。実用的なアルゴリズムの実行に必要とされる最終形態である。

QECアーキテクチャ
どの符号を、どの量子ビット配置で、どのような測定手順によって実装するかという設計全体を指す。符号の種類だけでなく、制御と読み出しの構成までを含む。

ドリフト
量子ビットの遷移周波数やマイクロ波パルスの特性が、材料の欠陥や制御エレクトロニクスの温度変化によって時間とともにずれていく現象。緩やかな変化だけでなく、階段状の急な変化も含まれる。

遷移周波数
量子ビットの状態を切り替えるために必要な、マイクロ波信号の固有の周波数。この値がずれると制御の精度が落ちる。

強化学習(RL:Reinforcement Learning)
明示的な手順を与えるのではなく、行動の結果として返ってくる信号を手がかりに、エージェントが試行を通じて方針を改善していく機械学習の一分野である。物理モデルを前提としない手法はモデルフリーと呼ばれる。

代理指標(サロゲート目的関数)
本来最適化したい量が測りにくい場合に、代わりに用いる観測しやすい量。本研究では論理エラー率ではなく、全検出器における誤り検出イベント率の平均が使われた。

in situ 校正
装置を止めずに、動作させたままの状態で校正を行う手法を指す。2016年の先行研究が誤り検出中の校正として示し、今回の研究は目的関数と最適化手法を入れ替えたうえで、規模を大きく広げた。

ボゾニック符号
超伝導共振器の光子状態のように、無限次元の系へ論理量子ビットを埋め込む符号の総称である。実装方式によっては、少ない物理素子で誤り訂正を成立させられる点に特徴がある。

【参考リンク】

Nature「Reinforcement learning control of quantum error correction」(外部)
査読を経た原論文。実験設定から学習アルゴリズム、記録的な論理エラー率、大規模系でのスケーリング検証までが詳細に記されている。

arXiv「Reinforcement Learning Control of Quantum Error Correction」(外部)
原論文のプレプリント版。登録も購読契約も不要で全文を閲覧でき、数値や手法の詳細をその場で自分の目で確認することができる。

Google Quantum AI(外部)
Googleの量子コンピューティング研究部門の公式サイト。Willowの仕様や研究ロードマップ、学習教材が集約されている。

Google Blog「Meet Willow, our state-of-the-art quantum chip」(外部)
2024年12月のWillow発表記事。符号のサイズを大きくするほど誤りが指数関数的に減るという到達点が説明されている。

Google Research Blog「Making quantum error correction work」(外部)
サーフェスコードによる誤り訂正の仕組みと、Willowで得られた指数関数的な誤り抑制が持つ意味を図解した公式チームの解説。

Google Research Blog「A colorful quantum future」(外部)
カラーコードの実証実験に関する公式解説。サーフェスコードとの構造上の違いと、論理演算を効率化できる利点が説明されている。

Google Blog「AlphaQubit: Google’s research on quantum error correction」(外部)
Google DeepMindとGoogle Quantum AIが共同開発した、ニューラルネットワーク型デコーダーの発表記事。

Zenodo「Data for Reinforcement learning control of quantum error correction」(外部)
論文に対応する実験データの公開リポジトリ。実験コードは非公開のため、第三者はデータの再解析という形で検証に利用できる。

【参考記事】

Google Study Shows Quantum Computer Can Learn From Its Own Errors While It Computes(外部)
注入ドリフト下の24%・2.4倍、デコーダー調整を含む31%・3.5倍という内訳と、手法が抱える限界までを詳報している。

Google Quantum AI Uses Reinforcement Learning to Stabilize Quantum Error Correction(外部)
距離7で7.72×10⁻⁴、距離5のカラーコードで8.19×10⁻³という到達値と、代理指標の採用を明記している詳報記事。

Google Uses AI Reinforcement Learning For Quantum Error Correction(外部)
2024年12月のWillowからの流れとして今回の成果を位置づけ、安定性3.5倍と約20%の低減を具体的な数値で報じている。

Scalable in situ qubit calibration during repetitive error detection(外部)
Googleらが2016年に発表した先行研究。9量子ビット系でゲート最適化を並列化し、複数の独立ドリフトを同時に補償している。

Quantum error correction below the surface code threshold(外部)
Willowでしきい値以下を実証した論文。101量子ビットの距離7で1サイクルあたり0.143%±0.003%と報告している。

Real-time quantum error correction beyond break-even(外部)
シヴァクがYale University在籍時に行った研究。モデルフリーの強化学習でブレークイーブン超えを達成した先行例。

Quantum Error Correction Moves Beyond Breakeven(外部)
2023年の成果を米エネルギー省がまとめた公式の解説。強化学習エージェントが実験系のなかで担った役割を平易に説明している。

【編集部後記】

arXiv:2511.08493に論文全文が、Zenodo(10.5281/zenodo.17566521)に実験データが公開されています。読み進めると、公式ブログの「安定性3.5倍」が、物理制御の操舵にデコーダー側の調整を加えた条件の数字であることが見えてきます。強化学習だけなら2.4倍。距離15・約40,000パラメーターのシミュレーションが検証したのは物理制御側のスケーリングでした。この2.4と3.5の差は、実機がその規模へ届いたときにどう変わるのでしょうか。

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