韓国のHyundai E&C(ヒュンダイ)が2025年8月4日、米国テキサス州アマリロで原子力データセンター建設を支援する覚書をFermi Americaと締結した。「HyperGrid」と呼ばれるこのプロジェクトは総電力容量11ギガワットで、最大6ギガワットの原子力発電を含む世界最大級のエネルギー・AI統合キャンパスとなる。
プロジェクトはテキサス州元知事で元米国エネルギー長官のリック・ペリーと投資家トビー・ノイゲバウアーが主導し、面積2300万平方メートルの敷地にウェスチングハウスAP1000原子炉4基、小型モジュール炉2ギガワット、コンバインドサイクルガス発電4ギガワット、太陽光・蓄電池1ギガワットを配備する。2026年から建設開始予定で、2032年にGPUデータセンターへの電力供給開始を目指す。
Hyundai E&Cはこれまで22基の原子炉建設を主導した実績を持つ。元記事によればFermi Americaは2025年7月にも年末の運用開始に向けてシーメンスエナジー製ガスタービン6基とGE製タービンを含む600メガワットのガス発電設備を取得すると発表している。
From: AI going critical: Hyundai to help build nuclear-powered datacenter in Texas
【編集部解説】
このFermi AmericaとHyundai E&Cの提携が象徴するのは、AIの驚異的な電力消費がもたらすエネルギーの需給構造変化という、私たちが直面する未来そのものです。 なぜ今、原子力データセンターが注目されるのか。その背景には、現行の電力インフラの限界という、避けては通れない課題があります。
原子力が注目される理由は、その圧倒的な安定性にあります。米エネルギー情報局(EIA)のデータでは原子力発電所の設備利用率は92.5%を超えており、風力発電の35%、太陽光発電の25%、天然ガスの56%を大きく上回ります。AI推論処理は24時間365日連続稼働が必要で、天候に左右される再生可能エネルギーだけでは対応困難です。
しかし、この壮大な計画には重大なリスクが潜んでいます。最も深刻なのは建設コストの暴騰です。ジョージア州のVogtle原子炉は、15年の工期と360億ドル超の建設費を要しました。当初見積もりの68億ドルを大幅に超過しており、Fermi Americaの4基建設計画の資金調達方法は明示されていません。
技術的な課題も無視できません。小型モジュール炉(SMR)については、米国原子力規制委員会から認可を受けているのはNuScale社のみで、供給元すら確定していない状況です。2032年の稼働開始予定も、規制当局の許可や建設進捗によっては大幅に遅延する可能性があります。
この計画が成功すれば、米国のAI競争力に決定的な影響を与えるでしょう。中国が22基の原子炉を建設中である中、アメリカも原子力インフラで追いつく必要があります。特にパンテックス核兵器施設近くという立地は、国家安全保障上の戦略的意味を持ちます。
一方で、環境への影響も複雑です。確かに原子力は二酸化炭素を排出しませんが、プロジェクトには4GWのガス発電も含まれており、完全なクリーンエネルギーとは言えません。Fermi Americaは「現在のグリッドより30%クリーン」と主張していますが、絶対的な環境負荷軽減効果は限定的です。
長期的な視点では、このプロジェクトは次世代エネルギーインフラのテストケースとなります。成功すれば、他の地域でも同様の統合型エネルギーキャンパスが建設される可能性があり、失敗すれば原子力データセンター構想全体に深刻な影響を与えかねません。
最終的に、HyperGridプロジェクトは技術革新の野心と現実的な制約の狭間で進行する、まさに「エネルギー賭博」と呼ぶにふさわしい挑戦なのです。
【用語解説】
ハイパースケーラー(Hyperscaler)
アマゾンウェブサービス(AWS)、マイクロソフト、グーグル、メタなど、世界規模でクラウドサービスを展開する大手テック企業を指す。これらの企業は急激なAI需要により、データセンターの大規模拡張を迫られている。
ネオクラウド(Neo-cloud)
新興のクラウドサービス提供企業群で、従来のハイパースケーラーに続く次世代のクラウド事業者を指す。AI特化型やエッジコンピューティングに特化した企業が含まれる。
ビハインド・ザ・メーター電力(Behind-the-meter)
電力会社の送電網を通さず、発電設備から直接消費者に供給される電力供給方式。データセンターが隣接する原子力発電所から直接電力を受け取ることで、送電ロスを回避できる。
GPU農場(GPU bit barns)
AI処理に特化したGPU(グラフィック処理装置)を大量に設置したデータセンター施設。「bit barns」は「ビット納屋」の意味で、データセンターの俗称として使われる。
選択的触媒還元(SCR:Selective Catalytic Reduction)
ガスタービンの排ガスから窒素酸化物(NOx)を除去する環境技術。アンモニアや尿素を触媒と組み合わせて使用し、大気汚染物質を削減する。
第3世代+原子炉(Generation III+)
福島原発事故後の安全基準を満たす最新の原子炉設計。受動的安全システムにより、電源喪失時でも自動的に安全停止する機能を持つ。
【参考リンク】
Hyundai E&C(Hyundai Engineering & Construction)(外部)
韓国最大級の建設・エンジニアリング企業。22基の原子炉建設実績を持つ
NuScale Power(外部)
米国原子力規制委員会から認可を受けた唯一のSMR企業
ウェスチングハウス・エレクトリック(外部)
AP1000原子炉の設計・製造企業。第3世代+の加圧水型原子炉
シーメンスエナジー(外部)
SGT-800ガスタービンで47.5-57.0MW出力の産業用発電設備
【参考記事】
Fermi America, Hyundai E&C team up for Texan reactors(外部)
世界原子力ニュースによる覚書締結の詳細と専門的な分析記事
Nuclear Power Emerging as a Clean AI Data Center Energy Source(外部)
AI時代のエネルギー需要急増と各発電方式の設備利用率比較データ
Hyundai to deliver nuclear power to Fermi America’s 11GW AI campus(外部)
データセンター業界専門メディアによる技術仕様と業界影響の詳細分析
Texas firm aims to build world’s largest data energy complex(外部)
ロイター通信による全体構想と資金調達課題、州政策への影響報道
Is nuclear energy the answer to AI data centers’ power consumption?(外部)
ゴールドマン・サックスによるAI時代のエネルギー需要予測と投資価値分析
【編集部後記】
AIの電力需要が爆発的に増加する中、私たちの生活はどう変わっていくのでしょうか。テキサス州の壮大な実験は成功するでしょうか、それとも期待と現実のギャップに直面することになるでしょうか。
皆さんは、日常的に使っているAIサービスがどれほどの電力を消費しているか考えたことはありますか? ChatGPTでの一回の質問、画像生成AIでの一枚の作品作成、それらすべてが巨大な電力インフラに支えられています。
このFermi AmericaとHyundai E&Cのプロジェクトが成功すれば、日本でも同様の取り組みが必要になるかもしれません。原子力とAIの融合について、皆さんはどのような未来を描いているでしょうか?ぜひ私たちと一緒に、この技術革命の行方を見つめていきませんか。