IEEE Spectrumは、2025年3月に商業運転を開始したスコットランドのブラックヒロック蓄電所がその実力を示したことを報じた。
同月、イングランド北部の木質バイオマス発電所が運転開始から11日後に突然停止し、1,877メガワットの電力供給が途絶えた。しかしこの際、ブラックヒロック蓄電所の新しい 200 MW のバッテリー ステーションが数ミリ秒以内に動作を開始、余分な電力を放出して周波数の低下を食い止め、電力網の稼働を維持した。
同蓄電所は出力200メガワット、容量400メガワット時でヨーロッパ最大規模であり、2026年に300メガワット、600メガワット時まで拡張予定である。運営会社は英国のZenobēで、15年間で消費者に1億7,000万ポンド(約2億3,000万米ドル)の節約効果を見込む。また国家エネルギーシステム運用者(NESO)は2025年にガス火力発電所なしでの運用実証を目指している。
スコットランドでは主要な石炭火力発電所が既に閉鎖され、最後の原子力発電所トーネスが2030年3月に閉鎖予定である。ドイツのSMAソーラーテクノロジーが供給するインバーターは定格電流の250パーセントまで出力可能である。
From: Grid-Scale Battery Stabilizes Scottish Power Supply
【編集部解説】
今回のスコットランドの事例は、従来の電力システムから再生可能エネルギー中心の次世代グリッドへの転換点を象徴する出来事です。これまで電力の安定性は回転する発電機の物理的な慣性に依存していましたが、この実績は「デジタル慣性」によって同等の安定性を実現できることを実証しました。
特に注目すべきは、グリッドフォーミングインバーターという技術革新です。従来のインバーターは既存の電力網の周波数に「追従」するだけでしたが、この新技術は自らが基準となって電力網をコントロールできます。これにより、従来の発電所が担っていた瞬時の周波数調整機能を、蓄電池が肩代わりすることが可能になりました。
短絡電流への対応も技術的なブレークスルーです。パワーエレクトロニクスは高電流に弱いという根本的な課題がありましたが、SMAの技術により短時間なら定格の2.5倍まで出力できるようになりました。ただし、140ミリ秒という制限時間があり、この制約が実運用でどこまで有効かは今後の検証が必要でしょう。
経済面では、同期コンデンサーのように待機専用の設備と異なり、蓄電池は平時にエネルギー取引で収益を上げられる多機能性が魅力的です。Zenobēの試算では15年間で1億7,000万ポンド(約2億3,000万米ドル)の節約効果が見込まれており、安定性サービスの新たなビジネスモデルを示しています。
しかし課題も残されています。実際の送電系統故障時に保護リレーが適切に動作するかは未検証で、オーストラリアの専門家は「高リスク」と警告しています。このため多くの電力会社は、より確実な同期コンデンサーとの併用を選択しているのが現状です。
長期的には、この技術の成功が再生可能エネルギーの大量導入を加速させる可能性があります。風力・太陽光発電の不安定性を補完する手段として、蓄電池による安定化サービスが標準化されれば、化石燃料への依存度をさらに下げることができるでしょう。
【用語解説】
IEEE Spectrum
IEEE(電気電子学会)が発行する月刊の技術雑誌。技術動向や研究成果、社会への影響などを解説している。
グリッドフォーミングインバーター
従来のグリッドフォロイングインバーター(既存の電力網の周波数・電圧に追従)とは異なり、自らが基準となって電力網の周波数・電圧を制御できる先進的なインバーター技術。電力系統の安定性維持に貢献する。
短絡電流
送電線の地絡などで電力系統に故障が発生した際に、発電機から瞬間的に放出される大電流。この電流が保護リレーの動作信号となり、故障区間を系統から切り離す。従来は同期発電機が担っていた機能。
同期コンデンサー
発電機能を持たず、ローターを回転させ続けることで電力系統に慣性と無効電力調整機能を提供する装置。電力系統の安定性維持に使用される従来技術。
パワーエレクトロニクス
電力の変換・制御を行う半導体素子を用いた技術。インバーターやコンバーターなどが代表例で、再生可能エネルギーの系統連系に不可欠である。
【参考リンク】
Zenobē(ゼノビー)(外部)
ロンダンに本拠を置く蓄電池・電気自動車フリート専門企業。グリッドスケール蓄電池とEVフリート電化事業を展開している。
National Energy System Operator(NESO)(外部)
2024年10月に設立された英国の国営エネルギーシステム運用者。電力・ガス系統の運用を一元的に管理している。
SMA Solar Technology AG(外部)
ドイツに本拠を置く世界最大級の太陽光発電用インバーターメーカー。100GW以上のインバーターを190カ国以上で展開。
Blackhillock Battery Storage Project(外部)
スコットランドのブラックヒロックに建設された349MW/748MWh規模の蓄電施設の公式サイト。
【参考記事】
Europe’s Largest Battery Goes Live in Blackhillock, Scotland(外部)
Zenobēの公式発表。ブラックヒロック蓄電所の商業運転開始と技術的特徴、15年間で1億7,000万ポンドの消費者節約効果について詳述。
Zenobē 200MW BESS operational(外部)
業界専門メディアによる報道。世界初の安定性サービス提供蓄電池としての技術的意義と系統安定化への貢献について解説。
Blackhillock Battery Energy Storage Project, Scotland(外部)
エネルギー業界専門サイトによるプロジェクト全体の概要。建設段階から技術仕様、環境への影響まで包括的に紹介。
【編集部後記】
今回のスコットランドの事例を見て、皆さんはどう感じられたでしょうか。電力の安定性を「物理的な回転」から「デジタル制御」へと置き換える技術革新は、まさに私たちが目撃している未来への扉かもしれません。
日本でも再生可能エネルギーの拡大が進む中、こうした蓄電池技術の進歩が私たちの生活にどのような変化をもたらすのか、一緒に考えてみませんか。皆さんの地域では、どんなエネルギー転換の兆しを感じていらっしゃいますか。未来のエネルギーシステムについて、ぜひSNSで皆さんのご意見をお聞かせください。