EHang Holdings Limited(ナスダック:EH)は2025年10月13日、中国・合肥市の羅崗公園で次世代長距離無操縦者電動垂直離着陸機「VT35」を発表した。
VT35は前世代のVT30プロトタイプをベースに開発された2座席のリフト・アンド・クルーズモデルで、都市間、海越え、山越え輸送を想定している。
満載時の設計航続距離は約200キロメートル、全長および翼幅はそれぞれ約8メートル、高さは3メートル、最大離陸重量は950キログラムである。中国国内市場における標準版の価格は650万人民元と発表された。8つの分散型リフトプロペラで垂直離着陸を行い、巡航時は推進プロペラと固定翼に移行する。既存のEH216-Sバーティポートとの互換性を持つ。2025年3月に中国民用航空局が型式証明申請を受理し、現在耐空性認証が進行中である。
イベントでは浙江智翼無人機技術有限公司および海南富馬通用航空産業発展有限公司と協力協定を締結した。
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EHang Introduces VT35, a Next-Generation Long-Range Pilotless eVTOL Aircraft
【編集部解説】
EHangのVT35発表は、同社が都市内短距離輸送から都市間中長距離輸送へと事業領域を拡大する転換点となります。既に型式証明を取得して商業運航を開始しているEH216-Sが航続距離最長35キロメートル程度の都市内移動に特化しているのに対し、VT35は約200キロメートルという約5.7倍の航続距離を実現しています。
この航続距離の延長は、eVTOL市場における重要な技術的ブレークスルーです。VT35が採用するリフト・アンド・クルーズ方式は、離着陸時には8つのリフトプロペラを使用し、巡航時には推進プロペラと固定翼に切り替えることで、マルチコプター方式よりも高い空力効率を実現します。これにより、バッテリー容量の制約という電動航空機の最大の課題に対する実用的な解決策を示しています。
注目すべきは既存インフラとの互換性です。VT35はEH216-S用のバーティポートをそのまま利用できる設計となっており、新たなインフラ投資を最小限に抑えながら都市間ネットワークを構築できます。全長・翼幅がそれぞれ約8メートルというコンパクトな設計は、都市部の限られたスペースでも運用可能であることを意味しており、屋上や駐車場といった既存施設の活用も視野に入ります。
中国政府の積極的な支援も見逃せません。合肥市は2025年8月にEHangと投資協力協定を締結し、9月には低高度経済発展の白書を公開しています。中国民用航空局も3月に型式証明申請を受理しており、EH216-Sで蓄積した認証ノウハウを活用することで、比較的短期間での商業化が期待されます。
一方で、650万人民元(約1億3000万円、1元=20円換算)という価格設定は、事業採算性において慎重な検討を要します。運航コスト、充電インフラ、保守体制など、持続可能なビジネスモデルの構築が商業化の鍵となるでしょう。また無操縦者航空機の安全性に対する社会的受容性も、普及における重要な要素です。
長江デルタや珠江デルタといった経済圏での「1時間生活圏」構想は、地域経済や人々の移動パターンに大きな変革をもたらす可能性を秘めています。
【用語解説】
eVTOL(イーブイトール)
Electric Vertical Take-Off and Landingの略で、電動垂直離着陸機を指す。電動モーターとバッテリーを動力源とし、ヘリコプターのように垂直に離着陸できる次世代航空機である。騒音が少なく環境負荷が低いことから、都市型航空モビリティの中核技術として期待されている。
リフト・アンド・クルーズ方式
離着陸時と巡航時で異なる推進システムを使い分ける設計方式。離着陸時は複数のリフトプロペラで垂直移動を行い、巡航時は推進プロペラと固定翼による効率的な水平飛行に切り替える。マルチコプター方式に比べて航続距離とエネルギー効率で優位性を持つ。
バーティポート
eVTOL専用の離着陸施設。Vertiportは「垂直」を意味するVerticalと「港」を意味するPortを組み合わせた造語である。充電設備、管制システム、乗客待機スペースなどを備え、既存の屋上や駐車場を活用した設置も想定されている。
AAM(先進航空モビリティ)
Advanced Air Mobilityの略で、eVTOLなどの新技術を活用した次世代の航空輸送システムを指す。都市内の移動から都市間輸送、物流、緊急医療搬送まで幅広い用途が想定されており、既存の交通インフラを補完する役割が期待されている。
型式証明(TC)
Type Certificateの略。航空機の設計が安全基準を満たしていることを航空当局が認証する制度。製造や運航を開始する前に取得が必要で、厳格な審査プロセスを経る。EH216-Sは無操縦者eVTOLとして世界初の型式証明を取得した。
低高度経済
高度1000メートル以下の空域を活用した新たな経済圏の概念。中国政府が積極的に推進しており、ドローン配送、空飛ぶクルマ、農業用無人機などの産業育成を通じて、2030年までに数兆元規模の市場形成を目指している。
【参考リンク】
EHang Holdings Limited 公式サイト(外部)
中国発のeVTOL開発企業。世界初の無操縦者eVTOL型式証明を取得したEH216-Sを製造し、既に商業運航を開始している先進航空モビリティ技術のグローバルリーダー。
中国民用航空局(CAAC)(外部)
中国の航空行政を管轄する政府機関。eVTOLの型式証明や耐空性認証を担当し、EH216-Sに世界初の無操縦者eVTOL型式証明を発行した。
【参考記事】
China’s EHang launches VT-35 long-range eVTOL aircraft(外部)
FlightGlobalによる分析記事。EHangの事業戦略とVT35の市場ポジショニングを解説。EH216-Sとの相互補完関係と中国政府による低高度経済政策を分析。
【編集部後記】
空飛ぶクルマが200キロメートルを飛ぶ時代が、いよいよ現実のものとなりつつあります。都心から隣県への移動、島々を結ぶ海上ルート、山岳地帯へのアクセス——これまで時間のかかっていた移動が、空路で直線的につながる未来を、皆さんはどう想像されますか。
VT35のような技術が本格展開されれば、私たちの生活圏や働き方、住む場所の選択肢さえも変わっていくかもしれません。一方で、安全性や騒音、プライバシー、空域管理など、解決すべき課題も山積しています。
この技術が日本にもたらす可能性と課題について、皆さんはどのようにお考えでしょうか。ぜひご意見をお聞かせください。

