ElevenLabs「Iconic Voice Marketplace」有名人の声をライセンス化

ElevenLabs「Iconic Voice Marketplace」有名人の声をライセンス化

AI音声スタートアップのElevenLabsは2025年11月、企業が有名人のAI複製音声をライセンス契約できるオンラインマーケットプレイス「Iconic Voice Marketplace」を立ち上げた。

同社のプラットフォームは企業と特定の声の権利所有者をつなぎ、ライセンス契約を正式化して音声を合成する仲介役を務める。マーケットプレイスは認証済みの象徴的な才能とIP所有者の厳選されたリストにのみ開かれており、著名人物の声が許可、透明性、公正な報酬を伴ってのみ生成されることを保証している。

AI音声の一部はクローニング技術で実現され、他は歴史的またはアーカイブ音声を参照して合成的に複製されている。現在利用可能な音声は全28名分で、マイケル・ケイン、ライザ・ミネリ、アート・ガーファンクル、ジュディ・ガーランド、ジョン・ウェイン、マヤ・アンジェロウ、ベーブ・ルース、マーク・トウェイン、トーマス・エジソン、アラン・チューリング、J・ロバート・オッペンハイマーなどが含まれる。

From: 文献リンクElevenLabs’ new AI marketplace lets brands use famous voices for ads

【編集部解説】

ElevenLabsは2025年1月30日に1億8000万ドル(2025年1月30日のレートで約277億9,200万円)のシリーズ-C資金調達を発表し、企業価値を33億ドル(同月のレートで約5,089億5,900万円)まで引き上げた成長著しいAI音声スタートアップです。約1年半で評価額を3倍にした同社が、今回立ち上げた「Iconic Voice Marketplace」は、AI音声技術が抱える最大の課題――権利と倫理――に正面から取り組む試みといえます。

これまでAI音声クローニング技術をめぐっては、著名人の声が無断で複製され、誤情報の拡散やヘイトスピーチに悪用される事例が相次いでいました。ElevenLabs自身も過去に、4chanなどで同社の技術が悪用され、エマ・ワトソンの声でヒトラーの著作を朗読させるといった深刻な事例が報告されています。

今回のマーケットプレイスは、こうした倫理的懸念に対する同社の回答です。権利所有者との正式なライセンス契約、透明性のある報酬体系、そして厳選された認証済みの才能のみを扱うという仕組みによって、AI音声の商業利用に「同意」という概念を明確に組み込みました。

特筆すべきは、米国俳優組合SAG-AFTRAが推進してきた「デジタル複製には明示的な許可が必要」という原則と軌を一にしている点でしょう。カリフォルニア州では既に、パフォーマーの同意なしにAIが声や容姿を複製することを禁じる法律が成立しており、ElevenLabsのアプローチはこうした規制の流れに先んじたものといえます。

音声クローニング市場は2022年の15億ドル(2022年のレートで約1,972億5,000万円)から2032年には162億ドル(現在のレートで約2兆5,077億6,000万円)へと成長すると予測されており、年平均成長率は27.3%に達する見込みです。メディア・エンターテインメント分野が最大のシェアを占めていますが、チャットボットやアシスタント、アクセシビリティ向上など用途は多岐にわたります。

ただし、マイケル・ケインのような存命の著名人だけでなく、マーク・トウェインやアラン・チューリングといった故人の声も含まれている点には注意が必要です。歴史的音声資料からの合成再現という技術的挑戦である一方、遺産管理者との権利関係や、本人が意図しなかった発言を「させる」ことの是非など、新たな倫理的問いを投げかけています。

インドでは2025年にAI生成コンテンツへのラベル表示を義務化する規制改正案が提出されるなど、各国で合成音声への規制が強化されつつあります。ElevenLabsの取り組みは、技術革新と倫理的配慮の両立を模索する業界全体の試金石となるでしょう。

【用語解説】

AI音声クローニング
機械学習と音声合成技術を用いて、人間の声をデジタル複製する技術である。録音された音声サンプルから、話者の声色、ピッチ、アクセント、話し方の癖などの特徴を抽出し、ニューラルネットワークがそれらを再現することで、元の話者と聞き分けがつかないほど自然な音声を生成する。

SAG-AFTRA
Screen Actors Guild – American Federation of Television and Radio Artistsの略称で、米国の俳優や放送パフォーマーを代表する労働組合である。AI技術による声や容姿の複製に対して、パフォーマーの明示的な同意と適切な報酬を求める活動を展開している。

【参考リンク】

ElevenLabs公式サイト(外部)
AI音声生成プラットフォーム。70以上の言語で5000以上の音声を提供し、テキスト読み上げや音声クローニング機能を備える。

ElevenLabs Iconic Voices(外部)
著名人の音声をライセンス契約できるマーケットプレイス。権利所有者との正式な契約を通じて利用可能。

SAG-AFTRA公式サイト(外部)
米国俳優組合の公式サイト。AI技術による声や容姿の複製に関する方針やパフォーマーの権利保護情報を提供。

【参考記事】

ElevenLabs raises $180M Series C to be the voice of the digital world(外部)
2025年1月30日の資金調達発表。企業価値3.3億ドル、総調達額2億8100万ドル(2025年1月30日のレートで約433億3,863万円)に到達した背景を解説。

ElevenLabs, the hot AI audio startup, confirms $180M in Series C(外部)
TechCrunchによる資金調達詳細記事。a16zとICONIQ Growthが共同リード投資家。

Voice Cloning Market to Reach $16.2 Billion by 2032(外部)
音声クローニング市場が2032年に162億ドル(2025年11月時点のレートで約2兆5,077億6,000万円)に成長するという市場予測。年平均成長率27.3%。

How SAG-AFTRA is Shaping Ethical AI Voice in Entertainment(外部)
米国俳優組合がAI音声技術の倫理的利用を形成している取り組みについて詳述した記事。

【編集部後記】

AI音声技術が、誰かの声を「合成する」領域から「ライセンスする」段階へと進化しようとしています。マイケル・ケインの言葉を借りれば「声を置き換えるのではなく、増幅する」という思想が、この技術の未来を左右するのかもしれません。皆さんは、もし自分の声が永遠にデジタル空間で残り続け、亡くなった後も使われ続けるとしたら、それを受け入れられるでしょうか。それとも、生前の同意があったとしても、本人が意図しなかった文脈で使われることへの違和感を覚えるでしょうか。技術の進歩と倫理のバランスについて、一緒に考えていければと思います。

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