HP、2028年までに最大6,000人削減へ──AI導入で年間10億ドル節約を目指す構造改革

HP、2028年までに最大6,000人削減へ──AI導入で年間10億ドル節約を目指す構造改革

米国のコンピューターおよびプリンターメーカーであるHPは2025年11月26日、2028年10月末までに4,000人から6,000人の雇用を削減すると発表した。同社の従業員数は約56,000人である。CEOのエンリケ・ロレス氏は、製品開発、社内業務、カスタマーサポートのチームが影響を受けると述べた。この削減により2028年までに年間10億ドルの節約が見込まれるが、削減コストは推定6億5,000万ドルとなる。HPは2025年2月にもリストラ計画の一環として1,000人から2,000人のスタッフを削減していた。HPは第4四半期に146億ドルの収益を計上し、AI対応PCが出荷の30%以上を占めた。しかし来年度の調整後1株当たり純利益予測は2.90ドルから3.20ドルで、アナリスト予測の3.33ドルを下回った。発表後、HP株価は最大6%下落した。

From: 文献リンクComputer maker HP to cut up to 6,000 jobs by 2028 as it turns to AI

【編集部解説】

HPの人員削減発表は、AI時代における労働市場の構造変化を象徴する出来事です。従業員約56,000人のうち最大10%にあたる6,000人を削減する今回の決断は、単なるコスト削減ではなく、企業がAIとどう共存していくかという問いを突きつけています。

注目すべきは、HPが同時にAI対応PCの好調な販売を報告している点です。第4四半期の出荷台数の30%以上をAI対応PCが占め、パーソナルシステム部門の収益は前年比8%増加しました。つまり、製品としてのAIは市場で受け入れられている一方で、その開発・サポート体制にはAI自身が組み込まれ、人間の役割が再定義されているのです。

この動きはHP単独の現象ではありません。法律事務所のクリフォード・チャンスがロンドン拠点のビジネスサービススタッフを10%(約50職)削減し、その理由の一部をAI導入に帰している事例があります。また、後払い決済のクラーナは過去3年で従業員数を約7,400人から3,000人へと半減させ、AI活用と自然減による置き換えを進めています。PwCも2021年から2026年の間に10万人を雇用する計画を撤回し、「世界は変わった」とAIが採用ニーズを変えたことを認めました。

マッキンゼー・グローバル・インスティテュートの最新レポートは、さらに大きな絵を描いています。現在利用可能な技術だけで、米国の労働時間の57%が自動化可能であり、そのうちAIエージェントが44%、ロボットが13%を担える可能性があるとしています。これにより2030年までに年間2兆9,000億ドルの経済価値が生み出されると予測されていますが、その前提は「企業がワークフローを再設計する」ことです。

HPのケースで興味深いのは、コスト構造の変化です。同社は削減により年間10億ドルの節約を見込む一方、削減自体に6億5,000万ドルのコストがかかります。さらに、AI需要の急増によるメモリチップ価格の高騰という新たな課題に直面しています。DRAMの契約価格は2025年第3四半期に前年比171.8%上昇し、メモリコストは現在、一般的なPCコストの15%から18%を占めるまでになりました。

つまり、AIによる効率化は一方向的な「節約」ではなく、コスト構造全体の再編成を伴っています。人件費が削減される一方で、AIインフラへの投資とメモリなどのハードウェアコストが増大する。この綱引きの中で、企業は新しいバランスを模索しているのです。

最も重要なのは、これが単なる「雇用の喪失」ではなく「仕事の再定義」であるという視点です。マッキンゼーのレポートは、人間のスキルが無関係になるわけではなく、むしろAIシステムと協働する新しい役割へとシフトすると指摘しています。製品マネージャー、AI安全性の専門家、システム監督者といった新しい職種も生まれつつあります。

HPのCEO、エンリケ・ロレス氏の「競争力を維持するために必要なこと」という言葉は、企業が直面する現実を端的に表しています。AI導入は選択肢ではなく、市場に残るための必須条件になりつつあるのです。

【用語解説】

AI(人工知能)
人間の知的活動をコンピューターで模倣する技術の総称。機械学習や深層学習などの手法を用いて、データから学習し、予測や判断を行う。近年は自然言語処理、画像認識、自動化などの分野で急速に発展している。

AIエージェント
特定のタスクを自律的に実行できるAIシステム。ユーザーの指示に基づいて情報収集、分析、意思決定、実行までを一貫して行える。カスタマーサポート、データ処理、スケジュール管理などの業務で活用されている。

DRAM(ダイナミックランダムアクセスメモリ)
コンピューターの主記憶装置として使用される揮発性メモリの一種。データを一時的に保存し、CPUが高速にアクセスできる。定期的にデータを再書き込みする必要があるため「ダイナミック」と呼ばれる。

NAND半導体
不揮発性のフラッシュメモリの一種で、電源を切ってもデータが保持される。SSDやUSBメモリ、スマートフォンのストレージなどに広く使用されている。NANDは論理回路の一種を指す名称に由来する。

データセンター
大量のサーバーやネットワーク機器を集約し、データの保存・処理・配信を行う施設。クラウドサービスやAIモデルの学習・推論に必要な計算資源を提供する。冷却システムや電力供給などのインフラが重要となる。

自然減(Natural Attrition)
従業員の自主的な退職や定年退職によって自然に従業員数が減少すること。企業が意図的に解雇するのではなく、退職者の補充を行わないことで人員を削減する手法。

【参考リンク】

HP Inc. 公式サイト(外部)
米国カリフォルニア州に本社を置くコンピューターおよびプリンターメーカー。パーソナルコンピューター、ワークステーション、プリンター、3Dプリンティングソリューションなどを提供している。

McKinsey Global Institute(外部)
マッキンゼー・アンド・カンパニーの調査部門。経済、ビジネス、テクノロジーに関する長期的なトレンドや影響を分析し、レポートを発表している。

Klarna(外部)
スウェーデン発の後払い決済サービス企業。オンラインショッピングでの分割払いや後払いオプションを提供し、欧米を中心に展開している。

PwC(プライスウォーターハウスクーパース)(外部)
世界4大会計事務所の一つ。監査、税務、コンサルティングサービスを提供するグローバルなプロフェッショナルサービスファーム。

Clifford Chance(外部)
ロンドンに本拠を置く国際的な法律事務所。世界中に拠点を持ち、企業法務、金融、訴訟など幅広い法律サービスを提供している。

National Foundation for Educational Research(NFER)(外部)
英国の独立系教育研究機関。教育政策、労働市場、スキル開発などに関する調査研究を行い、政策提言を発表している。

Anthropic(外部)
AI安全性研究に注力するAI企業。対話型AIアシスタント「Claude」を開発し、より安全で理解可能なAIシステムの構築を目指している。

OpenAI(外部)
ChatGPTやGPTシリーズを開発した米国のAI研究企業。人工汎用知能(AGI)の安全な開発を目標に掲げ、大規模言語モデルの研究開発を行っている。

【参考記事】

HP Inc. Reports Fiscal 2025 Full Year and Fourth Quarter Results(外部)
HP公式の決算発表。2025年度第4四半期の収益が146億ドルで前年比2%増、AI対応PC出荷が30%超を占めたこと、2028年までに4,000~6,000人を削減し年間10億ドルを節約する計画を発表した。

HP to cut about 6,000 jobs by 2028, ramps up AI efforts | Reuters(外部)
ロイター通信の報道。HPが従業員約56,000人のうち最大6,000人を削減する計画を発表。製品開発、社内業務、カスタマーサポート部門が影響を受け、削減コストは6億5,000万ドルと見込まれている。

Agents, robots, and us: Skill partnerships in the age of AI | McKinsey(外部)
マッキンゼーの最新AI労働市場レポート。現在の技術で米国の労働時間の57%が自動化可能で、2030年までに2兆9,000億ドルの経済価値を生み出す可能性があるとする。AIエージェントが44%、ロボットが13%を担えると分析。

AI enabled Klarna to halve its workforce | Fortune(外部)
クラーナCEOがAI活用により従業員数を約7,400人から3,000人へと半減させたことを報告。自然減と技術による置き換えを進め、他のテック企業CEOがAIの雇用への影響を過小評価していると警告している。

Clifford Chance cites AI as it axes 10% of back-office staff | Financial Times(外部)
大手法律事務所クリフォード・チャンスがロンドン拠点のバックオフィススタッフの10%(約50職)を削減。AI導入による業務効率化を理由の一部として挙げている。

HP plans workforce trim despite rising AI PC demand | CIO Dive(外部)
HPのパーソナルシステム部門の収益が前年比8%増加し、AI対応PCが出荷の30%以上を占める好調な販売を記録。一方で人員削減を進める矛盾した状況を分析している。

【編集部後記】

 

AIが雇用に与える影響について、みなさんはどう感じていますか?HPの発表は遠い海外の出来事に思えるかもしれませんが、日本でも就業者の約80%が何らかの形で生成AIの影響を受けるという調査結果が出ています。「仕事が奪われる」という不安だけでなく、AIを使いこなすスキルを持つ人材への需要も急増しているのが現実です。みなさんの職場では、AIはどんな形で導入されているでしょうか?それによって仕事の内容はどう変わりましたか?私たち一人ひとりがこの変化とどう向き合っていくか、ぜひ一緒に考えていきたいと思います。

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