株式会社日立製作所は2026年6月17日、OpenAIとの連携を本格化すると発表した。両社のForward Deployed Engineers(FDE)が連携し、OpenAIのAIエージェント「Codex」を活用してレガシーシステムのコードを解析し、安全な移行を支援するAIモダナイゼーションの手法確立に取り組む。この手法を用いたソリューションを「モダナイゼーション powered by Lumada」に組み込み、金融機関をはじめとする産業へ順次提供する。
日立はOpenAIの「Trusted Access for Cyber(TAC)」を通じてサイバーセキュリティ向けAIモデルへのアクセス取得を計画し、セキュリティ専門組織「Cyber CoE」が検証を進める。得られた知見は「Frontier AI Deployment Center」を通じて「HMAX by Hitachi」へ統合される。両社は2025年10月に覚書を締結している。日立が日本国内で支える稼働中システムは約15,000、2025年度売上収益は10兆5,867億円である。
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先進AIを活用したモダナイゼーションの加速とサイバーセキュリティ強化に向けてOpenAIとの連携を本格化:日立
【編集部解説】
今回の発表を一言で表すなら、日立が「自社の弱点を、最先端AIの実験台にする」と宣言した点に新しさがあります。レガシーシステムの刷新(モダナイゼーション)とサイバーセキュリティという、多くの日本企業が頭を抱える二大課題に、OpenAIの技術を正面から当てにいく構図です。
まず押さえておきたいのが「Forward Deployed Engineers(FDE)」という言葉です。これは社内にこもる研究者ではなく、顧客の現場に常駐して実装まで伴走する技術者を指します。OpenAIもこのFDE体制を活用しており、それを日立が自社の体制として取り込み、両社のFDEが組んで動く——ここに「絵に描いた提携」で終わらせない狙いが見えます。
技術面の核は、AIエージェント「Codex」によるレガシーコードの解析です。長年動き続けてきた基幹システムは、作った技術者が引退し、誰も全体像を説明できない「ブラックボックス」になりがちです。AIが古いコードを読み解いて設計を可視化できれば、これまで「怖くて触れなかった」移行作業の難易度が大きく下がります。日本国内だけで約15,000という日立が支える稼働中システムを踏まえると、対象市場の広さは相当なものです。
もう一方の柱、サイバーセキュリティはやや事情が複雑です。日立が使う「Trusted Access for Cyber(TAC)」は、OpenAIの防御特化の枠組み「Daybreak」の一部で、審査を通った「信頼できる防御側」だけに、通常は制限される高度なセキュリティ作業向けのモデルを開放する仕組みです。攻撃者の手に渡れば凶器になりかねない能力を、防御側にだけ届けるという、いわば諸刃の剣を慎重に扱う設計になっています。
ここで注目したいのが「カスタマーゼロ」という考え方です。日立は新しいセキュリティ手法を、まず自社のシステムで実証してから顧客に展開すると明言しています。外販の前に自分が最初の被験者になる姿勢は、信頼性を売りにするインフラ事業者として理にかなった一手と言えるでしょう。
視点を広げると、これは一企業の提携にとどまりません。TACは米国発の「Daybreak」構想の一環で、報道によれば2026年5月時点で米国・カナダ・韓国・日本に開かれており、日本は国家レベルの「サイバー・アクションプラン」の対象国に位置づけられています。日立の動きは、その国家的な防御網に民間の重要インフラ企業が組み込まれていく流れの、具体的な一歩なのです。
一方で、楽観だけはできません。AIが生成・移行したコードに誰が責任を負うのか、防御目的のモデルが万一悪用された場合の歯止めは十分か、といった論点は残ります。リリースが繰り返し「人間による監督」「ガバナンス」「正当な防御目的」と念を押しているのは、裏を返せばそれだけ慎重な運用が前提になる領域だということでしょう。
そして見逃せないのが、日立が組む相手はOpenAIだけではない、という事実です。同社は2026年5月にAnthropic(AIモデル「Claude」の提供元)と、6月初旬にはGoogle Cloud(「Gemini Enterprise」を活用)と、いずれもフィジカルAI(現実世界で動くAI)の社会実装、FDE体制、HMAX、そしてAI時代のサイバーセキュリティ強化を軸にした提携を相次いで結んでいます。興味深いことに、これらの取り組みはいずれも「Frontier AI Deployment Center」と「カスタマーゼロ」という共通の旗のもとに束ねられています。
つまり日立は、特定のAIに賭けるのではなく、複数の最先端AIを束ねて社会インフラへ実装する“ハブ”になろうとしているように見えます。その全体像の中で今回のOpenAIとの提携を捉えると、これは「日立がどのAIと組むか」という話よりも、「日立が社会インフラのAX(AIトランスフォーメーション)をどう束ね、主導するか」という、より大きな物語の一章として読めてきます。
【用語解説】
モダナイゼーション(Modernization)
老朽化した既存システムを、最新の技術・アーキテクチャーへ刷新すること。長年運用された基幹システムは構造が複雑化・属人化しており、これを安全に作り替える取り組みを指す。
レガシーシステム
過去に構築され、現在も基幹業務を支え続けている旧来型のシステム。作った技術者の引退などで内部構造が把握できなくなる「ブラックボックス化」が課題となる。
Forward Deployed Engineers(FDE)
顧客の現場に入り込み、要件定義から実装・運用までを伴走する技術者の体制。研究室にとどまらず、現場で実際に技術を社会実装する役割を担う。
ミッションクリティカル
停止や障害が許されない、社会や事業の根幹を支える重要システムを指す表現。金融や社会インフラのシステムが典型例。
AX(AI Transformation/AIトランスフォーメーション)
AIの活用を前提に、業務やシステム、事業そのものを変革していく取り組み。デジタル化を指すDXの、AI時代版にあたる概念。
Codex
OpenAIが開発したAIコーディングエージェント。自然言語の指示でコードの生成・解析・修正を行う。本件ではレガシーコードの解析と設計の可視化に用いられる。
Trusted Access for Cyber(TAC)
OpenAIが審査を通った「信頼できる防御側」に対し、サイバーセキュリティ向けの高度なAIモデルへのアクセスを開放する仕組み。
Daybreak
OpenAIの防御重視型サイバーセキュリティ構想。能力が悪用されないよう、信頼に基づくアクセス管理の枠組みのもとでモデルを提供する。TACはこの一部に位置づけられる。
日本サイバー・アクションプラン
OpenAIが掲げる、日本の重要分野におけるサイバーレジリエンス(攻撃への対応力)強化を支援する取り組み。TACの提供はこの一環とされる。
Cyber CoE / Modernization CoE
日立のサイバーセキュリティおよびモダナイゼーション事業を統括・推進する専門組織。CoEは Center of Excellence(中核拠点)の略。
カスタマーゼロ
新しい技術やサービスを外部に提供する前に、まず自社が「最初の顧客」として導入・検証する手法。
Frontier AI Deployment Center
日立のAI社会実装を牽引する専門組織。OpenAI/Anthropic/Google Cloudなど複数の提携で得た知見をHMAXへ統合するハブの役割を担う。
【参考リンク】
HMAX|Lumada:日立(外部)
本件で高度化の対象となる次世代ソリューション群「HMAX by Hitachi」の公式紹介ページ。
Lumada(ルマーダ):日立(外部)
日立の成長戦略の中核を担うソリューション基盤「Lumada」の思想と歩みを紹介する公式ページ。
モダナイゼーション powered by Lumada 提供開始:日立(外部)
本件ソリューションが組み込まれるサービスの提供開始を伝える2025年10月のリリース。
Codex|OpenAIのAIコーディングパートナー:OpenAI(外部)
本件で活用されるAIエージェント「Codex」の機能と特徴を解説する公式ページ。
【参考記事】
OpenAI deepens Japan footprint with Hitachi deal(Computer Weekly)(外部)
TACがDaybreak構想の一部であり、Cyber CoEによる社内活用や2025年10月MoUとの連続性を整理した記事。
OpenAI Daybreak Reaches South Korea and Japan(TechTimes)(外部)
Daybreakの対象国や、GPT-5.5が71.4%を記録したとする評価報道など解説の数値の出典。
Hitachi Expands AI Collaboration with OpenAI(GuruFocus)(外部)
発表を投資家視点で報道。日立の時価総額約1,330億ドル、PER25.27などの数値を記載。
Hitachi Announces Strategic Partnership With Anthropic(BusinessWire)(外部)
2026年5月発表の日立×Anthropic提携。Claudeを軸にLumada 3.0強化と人財育成を打ち出す。
Hitachi and Google Cloud Expand Strategic Alliance(BusinessWire)(外部)
2026年6月発表の日立×Google Cloud提携。Gemini Enterprise活用とFDEのグローバル展開を整理。
Hitachi Expands Its Work With OpenAI(BusinessWire)(外部)
発表当日の英語版公式リリース。Codex解析やTAC経由のモデルアクセスの運用方針を網羅。
【編集部後記】
「動いているうちは触りたくない」——そんな古いシステムが、実は私たちの暮らしのあちこちを今も支えています。今回の日立とOpenAIの取り組みは、その“怖くて触れなかった領域”にAIが手を伸ばし始めた一例なのかもしれません。しかも日立が組む相手はOpenAIだけではないようです。
みなさんの職場や身の回りにも、誰も全体像を説明できないまま動き続けているものはないでしょうか。AIが過去を読み解き、未来へつなぎ直す。その入り口で、何ができるようになるのか、一緒に想像してみませんか。
