九州工業大学、関西学院大学、東京都市大学らの研究チームは、宇宙可視光背景放射観測のための超小型衛星「VERTECS(ヴァーテックス)」を開発した。
JAXA新事業促進部が実施する「JAXA-SMASH」の超小型衛星ミッション公募#1で衛星開発フェーズとして採択されたもので、6Uサイズ(100mm×226mm×340mm)に可視光観測用望遠鏡を搭載し、宇宙背景放射を観測して天体形成史の解明に挑む。2026年6月12日9時53分59秒(日本標準時)、種子島宇宙センターからH3ロケット6号機(30形態試験機)で打ち上げられ、所定の軌道に投入された後、運用地上局との通信に成功した。
現在は衛星機能を順次確認しており、今後は初期運用(クリティカルフェーズ)を経て観測ミッションを実施する予定である。
From:
超小型衛星「VERTECS」の軌道投入・運用地上局との通信に成功~可視光波長で宇宙背景放射を観測し、天体形成史の解明に挑むVERTECSの挑戦~ | 九州工業大学
【編集部解説】
なぜ innovaTopia が、いま「8.4kgの小さな衛星」を取り上げるのか。それは、大型衛星が中心だった宇宙論の難問に、大学とベンチャー、地方企業の連合が超小型の機体で挑む、その構図そのものが「Tech for Human Evolution」を体現しているからです。
VERTECSが観測する「宇宙可視光背景放射(EBL)」とは、特定の星や銀河ではなく、宇宙が誕生してから現在までに放たれた光を空全体で足し合わせた“総量”を指します。いわば宇宙の明るさの決算書です。
ここに長年の謎があります。これまでの観測で、近赤外線で測ったこの背景放射が、私たちが数えられる既知の銀河の光の合計よりも数倍明るいことが分かってきました。差分を生む「見えない光源」が存在する、という示唆です。
その正体の候補としては、原始ブラックホールなどの宇宙初期天体や、銀河のまわりを漂う星々(ハロー浮遊星)が挙げられています(学術的には初期宇宙の第一世代星も候補とされます)。VERTECSの狙いは、これらが可視光で異なるスペクトルを示すと予想される点を突き、超過成分の起源を切り分けることにあります。
具体的には、450/550/650/750ナノメートルの4つの波長帯で、それぞれ3度×3度という広い視野を撮影します。色の違いから「超過した光」の起源を切り分けようという発想で、近赤外線中心だった従来観測を可視光側から補完する役割を担います。
技術的に注目すべきは、その身軽さでしょう。質量わずか8.4kg、焦点距離70mm・F/2の光学系に900万画素のCMOSセンサーを組み合わせ、太陽同期軌道から大容量画像を地上へ送ります。数百kg級が一般的だった天文衛星と並べると、これは大きな変化だと、私たちは考えています。
この変化が及ぼす影響は、宇宙物理学にとどまりません。少人数・低コストで最先端科学に挑める環境は、理学と工学の両方を理解する人材を育てる土壌になります。実際、本機の開発には80名を超える研究者・学生が企業とともに関わりました。
事業面の射程も見逃せません。研究チームは九州工業大学発ベンチャー「キックスペーステクノロジーズ」を設立し、高精度姿勢制御バスを使った超小型衛星のワンストップ事業化を視野に入れています。望遠鏡を担ったコシナは、その技術をCubeSat用の地球観測望遠鏡へ展開しようとしています。科学・教育・産業が一本の線でつながる設計です。
一方で、楽観だけでは語れません。超小型衛星は信頼性の確保が難題です。本機はいま、打ち上げ直後の機能確認を進めている段階で、本格的な観測に入るには、この先に控える初期運用(クリティカルフェーズ)を乗り越える必要があります。
より大きな視点では、低コスト衛星の急増が軌道の混雑とスペースデブリ問題を加速させる懸念も拭えません。今回のH3相乗りには、運用後に膜を広げて大気抵抗を増やし、衛星の軌道離脱を早める「膜面展開型PMD装置」の軌道上実証に挑むHORN衛星も同乗していました。「増やす技術」と「片付ける技術」が同じロケットに載った点は象徴的です。デブリ低減の国際ルール作りは、こうした実証と歩調を合わせて進むことになるでしょう。
最後に、報道上の注意点をひとつ補足します。一部の海外メディアはVERTECSを「JAXAの技術実証衛星」と表現していましたが、これは正確ではありません。本機は九州工業大学を代表機関とする天文科学ミッションです。JAXAはJAXA-SMASHの実施主体であり、宇宙科学研究所(ISAS)も参画機関として名を連ねます。つまりJAXAは打上げ機会の提供にとどまらず、研究と制度の両面から関わっています。役割の濃淡を一次情報で見極めることの大切さが、ここに表れています。
【用語解説】
天体形成史
宇宙のなかで星や銀河がいつ、どのように生まれ、進化してきたかという歴史。背景放射の総量は、その積算結果を映す指標となる。
宇宙初期天体(原始ブラックホールなど)
宇宙の初期に生まれたとされる天体。本プレスリリースは、背景放射の超過分を生む候補のひとつとして原始ブラックホールなどを挙げる。学術的には初期宇宙の第一世代星も候補とされる。
6U(超小型衛星/CubeSat)
10cm角を1ユニット(1U)とする超小型衛星の規格。6Uは6ユニット分で、VERTECSは100mm×226mm×340mm、質量8.4kgである。
膜面展開型PMD装置
運用を終えた衛星が膜を広げて大気抵抗を増やし、軌道からの離脱を早めてデブリ化を防ぐ装置。PMDはPost-Mission Disposalの略。今回はHORN衛星が軌道上実証を行う。
JAXA-SMASH
JAXA新事業促進部が実施する「産学官による輸送・超小型衛星ミッション拡充プログラム」の略称。VERTECSは公募#1で衛星開発フェーズに採択された。
【参考リンク】
超小型天文衛星VERTECS(プロジェクト公式)(外部)
可視光での宇宙背景放射観測ミッションVERTECSの科学目的や機体仕様を発信する公式サイト。一次情報源として参照できる。
九州工業大学(外部)
VERTECSの代表機関。多数の超小型衛星開発の実績を持ち、本プレスリリースの発信元である国立大学法人の公式サイト。
JAXA(宇宙航空研究開発機構)(外部)
VERTECSを採択したJAXA-SMASHを実施する機関。H3ロケットの開発・運用も担う宇宙航空研究開発機構の公式サイト。
関西学院大学(外部)
科学ミッション達成のための観測装置開発を主導した私立大学。理学部物理・宇宙学科がVERTECSに参画している。
東京都市大学(外部)
構想段階から参画し初期運用を主導する大学。世田谷キャンパスの専用アンテナで観測データの多くを受信する予定。
株式会社コシナ(外部)
VERTECSの可視光望遠鏡を担う光学機器メーカー。同技術をCubeSat用の地球観測望遠鏡へ展開する構想を持つ。
セーレン株式会社(外部)
本プロジェクトに参画する企業。素材・電子分野の技術を持つ福井発のメーカーの公式サイトである。
Kick Space Technologies株式会社(外部)
VERTECSで培った技術の事業化を目指す九州工業大学発の宇宙スタートアップ。設計から運用まで一貫支援する。
【参考記事】
JAXA|H3ロケット6号機(30形態試験機)の打上げ結果(外部)
2026年6月12日の打上げ結果を伝える公式発表。VERTECSなど6基の小型副衛星への分離信号送出を確認したとする。
Japan’s H3 returns to flight with debut launch of lightest configuration(外部)
H3最小構成H3-30の初飛行を伝える専門メディア。VERTECSや脱軌道を試すHORNなど相乗り衛星を紹介する。
Japan H3 Rocket Targets June 12: Maiden H3-30 Flight Validates Adapter Fix, Clears MMX Path(外部)
6月12日のH3-30初飛行をMMXなど後続計画との関係で論じた記事。VERTECSを技術実証衛星と記す点は不正確。
VERTECS: 6U CubeSat Mission to Study Star-Formation History by Observation of Visible Extragalactic Background Light(外部)
VERTECSの科学的背景を示す論文。近赤外背景放射が既知銀河の積算光より数倍明るい謎と候補天体を整理する。
Astronomical 6U CubeSat mission VERTECS: scientific objective and project status(外部)
VERTECSの科学目的と開発状況をまとめた学術発表の要旨。可視光多色観測で超過成分の起源を切り分ける意義を述べる。
H3-30 | H3-30 Test Flight – Launch Results(外部)
H3-30試験機の打上げ結果ページ。2026年6月12日に種子島から打ち上げられ太陽同期軌道を目標に成功と記載。
【関連記事】
H3ロケット6号機「30形態」打ち上げ成功|LE-9エンジン3基で挑んだ再起とMMXへの道
VERTECSを軌道へ運んだH3ロケット6号機の打上げ成功を報じた続報。本記事と合わせて読むと、衛星とロケットの両面から今回のミッションを把握できる。
H3ロケット6号機・30形態が本日打上げ|LE-9エンジン3基で挑む再起、MMXへ続く一機
打上げ直前に30形態の意義や相乗り6衛星を解説した記事。VERTECSが搭載された打上げの背景を詳しく押さえられる。
1,140本のCanonレンズが宇宙を覗く—MOTHRA望遠鏡が挑む「見えない宇宙」の解明
市販レンズで淡く広がる「見えない光」に挑む観測プロジェクト。低コスト光学で背景光に迫る発想はVERTECSと響き合う。
JAXA「革新的衛星技術実証4号機」8機のキューブサット軌道投入成功 折り紙アンテナや地震前兆検知など日本発の先端技術が宇宙へ
大学・企業発の超小型衛星が宇宙で先端技術を実証した事例。VERTECSと同じ「小さな機体で挑む」潮流を象徴する。
【編集部後記】
夜空の「暗がり」に、まだ数えきれていない光が潜んでいるかもしれない。VERTECSが挑むのは、そんなスケールの大きな問いです。けれど、それに向き合っているのは、靴箱ほどの小さな衛星と、大学や地元企業の有志たちでした。宇宙開発はもう、巨大な組織だけのものではなくなりつつあるのかもしれません。みなさんなら、8.4kgの機体に何を載せて、どんな問いを宇宙へ投げかけてみたいでしょうか。観測データが届く日を、私たちも一緒に待ちたいと思います。
