Ethereum共同創設者のヴィタリック・ブテリンは2026年7月5日(日本時間ごろ)、Xへの投稿で新たな「Lean Ethereum」ストローマップの最優先事項として量子耐性・スケーラビリティ・プライバシーの3つを挙げた。このストローマップは確定計画ではなく議論用の草案である。アップグレード群は今後3〜4年で展開され、Ethereumのほぼ全レイヤーに及ぶ。ブテリンはその規模を2022年9月のThe Mergeに匹敵するとした。ストローマップのタイムラインは2026年から2029年までをカバーし、出典はStrawmap.orgである。
Ethereum Foundationは先月、組織再編の一環として人員を約20%(54人)削減すると発表し、これと並行してブテリンはEFが今年の予算を約40%削減すると説明している。Hsiao-Wei WangやTomasz Stańczakが退任し、Tim BeikoとBarnabé Monnotも5月に離脱が示された。プログラマブルなプライバシーとスケーラビリティを支える新仮想マシンの候補として、leanISAとRISC-Vが挙がっている。Tempo blockchainの研究者ダンクラッド・ファイストとアナリストのイグナス・フィオドロヴァスは計画を評価しつつタイムラインに疑問を示した。
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Vitalik Buterin shares top priorities for new ‘Lean Ethereum’ strawmap
【編集部解説】
まず押さえておきたいのは、今回の「Lean Ethereum」が確定したロードマップではなく、議論のたたき台として共有された「strawmap(草案)」であり、2026年から2029年にかけてEthereumのほぼ全レイヤーを作り替えていく方向性を示すものだという点です。ブテリン自身はこれを、Proof-of-Workから脱却したThe Mergeに続く「3度目の大きな転換」と位置づけています。
元記事のCointelegraphは量子耐性・スケーラビリティ・プライバシーという3本柱を伝えていますが、ブテリンのX投稿そのものを読み解くと、その中身はさらに具体的です。取引の再実行を再帰的STARK証明に置き換える、コンセンサスを1〜2ラウンドで確定させる設計、多次元ガス料金、そして新しいステート(状態)アーキテクチャの導入といった項目が並びます。いずれも提案段階である点は押さえておきたいところです。
なぜ今このニュースを取り上げるのか。それは、これが「遠い未来の理想論」ではなく、すでに議論と設計が動き始めた変更だからです。ブテリンによれば、量子安全なblob(ロールアップのデータを一定期間だけ安価に保持する仕組み)の設計はすでに数か月前から着手されています。未来の話をしているようで、実は現在進行形の検討なのです。
量子耐性の優先度が急上昇した背景には、「Harvest Now, Decrypt Later(今盗んで、後で解読する)」という脅威モデルがあります。量子コンピュータが実用化する前でも、暗号化されたデータを今のうちに収集しておき、将来解読するという攻撃が理論上成立します。ブロックチェーンは全取引が公開台帳として永久に残るため、この脅威と特に相性が悪いわけです。この脅威モデル自体はNISTも同趣旨で説明しています。
プライバシーが「第一級の目標」に格上げされた意味も見逃せません。従来、プライバシーはアプリ層で後付けする機能でした。それを今後はプロトコルの設計段階から組み込むという方針転換です。Frames、メモリプール、将来のステート構造まで、あらゆる新コンポーネントを「仲介者なし・量子安全なプライバシーを低コストで支えられるか」という物差しで評価するといいます。
スケーラビリティで最も野心的なのがステートモデルの再設計です。ブテリンが示した一つのビジョンでは、2030年のEthereumは従来型の動的ステート約2TBに加え、ERC-20トークンやNFT、多くのDeFi用途に最適化された新型ステートを約100TB抱えられる姿が描かれています。既存アプリの書き換えは不要で、移行すれば経済的に得になる設計だという点が現実的です。ただしこれは予測ではなく構想段階のビジョンです。
さらに長期の視点では、EVM(Ethereum仮想マシン)そのものから脱却する構想も語られています。RISC-VやleanISAといった新しい実行環境を採用し、EVMは「コンパイル先」の一つとして残す、という発想です。これが実現すれば証明生成の効率やプライバシー処理が改善する可能性がありますが、性能向上は将来の実装とベンチマーク次第である点は留意が必要です。
一方で、リスクや不確実性も冷静に見ておく必要があります。この方針転換は、Ethereum Foundationが人員を約20%(54人)削減する組織再編のさなかに示されました。ブテリンによれば同財団は今年の予算も約40%削減する見通しです。共同エグゼクティブディレクターだったシャオウェイ・ワンやトマシュ・スタンチャク、プロトコル貢献者のティム・ベイコ、バルナベ・モノら中核人材の離脱も続いています。壮大な設計図と、それを実行する体制の縮小。この二つが同時進行している構図は、素直に楽観できる状況ではありません。
実際、決済系L1「Tempo」の研究者ダンクラッド・ファイストは計画を評価しつつ、3〜4年は遅すぎ、AIを使えば1年で出荷できると主張しました。逆にアナリストのイグナス・フィオドロヴァスは、Ethereum Foundationが過去に締め切りを繰り返し逃してきた点を挙げ、期限内の実現力に疑問を投げかけています。技術的野心の高さと、実行力への懐疑。この二つの声が同居しているのが今の実像です。
規制の観点では、プライバシーのプロトコル標準化が両刃の剣になり得ます。ユーザー保護や検閲耐性を高める一方、マネーロンダリング対策を重視する当局との緊張を生む可能性があります。ただし「量子安全」という文脈は、国家レベルのセキュリティ課題と足並みが揃う部分もあり、Ethereumが規制当局と対話する新たな共通言語になり得るとも考えられます。いずれも現時点では見通しであり、断定はできません。
innovaTopiaがこのニュースに注目するのは、ここに「インフラが静かに未来へ備える瞬間」が写っているからです。価格チャートの上下ではなく、10年後も壊れない土台をどう設計するか。その思想の現在地を、読者のみなさんと共有したいと考えています。
【用語解説】
Lean Ethereum(リーン・イーサリアム)
Ethereumの技術的方向性を2026〜2029年にわたって示した「strawmap(たたき台のロードマップ)」の呼称。The Mergeに続く「3度目の大きな転換」と位置づけられ、量子耐性・スケーラビリティ・プライバシーを軸にプロトコルのほぼ全レイヤーを段階的に作り替える構想を指す。確定計画ではなく暫定的な草案である。
strawmap(ストローマップ)
「roadmap(確定版の計画)」ではなく、議論のたたき台として提示される暫定的な設計図を意味する造語。straw man(たたき台)とroadmapを掛け合わせた言い回しで、修正前提かつ作業中(WIP)の草案であることを強調している。
量子耐性(quantum resistance)/量子安全(quantum safety)
将来大規模な量子コンピュータが実用化しても破られない暗号方式へ移行しておくこと。ブロックチェーンは全取引が永久に公開台帳へ残るため、「今データを収集し将来解読する」タイプの攻撃に備える必要が高いとされる。
blob(ブロブ)
ロールアップ(L2)のデータを通常の取引データより安価に一定期間だけ一時保存するための領域。2024年3月のDencunアップグレードで導入された仕組みで、今回はこのblobを量子安全な設計に置き換えることが急務とされた。
The Merge(ザ・マージ)
2022年9月15日にEthereumがProof-of-Work(マイニング)からProof-of-Stakeへ移行した大型アップグレード。エネルギー消費を約99.95%削減した転換点であり、今回のLean Ethereumはその規模に匹敵するとブテリンが位置づけている。
プログラマブル・プライバシー(programmable privacy)
プライバシー保護をアプリの後付け機能ではなく、プロトコル設計の段階から組み込み、開発者が用途に応じて制御できるようにする考え方。
EVM(Ethereum Virtual Machine)
Ethereum上でスマートコントラクトを実行する仮想マシン。今回の構想では、将来的にRISC-VやleanISAといった新しい実行環境へ移行し、EVMは「コンパイル先」の一つとして残す長期案が示された。
RISC-V/leanISA
新仮想マシンの候補となる命令セットアーキテクチャ。RISC-Vはオープンな標準命令セット、leanISAはEthereum向けに検討される軽量な命令セットで、いずれも証明生成の効率化やプライバシー処理の改善が期待されている。
再帰的STARK(recursive STARK)
取引を逐一再実行する代わりに、計算の正しさを暗号学的証明でまとめて検証する技術。量子耐性を重視した検証方式の中核候補として、Lean Ethereumで扱われている。
Glamsterdam(グラムスターダム)
Lean Ethereumの流れの中で予定される次期アップグレードの一つ。公式ロードマップ上はePBS(Enshrined proposer-builder separation)とBALs(Block-level access lists)が主要項目とされ、ガスリミットの引き上げは報道ベースで「見込み」として言及されている。
【参考リンク】
Ethereum(公式サイト)(外部)
概要・技術ドキュメント・ロードマップを公開する公式ポータル。開発者向け資料も日本語で閲覧できる。
Ethereum Foundation(外部)
Ethereumの研究開発を支援する非営利組織の公式サイト。組織再編や助成方針に関する情報を発信している。
Tempo(外部)
StripeとParadigmがincubatedした決済特化のレイヤー1ブロックチェーン。計画に異論を述べたファイストが関わる。
Strawmap.org(外部)
ブテリンが公開したLean Ethereumのタイムライン掲載ページ。2026〜2029年の技術的方向性を図で確認できる。
【参考記事】
Vitalik Buterin Unveils Lean Ethereum Roadmap for Next Era(The Crypto Times)(外部)
再帰的STARKや新ステート設計、2030年に2TB+100TB併存構想まで詳述した記事。
Lean Ethereum Roadmap: Key Priorities Explained For 2029(Squared Tech)(外部)
3本柱を整理し、人員20%削減・予算40%圧縮やファイストの1年短縮論を数値で明記している。
Vitalik Buterin Outlines ‘Lean Ethereum’ Roadmap Focusing on Quantum Resistance and Privacy(KuCoin)(外部)
3〜4年での展開見込みと、blob量子安全化がロールアップのデータ可用性を支える点を補足。
The EF’s new structure(Ethereum Foundation Blog)(外部)
2026年6月23日、EFが約54人・全体の約20%を削減する組織再編を公式発表した一次情報。
Ethereum Foundation Co-Executive Director Hsiao-Wei Wang Steps Down(CoinMarketCap Academy)(外部)
離脱者シャオウェイ・ワンの経歴と2026年6月18日の退任、相次ぐ幹部離脱を確認した記事。
Tempo: The Blockchain for Stablecoin Payments(Tempo公式)(外部)
ファイストが関わるTempoの位置づけを確認。StripeとParadigm主導の決済特化L1である。
【編集部後記】
私たちがこのニュースに惹かれたのは、Ethereumが「価格」ではなく「10年後も壊れない土台づくり」に舵を切ろうとしている点でした。量子コンピュータやプライバシーは、いつか自分の資産やデータにも関わってくるテーマです。
みなさんは、便利さと安全、どちらを優先したいと感じますか。Strawmap.orgの図を眺めながら、2029年のインフラを一緒に想像してみると、ニュースの見え方が少し変わってくるかもしれません。