米国食品医薬品局(FDA)は2025年7月15日、ウェアラブルデバイス企業Whoopに対し、血圧インサイト(BPI)機能について警告書を発行した。FDAは同機能を未承認の医療機器として規制対象に分類し、疾病の診断、治療、予防を目的とする医療機器の承認プロセスを経ずに販売していると指摘した。Whoopは2025年5月にBPI機能を最新ハードウェアと共に導入し、359ドルの「Whoop Life」サブスクリプションユーザーに提供している。同機能は3回の従来型血圧計測定値をベースラインとして、毎日の収縮期血圧と拡張期血圧の推定値を提供する。FDAは血圧推定は低リスク機能ではなく、誤った測定値がユーザーに重大な結果をもたらす可能性があると警告した。Whoopは「FDAが権限を逸脱している」と反発し、同機能は診断ではなくウェルネス目的であると主張している。Whoopは15営業日以内に違反への対応策を報告する必要がある。
From: Whoop says FDA is ‘overstepping its authority’ with warning about blood pressure feature
【編集部解説】
ウェアラブル血圧監視技術の現状と課題
今回のWhoopとFDAの対立は、ウェアラブルデバイスによる血圧監視技術が直面する根本的な課題を浮き彫りにしています。WhoopのBlood Pressure Insights(BPI)機能は、光学センサーを使用した血圧推定技術で、従来の血圧計のような煩わしさなく日常的な監視を可能にします。
この技術の核心は、光学センサー(PPG:光電容積脈波記録法)を使用して脈波形を分析することにあります。3回の従来型血圧計測定値をベースラインとして、機械学習アルゴリズムによって血圧推定の精度を高めています。
医療機器か、ウェルネス機器か
FDAとWhoopの対立の核心は、血圧監視機能を「医療機器」として分類するか「ウェルネス機能」として扱うかという点にあります。FDAは血圧推定を「本質的に疾病の診断と関連する機能」と位置づけ、医療機器としての承認プロセスを求めています。
一方、Whoopは心拍変動や呼吸数と同様に、血圧も日常的なウェルネス指標として扱われるべきだと主張しています。この立場の違いは、ウェアラブル技術の境界線を巡る重要な論争となっています。
技術的な限界と精度の問題
専門家が指摘する最大の懸念は、現在のウェアラブル血圧監視技術の精度です。コロンビア大学高血圧センターのイアン・クローニッシュ博士は、「これらのデバイスがまだ正確であることが証明されていない」と警告しています。
血圧の誤った測定値は、患者の治療判断に重大な影響を与える可能性があるため、この精度の問題は軽視できません。FDAが「血圧推定は低リスク機能ではない」と強調する背景には、こうした安全性への懸念があります。
競合他社の動向と規制環境
血圧監視を巡る規制環境は複雑な状況にあります。記事によると、オムロンとガーミンは既にFDA規制の下でオンデマンド血圧監視機能を提供しており、サムスンも血圧読み取り技術を保有していますが米国では利用できません。
アップルも長年血圧センサーの開発を進めているものの、まだ実現には至っていません。2024年には睡眠時無呼吸症候群検出機能でFDA承認を取得しており、段階的なアプローチを取っています。
規制当局の姿勢と業界への影響
FDAの今回の措置は、ウェアラブル技術業界全体に重要な先例を示しています。血圧監視機能を医療機器として厳格に規制する方針は、他のウェアラブル企業にも影響を与える可能性があります。
特に注目すべきは、WhoopがECG機能については既にFDA承認を取得している点です。同社はECGと血圧機能を区別して扱うFDAの姿勢を「時代遅れの仮定」と批判していますが、この判断の一貫性についても議論が分かれています。
長期的な視点:未来のヘルスケアへの影響
この論争の背景には、予防医療とパーソナライズドヘルスケアの重要性が高まっている現状があります。高血圧は心血管疾患の最大のリスク要因であり、日常的な監視による早期発見と管理が極めて重要です。
ウェアラブル技術による継続的な血圧監視は、従来の年1回の健康診断では見逃されがちな血圧変動を捉える可能性を秘めています。しかし、その実現には技術的な精度向上と適切な規制フレームワークの確立が不可欠です。
最終的に、この問題は技術革新と患者安全のバランスをどう取るかという、現代のデジタルヘルスケアが直面する根本的な課題を体現しています。Whoopの15営業日以内の回答がどのような内容になるか、そしてそれが業界全体にどのような影響を与えるかが注目されます。
【用語解説】
血圧インサイト(BPI:Blood Pressure Insights)
Whoopが開発した血圧推定機能。光学センサーと機械学習アルゴリズムを使用して、毎日の収縮期血圧と拡張期血圧の推定値を提供する。
光電容積脈波記録法(PPG:Photoplethysmography)
光学センサーを使用して血管内の血流変化を検出する技術。ウェアラブルデバイスで心拍数や血圧を測定する際に用いられる非侵襲的な測定方法。
心拍変動(HRV:Heart Rate Variability)
心拍間隔のばらつきを測定する指標。自律神経の活動状態やストレス、回復状態を評価するために使用される生理学的パラメータ。
収縮期血圧・拡張期血圧
収縮期血圧は心臓が収縮して血液を押し出すときの血管内圧力、拡張期血圧は心臓が拡張して血液を取り込むときの血管内圧力。一般的に「120/80mmHg」のように表記される。
高血圧(Hypertension)
血圧が正常範囲を超えて持続的に高い状態。心臓発作、脳卒中、腎臓病などの重篤な合併症のリスクを高める生活習慣病。
心電図(ECG:Electrocardiogram)
心臓の電気活動を記録する検査。心房細動や不整脈などの心疾患の診断に使用される。
警告書(Warning Letter)
FDAが企業に対して規制違反を通知し、是正措置を求める際に発行する公式文書。法的措置の前段階として位置づけられる。
【参考リンク】
WHOOP公式サイト(外部)
24時間体制の健康インサイトとパーソナライズされたコーチングを提供するウェアラブルデバイス企業
米国食品医薬品局(FDA)(外部)医薬品、医療機器、食品の安全性と有効性を確保し公衆衛生を保護する米国連邦政府機関
オムロンヘルスケア(外部)
世界的な血圧計ブランドとして知られ、心臓専門医推奨の家庭用血圧計を提供する医療機器メーカー
ガーミン日本(外部)
フィットネス&スポーツ向けのGPS技術を提供し、血圧監視機能付きウェアラブルデバイスも開発
サムスンヘルスモニター(外部)
Galaxy WatchシリーズのPPGセンサーを使用して血圧と心電図を測定するアプリ
【参考動画】
Whoopの血圧測定機能の設定方法と使用方法を詳しく解説した技術系YouTubeチャンネルの動画。2025年5月12日公開。
Whoop 5.0の血圧インサイト機能を含む医療グレード機能の詳細レビュー。キャリブレーション過程や実際の使用感を紹介した動画。2025年5月19日公開。
【編集部後記】
みなさんは普段、血圧を測る機会はありますか?健康診断の年1回だけという方も多いのではないでしょうか。今回のWhoopとFDAの論争は、実は私たちの健康管理の未来を考える上で重要な分岐点かもしれません。
ウェアラブルデバイスで日常的に血圧を把握できれば、体調の変化にいち早く気づけるでしょう。一方で、誤った数値に惑わされるリスクも無視できません。みなさんは、便利さと精度、どちらを重視しますか?
また、規制当局と企業の間で「医療機器かウェルネス機器か」という境界線が曖昧になっている現状について、どう思われますか?
私たちが本当に求める健康管理の形を、みなさんと一緒に考えていきたいと思います。