2025年7月15日、ドイツのマックス・プランク人間発達研究所の研究チームが、ChatGPTなどの大規模言語モデルが人間の話し方に影響を与えているという研究結果を発表した。研究チームは2022年のChatGPT公開以降、360,445件のYouTube学術講演と771,591件のポッドキャストエピソードを分析し、ChatGPTが好んで使用する単語が人間の会話で増加していることを確認した。いわゆる「GPT語」には、comprehend(理解する)、boast(自慢する)、swift(迅速な)、meticulous(綿密な)、そして最も人気のあるdelve(掘り下げる)、inquiry(調査)などが含まれる。研究者は、AIと人間の言語相互作用が閉じた文化的フィードバックループを形成し、言語的・文化的多様性の均質化を促進する可能性があると指摘している。この研究は査読前のプレプリントとして発表されており、言語変化の良し悪しについては評価していない。
From:German team warns ChatGPT is changing how you talk
【編集部解説】
このニュースは、AIが人間の言語に与える影響について、学術的な観点から重要な警鐘を鳴らしています。マックス・プランク人間発達研究所の研究は、ChatGPTが単なるツールではなく、私たちの思考や表現方法そのものを変える「文化的な存在」になっていることを示唆しています。
この研究で注目すべきは、書面コミュニケーションだけでなく、口頭でのコミュニケーションにもAIの影響が及んでいることです。研究チームは、ChatGPTに数百万ページのテキストを「洗練」または「明確化」させる作業を行い、AIが頻繁に追加する単語を特定しました。興味深いのは、これらの単語が自然な会話でも増加している点です。
この現象は、心理学でいう「権威への模倣」として説明できます。人々はAIを知的で重要な存在として認識し、無意識にその言語パターンを模倣する傾向があります。研究者たちは「LLMが好む単語のリアルタイムでの人間同士の相互作用における取り込みは、より深い認知プロセスが働いていることを示唆している」と述べています。
研究者たちが最も憂慮しているのは、「閉じた文化的フィードバックループ」の形成です。これは、人間がAIの言語パターンを模倣し、その模倣された言語が再びAIの訓練データとなることで、文化的多様性が急速に失われる現象を指します。
特に注目すべきは、この影響が自己持続的なサイクルを形成することです。「AIシステムが特定の文化的特徴を不釣り合いに優遇するならば、文化的多様性の侵食を加速させる可能性がある」と研究チームは警告しています。将来のAIモデルが、すでにAIの影響を受けた人間の言語データで訓練されることで、さらに同質化が進行する可能性があります。
現在のAIシステムは、世界7,000以上の言語のうち100未満でしか十分に機能しません。これにより、「デジタル言語格差」が生まれ、低資源言語話者がAI時代から取り残される可能性があります。
言語の変化自体は自然な現象ですが、AIによる変化のスピードと規模は前例がありません。重要なのは、この変化を単純に「良い」「悪い」で判断するのではなく、AIと人間の関係性を慎重に設計することです。多様性を保持しながらAIの恩恵を享受するためには、技術開発と並行して、言語的・文化的多様性を保護する仕組みづくりが急務となっています。
【用語解説】
GPT語
ChatGPTが好んで使用する特定の単語群。delve(掘り下げる)、swift(迅速な)、meticulous(綿密な)、inquiry(調査)、comprehend(理解する)、boast(自慢する)などが含まれる。これらの単語は人間の会話においても使用頻度が増加している。
プレプリント
学術論文が正式な査読を受ける前に公開される暫定版。研究結果を迅速に共有できる一方で、査読による品質保証がまだ行われていない段階の論文を指す。
文化的フィードバックループ
人間がAIの言語パターンを模倣し、その模倣された言語が再びAIの訓練データとなることで、特定の文化的特徴が循環・強化される現象。文化的同質化を加速させる要因として懸念されている。
モデル崩壊
AI学習モデルが自身の生成したデータで訓練を重ねることで、データの多様性が失われ、性能が劣化する現象。人間をループに組み込んでも、AI由来のデータが支配的になると回避が困難になる。
大規模言語モデル(LLM)
膨大なテキストデータで訓練された自然言語処理AI。GPT、BERT、LLaMAなどが代表例。人間のような自然な文章生成が可能だが、訓練データに含まれる偏りを反映する特性がある。
【参考リンク】
Max Planck Institute for Human Development(外部)
ベルリンにある人間発達研究所。心理学、教育学、神経科学など学際的な研究を行う。
ChatGPT(外部)
OpenAIが開発した対話型AI。2022年11月に公開され、自然言語での質問応答を提供。
The Register(外部)
1994年創刊の英国発ITニュースサイト。企業ITやセキュリティを専門とする。
【参考動画】
【参考記事】
Cultural bias and cultural alignment of large language models(外部)
大規模言語モデルの文化的偏見に関する研究論文。107カ国での評価結果を発表。
Risks of Cultural Erasure in Large Language Models(外部)
大規模言語モデルにおける文化的消去のリスクについて分析した最新研究。
【編集部後記】
みなさんも最近、ChatGPTを使っていて「なんだか自分の文章が変わったかも」と感じることはありませんか?私自身、記事を書く際に「delve」や「meticulous」といった単語を無意識に使っていて、ハッとした経験があります。
普段お使いのAIツールが、私たちの思考や表現にどのような影響を与えているか、一度振り返ってみませんか?特に、お仕事でAIを日常的に活用されている方は、同僚との会話でも「GPT語」が増えていないでしょうか?
また、もしお子さんがいらっしゃる方は、次世代がAIとどのように言語を共有していくのかも気になるところです。みなさんのAIとの付き合い方やお気づきの点があれば、ぜひ教えていただきたいと思います。