Netflix初のAI映像が歴史を作る:「El Eternauta」制作コスト10分の1、2週間完成の新時代
2025年7月18日、Netflixの共同CEOテッド・サランドス氏は決算説明会で、同社初のAI生成映像をアルゼンチンSFシリーズ「El Eternauta」で使用したと発表した。4月30日配信開始の6話構成作品で、ブエノスアイレスのビル崩壊シーンにAIを活用し、従来のVFX手法と比較して制作時間を10分の1に短縮、コストも大幅削減した。同作品は有毒な雪に見舞われた生存者の物語で、エクトル・ヘルマン・オエステルヘルトの伝説的グラフィックノベルを原作とする。ロンドン拠点の映画監督サミール・マラルとブーハ・カズミは、GoogleのVeo3とFlowを使用し「Midnight Drop」「Spiders in the Sky」などAI映画を2週間で制作している。Netflixは第2四半期売上高110.8億ドル(前年同期比16%増)、純利益31.3億ドルを報告し、2025年前半のコンテンツ視聴時間は950億時間、非英語コンテンツが全体の3分の1を占めた。
From:‘You can make really good stuff – fast’: new AI tools a gamechanger for film-makers
【編集部解説】
Netflix初のAI映像使用というマイルストーンは、エンターテインメント業界における技術革新の分水嶺となりました。
「El Eternauta」での成功事例が特に重要なのは、これが単なるコスト削減ではなく、クリエイティブな可能性の拡張を証明した点にあります。アルゼンチンの国民的グラフィックノベルの映像化という文化的に重要なプロジェクトで、限られた予算でもハリウッド級のVFXを実現できることを示したのです。
AI映像生成の技術的進歩
従来のCGI技術では、専門アーティストが手動でテクスチャや照明を制御する必要がありましたが、生成AIはテキストプロンプトから直接映像を生成します。この根本的な違いにより、制作時間の劇的短縮が実現されています。
Netflix内製のEyeline Studiosが活用した技術は、外部の高コストポストプロダクション会社に依存せず、社内で完結できる体制を構築しています。これは制作コントロールと品質管理の両面で大きなアドバンテージとなります。
産業構造への多層的影響
サランドス氏の「より安く、ではなく、より良い映画を作る機会」という発言は、単純な効率化を超えた創造性の民主化を意味します。これまで大予算作品でのみ可能だったde-aging(若返り)効果なども、小規模制作で実現可能になりつつあります。
共同CEOグレッグ・ピーターズ氏は、AIがパーソナライゼーション、検索、広告分野でも活用されていることを明かしており、制作現場だけでなく、配信プラットフォーム全体のAI統合が進んでいます。5月導入の自然言語検索機能「面白くて明るいものを見せて」なども、その一環です。
地域コンテンツのグローバル展開
「El Eternauta」の成功は、地域性とグローバル品質の両立というNetflixの戦略を体現しています。アルゼンチンの政治的歴史や国民的心理と深く結びついた文化的重要作品を、AI技術によってハリウッド品質で制作できることが実証されました。
これは非英語コンテンツが全視聴の3分の1を占めるNetflixにとって、極めて戦略的な意義を持ちます。
創作者との協働関係
2023年のハリウッドストライキで表面化したAI脅威論に対し、Netflixは「リアルな人々がより良いツールで行うリアルな仕事」というスタンスを明確化しています。AIが人間を置き換えるのではなく、拡張創造性として機能する事例を示しました。
長期的な業界変革の展望
Netflix自体が年間数百本のオリジナル作品を制作する現状において、AIは単なる付加価値ではなく価値の乗数効果をもたらします。制作期限の厳格化、制作費の最適化、創造的リスクの低リスク化が同時実現される環境が整いつつあります。
この変化は、グローバルエンターテインメントをよりアクセシブル、多様、スケーラブルにする可能性を秘めており、人間と機械の新たな創造的パートナーシップの模範例となるでしょう。
【用語解説】
El Eternauta(エル・エテルナウタ)
アルゼンチンの漫画家エクトル・ヘルマン・オエステルヘルトが1957年に発表した伝説的SF グラフィックノベル。有毒な雪に襲われたブエノスアイレスの生存者を描く。アルゼンチンの政治的歴史と深く結びつく国民的作品。
de-aging(デエイジング)
俳優を若く見せるデジタル映像技術。マーティン・スコセッシ監督「アイリッシュマン」では高コストで話題となったが、AI技術により大幅なコスト削減が実現している。
CGI(Computer Generated Imagery)
コンピュータで生成された映像。1958年のヒッチコック映画「めまい」から使用開始。専門アーティストが手動でテクスチャや照明を制御する従来技術。
【参考リンク】
Netflix Investor Relations (外部)
Netflix の決算情報や業績発表を提供。2025年第2四半期の財務データを公開
【参考動画】
【参考記事】
Netflix says it used GenAI in Argentine TV series(外部)
ロイター通信による Netflix のAI使用発表に関する詳細報道と業界への影響分析
Netflix starts using GenAI in its shows and films(外部)
TechCrunchによる Netflix のAI統合戦略の包括的分析と第2四半期業績報告
Netflix uses AI effects for first time to cut costs(外部)
BBC による Netflix のAI活用事例の詳細解説と従来VFX技術との比較分析
Netflix Ushers in a New Creative Era with Generative AI Debut(外部)
エコノミック・タイムズによる地域コンテンツのグローバル展開における技術的意義解説
Netflix Used AI to Generate a Scene on a TV Show: ‘Thrilled’(外部)
アントレプレナー誌による Netflix 経営陣の反応と CGI技術との違いについての解説
【編集部後記】
Netflix が踏み出したこの一歩を、皆さんはどう捉えられますか?AIが創造性を拡張する未来と、クリエイターの権利保護のバランスをどう取るべきでしょうか。
「El Eternauta」のような文化的に重要な作品が、AI技術によってより多くの人に届けられることの意義は計り知れません。一方で、皆さんご自身が映像クリエイターだとしたら、この変化をどう活用されますか?
私たち編集部も、技術の進歩と人間の創造性が調和する新しい時代の在り方を、皆さんと一緒に見つめ続けたいと思います。ご意見やご感想をお聞かせいただけると嬉しいです。