2025年6月、中国から米国への希土類永久磁石輸出量は353トンに達し、前月比660%増加した。中国の希土類永久磁石の世界全体への輸出量は6月に3,187トンとなり、前月比約160%増加したが、前年同月比では38%減少している。中国は世界の希土類磁石生産の90%以上を支配している。4月4日に中国政府はサマリウム、ガドリニウム、テルビウム、ジスプロシウム、ルテチウム、スカンジウム、イットリウムの7種の中・重希土類関連品目に輸出管理を実施し、企業は輸出許可取得が必要となった。これはトランプ米大統領の中国製品に対する相互関税への報復措置とされた。6月上旬の米中閣僚級貿易協議で中国がレアアース輸出規制を緩和することで合意し、より多くの輸出業者がライセンスを取得できるようになった。4月と5月の輸出急減により、中国国外の一部自動車メーカーが部分的な生産停止を余儀なくされていた。
From:TechU.S. firms scramble to secure rare-earth magnets — imports from China surge 660%
【編集部解説】
この中国からの希土類磁石輸出急回復の背景には、現代テクノロジーの根幹を支える地政学的な構造変化が浮き彫りになっています。
希土類磁石の戦略的重要性
希土類磁石、特にネオジム磁石は従来の磁石と比較して圧倒的な性能を持ちます。これらの磁石は電気自動車のモーター効率を大幅に向上させ、風力発電タービンの小型化と高出力化を実現し、MRI装置の画像精度向上に不可欠です。さらに新興のヒューマノイドロボット産業においても、限られたスペースでの高性能駆動システムを可能にする核心技術となっています。
中国の圧倒的な市場支配構造
中国が希土類磁石生産の90%以上を支配している現状は、数十年にわたる戦略的投資の結果です。特に重要なのは、希土類元素の分離・精製プロセスが極めて複雑で、環境負荷も大きいことです。中国は環境コストを受け入れながら、この技術を確立してきました。
4月輸出制限の実際の影響
4月4日から実施された7種の中・重希土類関連品目の輸出管理は、グローバルサプライチェーンに即座に影響を与えました。輸出ライセンス取得に長期間を要する事態となり、欧州の自動車部品メーカーが部分的な生産停止を余儀なくされる事態が発生しました。これは希土類磁石への依存度がいかに高いかを示しています。
6月の急回復が示す相互依存関係
6月上旬の米中閣僚級貿易協議における合意により、輸出が前月比660%という驚異的な回復を見せました。この数字は、両国が経済的相互依存から完全に脱却することの困難さを物語っています。米国は自国の製造業、特に自動車、電子機器、再生可能エネルギー分野で中国からの希土類磁石に大きく依存しているのが現実です。
技術覇権と供給安全保障の交差点
今回の事案は、技術覇権競争と資源安全保障が複雑に絡み合った現代の特徴を如実に示しています。中国が輸出制限を課した7種の希土類元素は、それぞれが特定の先端技術分野で代替不可能な役割を担っています。サマリウムはサマリウムコバルト磁石に、ジスプロシウムはネオジム磁石の高温特性向上に、テルビウムは光磁気ディスクの材料として使用されます。
長期的な産業構造変化への示唆
専門家は7月の輸出量がさらに回復すると予想していますが、これは一時的な緩和に過ぎません。根本的な問題は、希土類元素の採掘から精製、磁石製造までの垂直統合された産業エコシステム全体が中国に集中していることです。代替サプライチェーンの構築には、単に鉱山を開発するだけでなく、複雑な分離・精製技術の確立が必要となります。
新たなリサイクル技術への期待
供給制約は同時に、技術革新の機会を生み出しています。使用済み電子機器からの希土類リサイクル技術や、より効率的な磁石設計技術の開発が加速されています。これらの技術革新は、従来の採掘依存型から循環型経済への転換を促進する可能性を秘めています。
読者への含意
この事案は、テクノロジーのアーリーアダプターにとって重要な示唆を含んでいます。次世代電気自動車の普及速度、ヒューマノイドロボットの実用化タイムライン、そして再生可能エネルギーのコスト競争力—これらすべてが希土類磁石の安定供給にかかっているのです。今後のテクノロジー投資や製品選択において、サプライチェーンの地政学的リスクを考慮する重要性が一層高まっています。
【用語解説】
希土類永久磁石(レアアース磁石)
希土類元素を使用した高性能磁石。従来の磁石より圧倒的に強力で高温でも性能を維持する。電気自動車、風力発電、医療機器などに不可欠。
ネオジム磁石
ネオジム、鉄、ホウ素を主成分とする希土類磁石の一種。現在最も強力な永久磁石として知られ、小型化と高出力化を同時に実現する。
中・重希土類7種
中国が4月4日から輸出管理対象としたサマリウム、ガドリニウム、テルビウム、ジスプロシウム、ルテチウム、スカンジウム、イットリウム。それぞれ特定の先端技術分野で不可欠な元素。
輸出ライセンス制度
中国商務部が両用品目輸出管理条例に基づき実施する許可制度。軍民両用技術の輸出を管理し、国家安全保障を確保する目的がある。
【参考リンク】
中国税関総署(外部)
中国の貿易統計を公表する政府機関。希土類を含む各種鉱物資源の輸出入データを月次で発表している
中国商務部(外部)
中国の対外貿易を管轄する政府部門。輸出管理法に基づき希土類関連品目の輸出ライセンス審査を実施
ジェトロ(日本貿易振興機構)(外部)
中国の輸出管理制度に関する詳細な調査レポートを公表。両用品目輸出管理条例の解説を提供
【参考記事】
中国レアアース磁石、6月対米輸出が急回復 前月比7倍超に – ロイター(外部)
中国税関総署データに基づき、6月の対米希土類磁石輸出が353トン(前月比660%増)に達したことを詳報
レアアース磁石 6月輸出量2.6倍 中国 前月比 – 沖縄タイムス(外部)
中国の6月希土類磁石輸出が全世界向けで3,187トン(前月比2.6倍)となったことを共同通信配信記事として報道
中国、中・重希土類7種のレアアース関連品目で4月4日から輸出管理を実施 – ジェトロ(外部)
4月4日に中国が実施した7種希土類関連品目の輸出管理制度について詳細に解説
【編集部後記】
私たちの身の回りにあるスマートフォン、電気自動車、そして近い将来に登場するヒューマノイドロボット—これらを支える「見えない技術」について、皆さんはどれくらいご存じでしょうか?
今回の希土類磁石を巡る米中の駆け引きは、実は私たちの未来の暮らし方を大きく左右する重要な要素なのです。もし中国からの供給が長期間止まったら、電気自動車の普及は大幅に遅れ、風力発電の拡大も困難になるかもしれません。一方で、この制約が新たなリサイクル技術や代替材料の開発を加速させる可能性もあります。
皆さんは、次世代テクノロジーの実現と地政学的リスクのバランスをどう見ておられるでしょうか?
今後のデバイス選びや投資判断において、サプライチェーンの持続可能性をどの程度重視されているでしょうか?ぜひ、皆さんの視点もお聞かせください。