南オーストラリア大学のジョナサン・バックリー教授らの研究チームが2025年7月にThe American Journal of Clinical Nutritionに発表した研究で、卵の摂取が悪玉コレステロール(LDL)レベルに与える影響を調査した。
研究では同程度のベースラインLDLコレステロールレベルを持つ61人の成人(平均年齢39歳、BMI25.8)を募集し、48人が3種類の異なる食事をそれぞれ5週間ずつ実施したクロスオーバー試験を行った。1つ目は1日2個の卵を含む高コレステロール(600mg/日)・低飽和脂肪(6%)食、2つ目は卵を含まない低コレステロール(300mg/日)・高飽和脂肪(12%)食、3つ目は週1個の卵を含む高コレステロール(600mg/日)・高飽和脂肪(12%)のコントロール食であった。
結果として、1日2個の卵を摂取する高コレステロール・低飽和脂肪食では、コントロール食と比較してLDLコレステロール値が109.3μg/dLから103.6μg/dLに有意に減少した(P = 0.02)。一方、卵を含まない高飽和脂肪食では107.7μg/dLとなり、コントロール食との有意差は認められなかった(P = 0.52)。研究では飽和脂肪の摂取量1gあたり0.35ポイントのLDLコレステロール値上昇との正の相関が確認されたが、食事性コレステロールとの相関は認められなかった。
バックリー教授は「飽和脂肪がコレステロール上昇の真の要因であり、低飽和脂肪食の一部として摂取される卵の高い食事性コレステロールは悪玉コレステロールレベルを上昇させない」と結論づけた。
From:Eating Eggs Can Actually Lower Bad Cholesterol, New Study Says
【編集部解説】
この研究が示した科学的意義について、まず重要な点を整理させていただきます。今回の南オーストラリア大学の研究は、これまで混在していた「食事性コレステロール」と「飽和脂肪」の影響を初めて独立して分析した世界初の研究です。
研究手法の革新性について
従来の研究では、コレステロールが高い食品は同時に飽和脂肪も高いケースが多く、どちらが真の原因かを特定することが困難でした。しかし今回の研究では、卵という「高コレステロール・低飽和脂肪」の特殊な食品を活用することで、この科学的な難題に決定的な答えを出すことに成功しています。
LDL粒子サイズの複雑な変化
興味深いのは、卵摂取群では全体的なLDLコレステロール値は下がったものの、大きな(比較的安全な)LDL粒子が減少し、小さな(より動脈硬化リスクの高い)LDL粒子がわずかに増加したという点です。この現象の長期的な健康影響については、さらなる研究が必要とされています。
栄養政策への影響と社会的インパクト
この研究結果は、数十年にわたって続いてきた卵に対する栄養学的偏見を科学的根拠をもって覆すものです。特に日本では高齢化社会において良質なタンパク質源の確保が重要課題となっており、安価で入手しやすい卵の栄養価値の再評価は大きな意味を持ちます。
付加的な健康効果の発見
研究では副次的効果として、卵摂取により抗酸化作用のあるルテインとゼアキサンチンの血中濃度が上昇し、参加者の自発的活動量増加との関連も観察されました。これらのカロテノイドは脳と眼の健康維持に重要な役割を果たすことが知られています。
今後の課題と長期的展望
一方で、この研究は5週間という比較的短期間の観察であり、長期的な心血管疾患予防効果については継続的な検証が必要です。また、個人の遺伝的背景や既存の健康状態による反応の違いについても、今後の研究課題として残されています。
この研究成果は、Evidence-Based Nutritionの重要性を改めて示すとともに、食品に対する固定観念を科学的データで検証し続ける必要性を教えてくれています。
【用語解説】
LDLコレステロール(低密度リポタンパク質)
血液中に存在する脂質の一種で、「悪玉コレステロール」とも呼ばれる。血管壁に蓄積しやすく、動脈硬化や心疾患のリスクを高める。
飽和脂肪
主に動物性食品に含まれる脂肪酸の一種。バター、ラード、肉類の脂身などに多く含まれ、LDLコレステロール値を上昇させる作用がある。
食事性コレステロール
食品から摂取されるコレステロールのこと。卵黄、内臓類、魚卵などに多く含まれる。体内で合成されるコレステロールとは区別される。
ルテイン・ゼアキサンチン
カロテノイドの一種で、強力な抗酸化作用を持つ栄養素。眼の網膜や脳組織に蓄積し、加齢性黄斑変性症の予防や認知機能の維持に関与する。
クロスオーバー試験
同一の被験者が異なる介入を順次受ける臨床試験デザイン。個人差を排除でき、少ない被験者数でも統計的に有意な結果を得やすい。
【参考リンク】
南オーストラリア大学(University of South Australia)(外部)
健康科学分野の研究で世界的に評価されており、特に栄養学と運動科学分野で先進的な研究を展開
The American Journal of Clinical Nutrition(外部)
栄養学分野の世界最高峰の学術誌の一つ。臨床栄養学に関する査読付き論文を掲載
PubMed(米国国立医学図書館)(外部)
医学・生命科学分野の世界最大の文献データベース。3,500万件以上の論文情報を収録
【参考記事】
Sunny side up for eggs and cholesterol – University of South Australia(外部)
研究を実施した南オーストラリア大学の公式プレスリリース。研究の背景、手法、結果について詳細に説明
Eating this breakfast staple every day could lower your cholesterol – BBC Science Focus(外部)
BBC Science Focus誌による研究結果の解説記事。バックリー教授への独占インタビューを含む
Impact of dietary cholesterol from eggs and saturated fat on LDL cholesterol(外部)
今回報じた南オーストラリア大学の研究論文の原著。クロスオーバー試験の詳細な結果を報告
【編集部後記】
今回の研究は、私たちが当たり前だと思っていた「卵=コレステロール上昇」という常識を科学的に覆すものでした。みなさんも朝食で卵を控えめにしていた経験はありませんか?
実は、これまで避けてきた食品が実は健康に良いという発見は、栄養学の世界では珍しくありません。コーヒーやダークチョコレートも同じような変遷をたどってきました。
私たちinnovaTopia編集部としても、家族の朝食メニューを見直すきっかけになりそうです。みなさんは今回の発見を受けて、朝食の卵料理について何か変化を考えていらっしゃいますか?また、科学的常識が覆った時、どのように情報を取捨選択されているでしょうか?ぜひSNSで教えてください。