ニューヨーク大学アブダビ校(NYUAD)のディミトラ・アトリ研究チームは2025年7月29日、宇宙線が地下水を放射線分解(ラジオリシス)し、微生物へエネルギーを供給し得ると発表した。GEANT4シミュレーションで火星、木星の衛星エウロパ、土星の衛星エンケラドスを解析し、厚い氷殻を持つエンケラドスが最も高い生命維持ポテンシャルを示した。研究は地下水と宇宙線が交差する「放射線分解居住可能域」という概念を提唱し、太陽光に依存しない生命探査の新領域を提示している。f
From:Mars Isn’t Dead: How Cosmic Rays Could Make Life Possible Underground
【編集部解説】
地球外生命探査は長らく「惑星表面に液体水があるか」に注目してきました。今回の研究が示したのは、太陽光が届かない地下でも、宇宙線が水を分解して発生する化学エネルギーだけで微生物が生存できる可能性です。これにより、ゴルディロックス・ゾーンの外側や恒星から遠い氷衛星まで探査対象が一挙に拡大します。
火星探査を例に取ると、これまで主な着陸地点は赤い表面でしたが、今後はより深い掘削技術やレーダー観測で地下氷や空洞を探り、宇宙線が十分届く深度を狙う探査計画が現実味を帯びます。エンケラドスやエウロパでは、厚い氷の割れ目から噴出する噴煙サンプルに加え、氷を溶かして潜航するロボットの開発が急務になるでしょう。
ポジティブな側面としては、宇宙移住や長期基地建設における資源利用です。地下微生物を発見できれば、生態系シードとして利用し、閉鎖循環型の生命維持システムを低エネルギーで構築できる可能性があります。一方リスクは、地球由来の汚染によって未知の生態系を破壊する「前方汚染」と、逆に地球へ持ち帰る際の「後方汚染」です。国際宇宙法や惑星保護ポリシーのアップデートは避けられません。
ラジオリシスを模した人工バイオリアクターの研究が進めば、極限環境でも機能する発電・水処理技術の応用も見えてきます。地下生命という新フロンティアは、基礎科学だけでなく持続可能な宇宙開発テクノロジーを牽引する起爆剤になりそうです。
【用語解説】
放射線分解(Radiolysis)
高エネルギー粒子が水分子を電離・分解し、還元剤や酸化剤を生成して化学エネルギーを放出する現象。
放射線分解居住可能域(Radiolytic Habitable Zone)
地下水が宇宙線でラジオリシスを起こし、生命活動に十分なエネルギーが供給される領域。
ゴルディロックス・ゾーン(Goldilocks Zone)
恒星からの距離が適度で、惑星表面に液体水が存在しうる温度帯。
Galactic Cosmic Rays(GCR)
太陽系外から飛来する高エネルギー粒子。陽子が主成分で、惑星の薄い大気や氷を透過する。
GEANT4
CERNが開発した高エネルギー粒子と物質の相互作用を解析するシミュレーションツールキット。
【参考リンク】
NYU Abu Dhabi Space Exploration & Innovation Center(外部)
ディミトラ・アトリ氏が率いる研究室の公式サイト。宇宙生物学と火星探査プロジェクトを紹介。
International Journal of Astrobiology – 該当論文ページ(外部)
査読付き論文全文へのアクセス(要購読)。
NASA Solar System Exploration – Enceladus Overview(外部)
エンケラドスの地下海や噴出現象に関する公式解説。
ESA – Enceladus has underground sea(外部)
カッシーニ探査機による地下海発見の詳細。
【参考動画】
【参考記事】
Underground Microbial Life Could Survive on Mars – SCI.NEWS(外部)
GEANT4シミュレーション結果と対象天体ごとのエネルギー生成量を解説。
Radiolytic Habitable Zone: Exploring Life’s Potential in High-Radiation Environments – Astrobiology.com(外部)
ラジオリシス由来エネルギーと従来の生命探査戦略の違いを分析。
【編集部後記】
もし地下深くに息づく”宇宙の隣人”がいるとしたら、あなたはどんな方法で出会いたいですか? 放射線分解居住可能域という新しい視点は、生命探査を地表から地下へと大きくシフトさせます。
火星や氷衛星に潜む未知の微生物を想像しながら、人類の次の一歩を一緒に考えてみませんか。
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