研究はMiguel NavascuésとPhilip Waltherが主導し、成果はOptica誌に発表された。実験では単一光子の偏光にクビットを符号化し、サニャック干渉計を通してUとVという2つの進化パターンを重ね合わせ状態で実行した。量子スイッチという装置を使用し、システムの内部構造や初期状態の詳細な知識なしに量子粒子を以前の状態に復元することに成功した。テストは50の異なる進化の組み合わせ、4つの初期状態、3つの時間ステップ長で実施され、3週間で1800回の実験を行った結果、忠実度は93%以上を維持し、一部は97%に達した。この技術は量子コンピュータのエラー修正への応用が期待され、1秒の量子進化を1秒で巻き戻すリアルタイム処理が可能である。
From:Using Quantum Physics, Researcher Have Succeeded to “Reverse Time” With Astonishing Precision
【編集部解説】
innovaTopiaの読者のみなさん、今回ご紹介する研究は量子コンピュータの発展において極めて重要な転換点となる可能性を秘めています。オーストリア科学アカデミーとウィーン大学による「量子時間逆行」技術は、一見SFのような響きですが、実は極めて実用的な技術革新なのです。
この研究の核心は、量子システムにおいて95%以上の精度で粒子を「以前の状態」に戻すことに成功した点にあります。重要なのは、この技術が「システムの内部構造を知らずに実行できる」ことです。これは量子コンピュータのエラー修正において革命的な意味を持ちます。
現在の量子コンピュータは、外部からのノイズや相互作用によってデータが容易に破損してしまうという課題を抱えています。従来のエラー修正手法では、エラーの詳細を把握し、複雑な修正プロセスを実行する必要がありました。しかし今回の技術により、「何が起こったか分からなくても、システムを以前の正常な状態に戻せる」という画期的な能力が実現しました。
この技術のユニークな点は、1秒の量子進化を巻き戻すのに正確に1秒しかかからない「リアルタイム処理」である点です。これは従来手法と比較して3倍の高速化を実現しており、実用的な量子コンピュータの運用において極めて重要な改善となります。
実験では、単一光子の偏光状態を利用し、「量子スイッチ」と呼ばれる装置を通じて2つの異なる進化パターンの重ね合わせ状態を作り出しました。これにより、光子は「2つの時間経路を同時に辿る」という量子力学特有の現象を活用して、元の状態への復帰を可能にしています。
研究は理論チームを率いるMiguel Navascuésと実験チームを率いるPhilip Waltherの協力により実現され、実験論文の筆頭著者はPeter Schianskyです。50の異なる進化パターン、4つの初期状態、3つの時間ステップで1,800回の実験を実施し、93-97%の忠実度を達成しました。この高い成功率は、実用的な量子エラー修正技術としての可能性を強く示唆しています。
将来的な応用範囲も注目すべき点です。現在は光子を使用していますが、理論上は冷却原子やイオントラップなど他の量子システムにも適用可能とされています。また、同じ研究チームは時間を「早送り」する手法についても理論的な開発を進めています。
この技術の意義は、量子コンピュータの商用化において最大の障壁であるエラー率の改善に直結することです。現在の量子プロセッサは約0.1-1%のエラー率を持ちますが、実用的な量子コンピュータには10^-15レベルの精度が必要とされています。今回の巧妙な「巻き戻し」機能が統合されれば、この巨大なギャップを埋める重要な技術的基盤となる可能性があります。
人間レベルでの時間巻き戻しについては、研究者は現実的な評価を示しています。人間一人の量子情報を1秒分巻き戻すのに数百万年が必要とされており、実用性はありません。しかし量子プロセッサのような制御された環境では、この技術は極めて強力なツールとなるでしょう。
この研究は、量子コンピュータが実験室から実世界へと飛躍する上で欠かせない「信頼性」という要素に革新的なアプローチを提供しています。まさに「未来のコンピューティング」を支える基盤技術として、我々の注目に値する発展と言えるでしょう。
【用語解説】
量子スイッチ(Quantum Switch)
量子システムにおいて2つ以上の量子チャンネルが作用する順序を制御する装置。重ね合わせ状態により、複数の進化経路を同時に処理できる。
サニャック干渉計(Sagnac Interferometer)
光子を2つの異なる経路で伝播させ、その干渉パターンを観測する光学装置。量子実験では量子状態の精密制御に使用される。
忠実度(Fidelity)
量子状態がどの程度正確に目標状態と一致しているかを示す指標。1(100%)に近いほど精度が高い。
クビット(Qubit)
量子ビット。量子コンピュータの基本情報単位で、0と1の重ね合わせ状態を取ることができる。
重ね合わせ状態(Superposition State)
量子粒子が複数の状態を同時に存在できる量子力学特有の現象。観測するまで全ての可能性が共存する。
量子エラー修正(Quantum Error Correction)
量子システムにおいて外部ノイズや干渉によって生じるエラーを検出・修正する技術。
【参考リンク】
オーストリア科学アカデミー(外部)
1847年設立の国立アカデミー。量子光学・量子情報研究所を運営し、基礎研究から応用研究まで幅広い分野をカバー
ウィーン大学(外部)
1365年創立のヨーロッパ最古級の大学。9万人以上の学生を擁し、20の学部で186の学位プログラムを提供
Optica出版グループ(外部)
光学・フォトニクス分野の世界的学術団体。本研究が掲載されたOptica誌を含む権威ある学術出版事業を展開
【参考記事】
Reversing Unknown Quantum Transformations(外部)
2023年にOptica誌発表の原著論文。量子変換の逆操作理論と実験結果を詳述
We have made science fiction come true(外部)
Miguel Navascués研究者による量子時間制御技術のEl País紙インタビュー記事
【編集部後記】
量子時間逆行技術のニュースを読んで、どのような感想を抱かれたでしょうか。SFの世界だと思っていた「時間の巻き戻し」が、実験室レベルとはいえ現実になりつつあります。
この技術が量子コンピュータの実用化を加速し、私たちの日常にどのような変化をもたらすのか、一緒に想像してみませんか。量子エラー修正の革新は、暗号化技術や創薬研究、金融計算など、あらゆる分野に波及効果を与える可能性があります。皆さんは、どの分野での応用に最も期待されますか?
また、このような基礎研究の進歩が社会実装されるまでのプロセスについて、どのようなお考えをお持ちでしょうか。
ぜひ、未来への期待と不安を共有していただければと思います。