ロンドン警視庁(Metropolitan Police)がライブ顔認識技術(Live Facial Recognition、LFR)を使用した逮捕に関するデータを発表した。
ロンドン警視庁の2020年以降の総逮捕数は715,296件で、このうちLFRを使用した逮捕数は1,035件、内773件は起訴または注意処分となった。
プライバシー団体Big Brother Watchは、LFR関連逮捕が総逮捕数の0.15パーセントに過ぎないと批判した。同団体は技術拡大に投じられた数百万ポンドの費用対効果を疑問視している。一方、2024年以降に限定すると、LFR逮捕は総逮捕数180,947件の0.57パーセントを占める。
警視庁LFR責任者リンジー・チズウィック(Lindsey Chiswick)は効率性向上を強調した。具体例として、73歳の登録性犯罪者デビッド・チェネラー(David Cheneler)がデンマーク・ヒル(Denmark Hill)でLFRにより発見され、6歳少女と同行していたため逮捕、2025年5月20日に2年の懲役刑を受けた。
英国には現在、警察の顔認識使用を監督する法律は存在しない。2025年初頭にはクロイドン(Croydon)に英国初の恒久設置型LFRカメラが導入された。
From: Privacy campaigners pour cold water on London cops’ 1,000 facial recognition arrests
【編集部解説】
数字が語る現実的な効果
ロンドン警視庁が発表した1,035件の逮捕という数字を冷静に分析すると、投入されたリソースに対する効果について疑問が浮かび上がります。2020年以降の総逮捕数715,296件に対してLFR関連逮捕は0.15パーセントという割合は、決して高いとは言えません。
ただし、2024年以降に限定すると0.57パーセントと若干改善しており、技術の精度向上や運用ノウハウの蓄積が影響している可能性があります。英国政府は2024年に各警察署で使用するLFRソフトウェアに大規模な投資予算を計上しており、見合った成果が得られているかが焦点となります。
技術の仕組みと運用の実際
ライブ顔認識(LFR)は、街頭に配置されたカメラが通行人の顔をリアルタイムでスキャンし、警察のデータベースと照合する技術です。システムが一致を検出すると警官にアラートが送信されますが、最終的な判断は人間の警官が行います。
警視庁は安全措置として、指名手配リストに載っていない一般市民の生体認証データは即座に永久削除されると説明しています。また、システムからのアラートが自動的に逮捕につながるわけではなく、警官が状況を判断して対応を決定する仕組みになっています。
法的枠組みの空白と課題
現在、英国には警察の顔認識使用を監督する包括的な法律が存在しないという重要な問題があります。貴族院の司法・内務委員会は、この技術が法的根拠を欠いていると指摘しており、規制の必要性が議論されています。
Big Brother Watchは「顔認識技術は英国で危険なほど規制されていない」と批判し、警察が独自のルールで技術を運用していることを問題視しています。この法的空白は、技術の透明性と公的信頼の構築において大きな課題となっています。
実際の成功事例が示す価値
デビッド・チェネラー事件は、LFR技術の実用性を示す重要な事例です。73歳の登録性犯罪者が6歳の少女と一緒にいるところをLFRが発見し、性的危害防止命令違反で逮捕に至りました。この事例は、技術が単純な犯罪者検挙を超えて、潜在的な被害防止にも貢献できることを示しています。
警視庁によると、LFRは逮捕だけでなく、登録性犯罪者や有罪判決を受けたストーカーの条件違反を発見する「重要な」役割も果たしているとのことです。
社会実装の進展と将来展望
2025年初頭、クロイドンに英国初の恒久設置型LFRカメラが導入されました。これまでの移動式バンから固定カメラへの移行は、技術の本格的な社会実装を意味します。
この技術は効果的な犯罪予防と市民のプライバシー保護のバランスをいかに取るかという根本的な課題を提起しています。技術の社会受容性を高めるためには、透明性の確保と市民参加による議論が不可欠でしょう。
【用語解説】
ライブ顔認識(Live Facial Recognition, LFR)
リアルタイムで映像から人物の顔を識別する技術。街頭カメラが通行人の顔をスキャンし、警察のデータベースと照合して指名手配者を発見する。
性的危害防止命令(Sexual Harm Prevention Order, SHPO)
英国の法制度で、性犯罪者に対して特定の行動を禁止する裁判所命令。14歳未満の子供と単独でいることを禁止するなどの条件が設定される。
監視リスト(Watchlist)
警察が顔認識システムで照合するために使用する、指名手配者や要注意人物の顔画像データベース。
【参考リンク】
Big Brother Watch(外部)
英国のプライバシー権利団体。監視国家の拡大に反対し、市民の自由とプライバシー保護を目的とする非営利組織
Metropolitan Police Service(外部)
ロンドン警視庁の公式サイト。犯罪報告、地域情報、警察活動に関する情報を提供
The Register(外部)
英国の技術系ニュースサイト。IT、テクノロジー、政府の技術政策に関する詳細な報道を実施
【参考動画】
【参考記事】
London to introduce permanent live facial recognition cameras(外部)
ロンドンで英国初の恒久設置型ライブ顔認識カメラがクロイドンに導入されることを報じた記事
Live facial recognition technology guidance published(外部)
英国警察庁が発行したライブ顔認識技術の公式ガイダンス。技術の責任ある使用について詳細な基準を提示
Information Commissioner’s Opinion on the use of live facial recognition(外部)
情報コミッショナー事務所による公共の場での顔認識技術使用に関する公式見解
【編集部後記】
街を歩いているとき、ふと「誰かに見られている」と感じたことはありませんか?実は、それは気のせいではないかもしれません。今回取り上げたロンドンの顔認識技術は、私たちの日常にすでに深く浸透し始めています。日本でも同様の技術導入が検討される中、私たちはどのような社会を望むのでしょうか。安全な街づくりのためなら、ある程度のプライバシーは犠牲にしても構わないと思いますか?それとも、監視されない自由こそが何より大切だと考えますか?この技術があなたの住む街に導入されたら、どんな気持ちになるでしょう。ぜひSNSで皆さんの率直な想いを聞かせてください。一緒に未来の社会について考えてみませんか。