2023年、ファーウェイは国内製造のKirin 9000Sチップを搭載したスマートフォンMate 60 Proを発売した。
このチップは半導体製造国際公司(SMIC)が7nmプロセスで製造し、中国企業が設計・製造した高性能チップとして初めて搭載された製品である。台湾や韓国の3nmや5nmチップには及ばないが、米国制裁下での技術的自立を象徴する成果となった。シャオミはカメラシステムやエネルギー管理用チップの製造を行っており、チップの独立に向けた取り組みを進めている。
中国政府は半導体エコシステム開発に数十億ドルを投資し、オープンソースチップアーキテクチャRISC-Vの採用推進や先端製造装置の国産化を進めている。専門家は今後10年以内に中国が先進チップ製造で外国技術への依存を脱却する可能性があると予測している。
【編集部解説】
この記事が示す中国の半導体産業の躍進は、単なる技術的成果を超えた地政学的な転換点を表しています。ファーウェイのKirin 9000Sチップの成功は、アメリカの制裁戦略に対する中国の技術的回答として位置づけられます。
技術的な背景と現実
TechInsightsの分析によると、ファーウェイのKirin 9000SはSMICが製造する7nmプロセスのチップです。これは台湾TSMCの3nmや5nmプロセスと比較すると2世代遅れていますが、重要なのは技術的な完全性よりも自立性の達成にあります。このチップは極紫外線(EUV)リソグラフィーを使用せずに製造された最先端ロジックプロセスノードとして、中国の技術的独立への道筋を示しています。
制裁の実効性への疑問
2019年にファーウェイがエンティティリストに追加されて以降、同社のスマートフォン事業は厳しい状況に置かれました。2022年のMate 50 Proや2023年3月のP60シリーズは5G非対応での発売を余儀なくされていました。しかし、Mate 60 Proは5G対応を実現し、香港での実測では350mbps以上の通信速度を記録しています。
シャオミの戦略的意図
シャオミの自社チップ開発は、クアルコムやメディアテックへの依存を減らす戦略的な動きです。同社は現在カメラシステムやエネルギー管理用チップの製造を行っており、プロセッサ全体の開発に向けた基盤を築いています。
技術的限界と現実的評価
Kirin 9000SのGeekBench 6スコアはシングル1327点、マルチ3897点で、Google Pixel 7のTensor G2を上回る性能を示しています。グラフィック性能も3D MarkのSling Shot Extremeで7688点を記録し、2年前のハイエンド機に迫る性能を実現しています。
産業エコシステムへの影響
中国の半導体産業は単なるチップ製造にとどまらず、垂直統合された産業エコシステムの構築を目指しています。ファーウェイの研究開発投資は2022年に1,615億元(売上高の25%)に達し、従業員の55%が研究開発部門に配属されています。
長期的な地政学的影響
専門家は今後10年以内に中国が先進チップ製造で外国技術への依存を脱却する可能性があると予測しています。これが実現すれば、グローバルな半導体サプライチェーンの根本的な再編が起こり、アメリカの技術覇権に挑戦する新たな勢力バランスが生まれることになります。
リスクと課題
一方で、中国の半導体産業には重要な課題も存在します。SMICの7nmプロセスは初期段階では歩留まりが悪く生産量が少なかったものの、Mate 60 Proでは商用利用が可能な水準まで改善されました。しかし、完全な技術的自立には時間がかかり、さらなる制裁強化の可能性も指摘されています。
この動向は、テクノロジー業界における新たな競争構造の始まりを告げており、今後の技術革新と地政学的バランスに大きな影響を与える可能性があります。
【用語解説】
7nmプロセス
半導体製造における回路線幅の技術仕様。数値が小さいほど微細化が進み、同じ面積により多くのトランジスタを配置できる。現在の最先端は3nmプロセスである。
ファウンドリ
他社の設計した半導体チップを受託製造する専門企業。設計と製造を分離した半導体産業の分業体制において重要な役割を果たす。
EUVリソグラフィー
極紫外線を使用した半導体製造技術。7nm以下の微細プロセスに必要とされる最先端の露光装置技術で、オランダのASMLが独占的に供給している。
エンティティリスト
アメリカ商務省が管理する輸出規制対象企業リスト。リストに掲載された企業は米国製品や技術の輸入に政府許可が必要となる。
フォトリソグラフィー
半導体製造において、光を使って回路パターンをウェハー上に転写する技術。半導体の微細化において最も重要な工程の一つである。
【参考リンク】
SMIC(中芯国際集成電路製造)(外部)
中国最大の半導体ファウンドリ企業。ファーウェイのKirin 9000Sチップを製造した。
ファーウェイ(華為技術)(外部)
中国の通信機器・スマートフォン大手企業。制裁下での技術的自立を示した。
シャオミ(小米科技)(外部)
中国のスマートフォン・家電メーカー。自社設計チップの開発を進めている。
RISC-V International(外部)
オープンソースの命令セットアーキテクチャRISC-Vの標準化を行う非営利団体。
【参考記事】
HUAWEI Mate 60 Pro【スペック】価格や発売日(外部)
ファーウェイMate 60 Proの詳細スペックと2023年8月29日の発売日を確認。
Huawei新スマホ「Mate 60 Pro」は中国製7nmプロセスのチップ(外部)
TechInsightsによる詳細分析でKirin 9000sがSMIC製7nmプロセスであることが確認。
ファーウェイ、「Mate 60 Pro」正式発売~5G対応が焦点の一つ(外部)
ファーウェイが2023年9月3日にMate 60 Proを正式発売。5G対応が確認された。
【編集部後記】
今回の中国半導体産業の躍進を見て、皆さんはどのように感じられましたか?制裁という逆境が、かえって技術革新を加速させるという現象は、私たちが想像していた以上に複雑で興味深いものでした。特に印象的だったのは、ファーウェイのMate 60 Proが示した「完璧でなくても十分に使える」という技術哲学です。7nmプロセスは最先端の3nmには及ばないものの、実用性では十分な性能を発揮しています。最先端を追い求めるだけでなく、実用性を重視したアプローチが、今後のテクノロジー業界にどのような影響を与えるのでしょうか。皆さんのスマートフォンを見回してみてください。そこに使われているチップがどこで作られているか、考えたことはありますか?この地政学的な変化が、私たちの日常生活にどのような変化をもたらすのか、ぜひ一緒に考えてみませんか。