2025年7月11日、OpenAIのCEOサム・アルトマンは、GPT-2以来約束されていたオープンウェイトモデルのリリースを安全性テストと高リスク領域の検証のため無期限延期すると発表した。
このモデルは当初7月14日の週にリリース予定であったが、6月に一度延期され、今回が2度目の延期となる。The Register誌によれば、米国がこれまでに実現した最高のオープンモデルはMetaのLlama 4だが、これはあまり好評ではなく、物議を醸したという。更にMetaの2兆パラメータのBehemothモデルは期待に応えられずリリースが保留されている。
一方、中国では2025年1月にDeepSeekがR1モデル(6,710億パラメータ)をMITライセンスで公開、Alibabaが同年3月にQwQ、続く4月にQwen3シリーズを展開、6月に上海のMiniMaxがM1モデル(4,560億パラメータ)をApache 2.0ライセンスで公開、同月BaiduがErnieファミリー(470億~4,240億パラメータ)をオープンソース化した。7月11日にはMoonshot AIが総パラメータ数1兆(うちアクティブパラメータ数320億)のKimi K2を発表している。
中国は効率的なMoEアーキテクチャを活用したウェイトモデルと技術文書を公開して、オープンソース開発で先行している。
From: China proves that open models are more effective than all the GPUs in the world
【編集部解説】
オープンソースAI開発における地政学的転換点
2025年のAI業界は、従来のGPU投資競争から効率性を重視したオープンソース開発へと大きくパラダイムが転換しています。この変化の象徴的な出来事が、OpenAIの2度目のオープンウェイトモデル延期と、それとは対照的な中国企業の積極的なオープンソース戦略です。OpenAIが「一度ウェイトを公開したら元に戻せない」として慎重になる背景には、オープンウェイトモデル特有の不可逆性があります。従来のAPIサービスと異なり、モデル自体が配布されるため、悪用された場合の回収は技術的に不可能となります。
中国のオープンソース戦略の巧妙さ
中国企業のアプローチは単なる技術公開以上の戦略性を持っています。DeepSeekのR1モデルが示したMoE(Mixture-of-Experts)アーキテクチャは、6,710億パラメータながら実際の推論時には一部のみを活用することで、効率性と性能を両立させました。Alibaba、MiniMax、Baidu、Moonshot AIといった企業が相次いでオープンソースモデルをリリースしている現象は、単なる競争ではなく協調的なエコシステム構築と捉えるべきでしょう。これらの企業は技術文書も同時に公開し、グローバル開発者コミュニティによる改良を促進しています。
技術的イノベーションの本質
特に注目すべきは、Moonshot AIのKimi K2モデルです。1兆パラメータという巨大なスケールながら、効率的なMoE設計により、従来の大規模モデルの計算コストを大幅に削減しています。このような効率性の追求は、GPU不足や電力制約といった物理的制約を技術力で解決する中国AI企業の特徴的なアプローチです。米国の半導体制裁下でも技術革新を続ける姿勢は、制約が逆にイノベーションを促進するという逆説を示しています。
オープンソースがもたらすパラダイム変化
オープンソースモデルの普及は、AI開発の民主化を意味します。Apache 2.0ライセンスやMITライセンスで公開される多くのモデルは、スタートアップや研究機関でも自由に活用・改良が可能です。これにより、特定の巨大テック企業に依存しない多様なAIエコシステムの構築が進んでいます。
一方で、Meta社のLlama 4や運用停止されたBehemothモデルの例は、オープンソース開発における品質保証の重要性を浮き彫りにしました。透明性の確保は、オープンソースコミュニティの健全性にとって不可欠な要素となっています。
規制と安全性への影響
OpenAIの慎重なアプローチは、AI安全性への配慮を示していますが、同時に技術開発の遅延リスクも孕んでいます。中国企業のオープンソース戦略は、従来の輸出管理や技術制裁の有効性に疑問を投げかけています。オープンソースモデルの普及は、従来の国家レベルでの技術統制を困難にし、AI規制のアプローチ自体の見直しを迫る可能性があります。技術の境界を越えた協調的な安全性確保の仕組み構築が急務となっています。
長期的視点での産業構造変化
この動向が示唆するのは、AI開発の重心が「資本集約型」から「知識集約型」へと移行していることです。巨額のGPU投資よりも、効率的なアルゴリズムと協調的な開発体制が競争優位の源泉となりつつあります。また技術革新の中心地が多極化する中で、各地域の特色ある開発アプローチが競合し、結果として技術進歩が加速される構図が見えてきます。
このパラダイム変化は、AI業界だけでなく、依存する全ての産業分野に波及効果をもたらすことでしょう。
【用語解説】
オープンウェイトモデル
AIモデルのパラメータ(ウェイト)が一般公開され、誰でも自由にダウンロード・改良・商用利用できるモデル。従来のAPI経由アクセスと異なり、モデル自体を所有できるため、カスタマイズや独自展開が可能である。
MoE(Mixture-of-Experts)アーキテクチャ
複数の専門的なニューラルネットワーク(エキスパート)を組み合わせた構造。入力に応じて最適なエキスパートを選択して処理することで、巨大なパラメータ数を持ちながら実際の推論時には一部のみを使用し、効率性を大幅に向上させる技術。
パラメータ
AIモデルの学習可能な変数の総数。数値が大きいほど複雑な処理が可能だが、計算コストも増大する。現在のLLMでは数十億から数兆のパラメータを持つモデルが主流となっている。
コンテキストウィンドウ
AIモデルが一度に処理できるテキストの長さ。トークン数で表現され、100万トークンは約75万語に相当する。長いほど複雑な文書理解や長時間の対話が可能になる。
Apache 2.0ライセンス
商用利用、改変、配布が自由に許可される寛容なオープンソースライセンス。企業が独自製品に組み込んで販売することも可能で、AI業界では最も普及しているライセンス形態の一つ。
MITライセンス
Apache 2.0と同様に商用利用が可能な寛容なオープンソースライセンス。より簡潔な文言で、著作権表示と免責条項の保持のみを要求する。
API(Application Programming Interface)
アプリケーション間でデータや機能をやり取りするためのインターフェース。AIサービスでは、モデルを直接提供せず、API経由でのみアクセスを許可する形態が一般的である。
【参考リンク】
DeepSeek(外部)
中国の量的ヘッジファンドHigh Flyerから生まれたAI企業で、2025年1月にR1モデルで世界的注目を集めた
OpenAI(外部)
サンフランシスコを拠点とするAI研究開発企業で、ChatGPTやGPTシリーズで知られる
Meta AI(外部)
Meta(旧Facebook)のAI部門で、Llamaシリーズのオープンソースモデルを開発
Moonshot AI(外部)
中国のAIスタートアップ企業で、Kimiシリーズの大規模言語モデルを開発
Mistral AI(外部)
フランス・パリを拠点とするAIスタートアップで、効率性と性能のバランスに優れたモデルを提供
【参考記事】
OpenAI、オープンウェイトモデルのローンチを再度延期(外部)
OpenAIが7月11日に発表した2度目のオープンウェイトモデル延期について詳しく報告
今週公開予定だった「オープンなAIモデル」を延期に アルトマン氏(外部)
OpenAIのサム・アルトマンCEOが発表したオープンウェイトモデルの延期について詳細を解説
OpenAIがオープンモデルのリリースを無期限延期(外部)
OpenAIのオープンウェイトモデルが2度の延期を経て無期限延期となった経緯を時系列で整理
【編集部後記】
皆さんは今回の中国AI企業のオープンソース戦略について、どう感じられましたか?DeepSeekのR1モデルやMoonshot AIのKimi K2のように、制約の中から生まれる革新的なアプローチに、皆さんはどんな可能性を見出しますか?もし皆さんが開発者やビジネスパーソンなら、この流れをどう活用されるでしょうか。オープンソースAIが主流になった時、私たちの働き方や創造活動はどう変化するのか。ぜひSNSで皆さんの想いをお聞かせください。一緒に未来を考えていきましょう。