2024年12月20日、米国ノースウェスタン大学マコーミック工学部のプレム・クマール教授率いる研究チームが、既存のインターネット回線が流れる30キロメートルの光ファイバーケーブルを使い、世界で初めて量子状態のテレポーテーションを成功させたことを発表した。
この実験では毎秒400ギガビットの通常のインターネット通信と並行して単一光子の量子情報を送信しました。研究チームは光の散乱を詳細に研究し、散乱メカニズムが最小化される適切な波長に量子光子を配置することで、古典的チャンネルからの干渉を回避しました。
論文の第一著者はクマール研究室の博士課程学生ジョーダン・トーマス氏が務めました。量子情報伝送が複雑なノイズ環境下でも可能であることを実証し、特別なインフラを新設せずに量子通信と古典通信の共存を証明しました。この研究成果は学術誌Opticaに掲載され、量子コンピューティングや量子暗号、分散量子センシングの実現に向けた重要な一歩となりました。
From: Quantum Teleportation Was Achieved Over Internet For The First Time
【編集部解説】
今回の量子テレポーテーション実験の成功は、単なる技術的な偉業を超えて、情報通信の未来を根本的に変える可能性を秘めています。最も重要なのは、既存のインフラを活用できるという点でしょう。
従来の量子通信研究では、専用のネットワーク構築が必要とされており、実用化には天文学的なコストと時間が必要と考えられていました。しかし今回の実験により、現在使用されている光ファイバーケーブルで量子通信が可能であることが証明されたのです。
技術的な革新性について
この実験で注目すべきは、毎秒400ギガビットという膨大な通常のデータトラフィックと並行して量子情報を伝送した点にあります。研究チームは光の散乱特性を詳細に分析し、量子光子が最も干渉を受けにくい特定の波長を見つけ出しました。
クマール教授は「まさに高速道路を自転車で走るようなもの」と表現していますが、これは膨大なデータトラフィックの中で繊細な量子光子を安全に通す技術的挑戦を的確に表現しています。量子状態は極めて脆弱で、わずかな環境変化でも「デコヒーレンス」と呼ばれる現象により量子特性を失ってしまうためです。
実用化への道筋
この技術により実現する可能性があるのは、まず理論上、盗聴が必ず検知されることで非常に高い安全性を保証する暗号通信システムです。量子暗号では、情報の盗聴自体が物理的に検出可能になるため、理論上破られない暗号が実現します。
また、分散量子コンピューティングネットワークの構築も視野に入ってきました。個々の量子コンピューターの能力を量子通信でつなぐことで、現在の限界を大幅に超えた計算能力を実現できる可能性があります。
今後の研究展開
クマール教授の研究チームは既に次のステップを計画しています。実験距離のさらなる延長、2組の光子対を使ったもつれスワッピング実験、そして実地の地中光ファイバーケーブルでの実証実験です。これらの展開により、量子インターネットの実現がより現実的なものとなるでしょう。
潜在的なリスクと課題
一方で、この技術には慎重に検討すべき課題も存在します。量子暗号が広く普及すれば、将来的に大規模な量子コンピュータが実現した際、現在のRSA暗号などの従来暗号技術が解読可能となる可能性があり、セキュリティ体系の根本的な見直しが必要になります。
また、量子通信技術が国家間の情報格差を拡大させるリスクも指摘されています。この技術を早期に実用化した国が、情報セキュリティにおいて圧倒的な優位性を持つ可能性があるからです。
長期的な展望
今回の実験は30キロメートルという比較的短距離での成功でしたが、研究チームは既に距離の延長や、より複雑な量子もつれスワッピングの実証を計画しています。将来的には、量子インターネットと呼ばれる全く新しいネットワークが構築される可能性があります。この技術が成熟すれば、現在のインターネットと同様に社会インフラとして不可欠な存在になると考えられ、情報社会の次なる進化を牽引する基盤技術となるでしょう。
【用語解説】
量子テレポーテーション
量子もつれを利用して、物理的な粒子を移動させることなく量子状態の情報を別の場所に転送する技術。物体そのものではなく、その量子情報のみが伝送される。
量子もつれ(量子エンタングル)
2つの粒子が空間的に離れていても量子力学的に結合し、一方の状態を測定すると瞬時にもう一方の状態が決まる現象。アインシュタインが「spooky action at a distance(不気味な遠隔作用)」と呼んだ量子力学特有の性質。
デコヒーレンス
量子状態が環境との相互作用により古典的な状態に変化し、量子的性質を失う現象。温度や電磁波などの外部干渉により引き起こされる。
光子(フォトン)
光の最小単位となる素粒子。量子通信では単一の光子を使って情報を符号化し、従来通信の数百万個の光粒子と比較して極めて繊細な取り扱いが必要。
量子暗号
量子力学の原理を利用した暗号技術。盗聴行為自体が物理的に検出可能となり、理論上破られることのない絶対的なセキュリティを実現する。
【参考リンク】
Northwestern University McCormick School(外部)
プレム・クマール教授の研究室。電気コンピュータ工学科教授で光通信・コンピューティングセンター長を務める
Northwestern University Press Release(外部)
今回の研究成果に関する公式プレスリリース。研究の詳細と将来展望について大学側の公式見解
【参考動画】
【参考記事】
‘Nobody thought it was possible’: Quantum teleportation(外部)
BBC Science Focus誌による同実験の解説記事。量子テレポーテーションの仕組みを分かりやすく説明
Quantum Teleportation Becomes Reality on Active Internet(外部)
SciTechDaily誌による技術解説記事。量子テレポーテーションの仕組みや既存インフラとの統合可能性を紹介
Researchers Demonstrate Quantum Teleportation over Internet(外部)
Sci.News誌による技術解説記事。30.2キロメートルの光ファイバーでの量子状態転送成功について報告
【編集部後記】
今回の量子テレポーテーション実験の成功を知り改めて感じたのは、SF映画の世界が現実になりつつあるという驚きです。皆さんはこのニュースを読んで、どのような未来を想像されるでしょうか?量子通信が実用化されたとき、私たちの日常はどう変わると思われますか?特に興味深いのは、既存のインターネット回線をそのまま活用できるという点です。新しい技術のために膨大なインフラ投資が不要になるかもしれません。一方で、絶対に破られない暗号通信が可能になったとき、プライバシーや情報セキュリティの概念そのものが変わってしまう可能性もあります。皆さんは量子通信時代の到来を楽観視されますか?それとも慎重派でしょうか?ぜひSNSで、この技術への期待や不安を共有していただけると嬉しいです。私たちも一緒に考えていきたいと思います。