中国・上海交通大学らが塩分耐性稲を開発、57億ヘクタールの塩害土壌を農地化へ

中国・上海交通大学らが塩分耐性稲を開発、57億ヘクタールの塩害土壌を農地化へ

中国科学院と上海交通大学が開発した新品種の稲は、土壌の塩分、アルカリ性、極端な高温に耐える能力を持ち、従来栽培不可能とされた約140億エーカー(約57億ヘクタール)の不毛地帯での栽培を理論上可能とする。

この稲品種は植物ホルモンであるジベレリンを操作する遺伝子工学技術により開発された。別の研究として、華中農業大学の研究チームがQT12遺伝子を発見し、この遺伝子は極端な高温下でも稲の収量と品質を維持する機能を持つ。長江流域での圃場試験では、極端な高温の影響を受けた地域で最大77.9%の収量増加を記録した。

世界では約14億ヘクタールの土地が塩分の影響を受けており、これは世界の総土地面積の10%以上に相当する。この技術により、従来農業に適さなかった限界農地を生産的な農地に転換することが可能になり、場合によっては収量を最大101%増加させることができる。米は世界人口の約半数の主食であり、この新品種は気候変動下での食料安全保障に重要な役割を果たす可能性がある。

From: 文献リンクChina Promises a New Era of Agriculture with a Cereal That Could Grow on 14 Billion Acres of Barren Land

【編集部解説】

今回報告された中国の農業技術革新は、2つの独立した研究成果から構成される包括的なブレークスルーとして注目すべきものです。この技術革新の意義と影響を詳しく解説いたします。

技術的アプローチの理解

今回の成果は実際には2つの異なる研究が組み合わされています。第一は中国科学院・上海交通大学によるジベレリン操作技術で、これは塩分・アルカリ性土壌への適応を可能にします。第二は華中農業大学によるQT12遺伝子の発見で、こちらは高温耐性に特化した技術です。

ジベレリンは植物の成長調節において中枢的な役割を果たすホルモンで、これを精密に操作することで環境ストレス耐性を向上させています。一方、QT12遺伝子はNF-Yタンパク質複合体と相互作用し、高温下でも穀粒の品質を維持する「生物学的ファイアウォール」として機能します。

数値データの客観的評価

「140億エーカー」という規模は確かに驚異的ですが、これは理論上の最大値であり、実際の適用には段階的なアプローチが必要です。現在世界で塩害を受けている14億ヘクタールの土地すべてが即座に農地化できるわけではなく、インフラ整備や栽培技術の確立が前提となります。

QT12遺伝子による77.9%の収量増加も、特定の高温条件下での結果であり、気候条件や栽培環境によって効果は変動することを理解しておく必要があります。

実用化への道筋

興味深いことに、中国では既に「海水稲」として実証栽培が進んでおり、山東省東営市などで商業レベルでの生産が始まっています。これらの実証実験では従来の7倍のセレン含有量を持つ機能性米の生産も実現されており、付加価値の創出も期待されています。

技術の革新性と現実的課題

この技術の最大の価値は、従来「農業不適地」とされた土地の利用可能性を拡大する点にあります。しかし、塩害土壌の農業利用には排水システムの整備、土壌改良、適切な灌漑管理など、総合的なアプローチが不可欠です。

リスクと機会の両面評価

ポジティブな側面:
– 気候変動による農地減少への具体的対策
– 食料安全保障の根本的強化
– 発展途上国での食料増産への貢献可能性

懸念される課題:
– 遺伝子組換え技術への各国規制の相違
– 生態系への長期的影響の不確実性
– 技術アクセスの公平性確保

グローバルな影響と日本への示唆

この技術は「第二の緑の革命」の先駆けとなる可能性を秘めています。日本においても、津波被災地の塩害農地復旧技術として、また将来の海面上昇対策として応用価値があります。

ただし、日本の場合は食の安全性や品質に対する消費者の意識が高く、技術導入には慎重な検討と国民的な理解形成が必要でしょう。独自技術の開発と国際協力のバランスを取りながら、この技術革新から学ぶべき点は多いと考えられます。

【用語解説】

ジベレリン
植物ホルモンの一種で、種子の発芽、茎の伸長、開花などの成長過程を制御する重要な化学物質である。今回の研究では、このホルモンを遺伝子工学的に操作することで、塩分やアルカリ性などの環境ストレスに対する耐性を向上させている。

QT12遺伝子
華中農業大学が発見した稲の耐熱性を制御する遺伝子である。NF-Yタンパク質複合体と相互作用し、高温下でも稲粒内のデンプンとタンパク質合成を維持する「ファイアウォール」として機能する。

NF-Y複合体
植物細胞内で転写調節に関わるタンパク質複合体である。NF-YA、NF-YB、NF-YCの3つのサブユニットから構成され、遺伝子の発現を制御する役割を持つ。QT12遺伝子と相互作用して耐熱性を調節している。

長江流域
中国最大の河川である長江の流域地域で、中国の稲作生産量の約3分の2を占める重要な農業地帯である。今回の耐熱性稲の圃場試験が実施された地域でもある。

【参考リンク】

中国科学院(Chinese Academy of Sciences)(外部)
中国の自然科学分野における国立アカデミーであり、科学技術に関する最高諮問機関である。

上海交通大学(Shanghai Jiao Tong University)(外部)
1896年創立の中国屈指の総合大学で、今回の塩分耐性稲開発に参画した主要機関である。

華中農業大学(Huazhong Agricultural University)(外部)
1898年設立の中国を代表する農業大学で、QT12遺伝子を発見した研究機関である。

【参考記事】

A natural gene on-off system confers field thermotolerance for grain(外部)
Cell誌に掲載された原著論文で、QT12遺伝子の耐熱性制御メカニズムを詳細に解説している。

日本型イネの遺伝的背景への早朝開花性導入による高温不稔軽減効果(外部)
日本の研究機関による高温耐性稲の研究で、開花期の高温不稔対策について報告している。

【編集部後記】

この記事を読んで、皆さんはどのような印象を持たれましたか?140億エーカーという想像を絶する規模の土地活用可能性と、77.9%もの収量増加という数値に、私たち編集部も驚きを隠せません。同時に気になるのは、これらの技術がいつ頃実用化され、私たちの食卓にどのような変化をもたらすのかという点です。遺伝子組換え技術への感じ方は人それぞれですが、気候変動が進む中で、こうした技術革新は避けて通れない道なのかもしれません。皆さんなら、この新しい稲を実際に食べてみたいと思いますか?それとも慎重に様子を見たいでしょうか?SNSで率直なご意見をお聞かせください。

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