米国カリフォルニア州エルセグンドのスタートアップ、Radiant Industries Inc.は、世界初の量産型マイクロ原子炉『Kaleidos』のテストを2026年春にアイダホ国立研究所のDOME施設で開始予定である。
この1.2メガワット炉(電気出力)はヘリウムガス冷却と受動的安全アーキテクチャを備え、水を必要とせず遠隔地や災害地域、軍事基地に迅速展開可能である。Radiantは2025年5月にシリーズCで1億6500万ドルの資金調達を完了し、累計資金調達額は2億2500万ドルに達した。また、米エネルギー省は2025年4月10日にKaleidosの初期テスト用に高濃縮低濃縮ウラン(HALEU)の供給を条件付きで承認している。
同社は2020年設立で、製造工場設立を進めており年間最大50基の生産を目指し、2028年に顧客への初期展開開始を予定している。運転サイクルは5年以上で、コンテナサイズで空路・陸路・海路での輸送が可能である。
【編集部解説】
Radiant Industriesが発表したKaleidosマイクロ原子炉は、原子力業界における技術的転換点を示す重要な事例です。この技術が注目される背景には、従来の原子力発電が抱える根本的な課題があります。
現在の商用原子炉は数十年の建設期間と数千億円規模の初期投資を必要としますが、Kaleidosは工場での量産を前提とした設計により、この問題を解決しようとしています。年間最大50基の製造能力を目指すという具体的な産業戦略は、従来の一品生産から脱却した革新的アプローチです。
技術的革新の本質
Kaleidosの核心技術であるヘリウムガス冷却システムは、技術的に大きな意味を持ちます。1.2メガワット電気出力と1.9メガワット熱出力を発生させながら、従来の軽水炉が水冷却に依存するのに対し、ヘリウムは化学的に不活性で放射線下でも安定性を保つという特性があります。この設計により、水資源が限られた環境や極地、砂漠地帯での運用が可能になります。
TRISO燃料技術の意義
Kaleidosが採用するTRISO(TRi-structural-ISOtropic)燃料粒子は、従来のウラン燃料とは根本的に異なる技術です。各燃料粒子が多層のセラミック被覆で覆われており、原理的にメルトダウンが極めて起こりにくい構造となっています。
この技術により、5年以上の連続運転が可能となり、頻繁な燃料交換が困難な遠隔地での使用に適しています。ただし、HALEU(高濃縮低濃縮ウラン)の確保は米国の戦略的課題であり、現在はロシアが世界供給の大部分を占めているのが現実です。
市場インパクトと経済的意義
この技術が真に革新的なのは、ディーゼル燃料価格が1ガロン6.50ドル以上の地域でディーゼル発電機を直接置き換える用途を明確にターゲットとしている点です。世界の遠隔地では数百万台のディーゼル発電機が稼働しており、燃料輸送コストと環境負荷が深刻な問題となっています。
1メガワット級の小型原子炉市場は2030年代に数兆円規模に成長すると予測されており、Radiantのようなファーストムーバーにとって大きな商機となります。コンテナサイズで輸送可能な設計は、既存インフラを活用した迅速な展開を可能にします。
規制環境への影響
米国原子力規制委員会(NRC)は既にRadiantの設計を事前審査プロセスで評価しており、規制当局も小型モジュラー炉の実用化を支援する姿勢を示しています。これは従来の大型炉に最適化された規制枠組みが、新世代技術に適応しつつあることを意味します。
DOEのDOME施設での実証実験は、規制承認プロセスの迅速化という副次的効果も期待されています。成功すれば、他の小型炉開発企業にとってもベンチマークとなるでしょう。
リスクと課題の検証
一方で、解決すべき課題も存在します。核セキュリティの観点では、可搬性の高い原子炉は新たなリスク要因となる可能性があります。また、使用済み燃料の管理体制や、運用人材の確保も長期的な課題となります。
技術的には、ヘリウム冷却システムの商用規模での信頼性はまだ完全に実証されておらず、2026年のテスト結果が重要な判断材料となります。投資家の期待値が高いだけに、技術的な躓きがあった場合の影響は大きいと言えます。
長期的展望
Kaleidosが成功すれば、原子力発電の概念そのものが変わる可能性があります。大規模な送電網に依存せず、必要な場所で必要な電力を供給する「分散型原子力」の時代が到来するかもしれません。
これは特に途上国のエネルギーアクセス改善や、データセンターの地理的分散、宇宙開発における電力供給など、従来の発電方式では困難だった用途の開拓につながる可能性を秘めています。原子力業界にとって、真の意味での「民主化」の始まりとも言えるでしょう。
【用語解説】
Kaleidosマイクロ炉
Radiant Industriesが開発中の電気出力1.2メガワットのポータブル核マイクロ炉。ヘリウムガス冷却と受動的安全構造を採用し、水を使わずに遠隔地への迅速展開が可能である。
HALEU(高濃縮低濃縮ウラン)
High-Assay Low-Enriched Uraniumの略称。従来の軽水炉より高い濃縮度(5-20%)のウラン燃料で、次世代原子炉の小型化と高効率化に不可欠な核燃料である。
TRISO燃料
TRi-structural-ISOtropic燃料粒子の略。核燃料粒子が多層のセラミック被覆で包まれており、原理的にメルトダウンを防ぐ先進的燃料技術。50年以上の使用実績がある。
受動的安全アーキテクチャ
外部からの電力や人為的操作に依存しない安全設計。システム故障時にも物理的原理により自動的に安全停止する構造で、ミリ秒単位の高速な自動停止が可能とされる。
DOME施設
米国アイダホ国立研究所内にある先進的マイクロ原子炉の実証用テストベッド施設。Demonstration of Microreactor Experimentsの略称で、世界初のマイクロ炉専用テスト施設である。
【参考リンク】
Radiant Nuclear(外部)
Radiantが開発するKaleidosの公式サイト。製品仕様、技術情報を掲載
U.S. Department of Energy – HALEU Availability Program(外部)
米エネルギー省のHALEU供給プログラムに関する公式情報ページ
Idaho National Laboratory(外部)
米アイダホ国立研究所の公式サイト。DOME施設を運営する研究機関
U.S. Nuclear Regulatory Commission – Radiant Kaleidos(外部)
米原子力規制委員会によるKaleidos原子炉の事前審査情報ページ
【参考動画】
【参考記事】
Radiant Selected by Department of Energy as First New Nuclear Reactor Design to Be Tested in DOME(外部)
RadiantがDOEに選出、2026年春DOME施設でテスト開始予定を発表
Radiant Completes Study for First Kaleidos Microreactor Experiment(外部)
Radiantが前工程設計プロセス完了、1.2MW電気出力で5年運転設計確定
Development and funding milestones for microreactor project(外部)
RadiantがシリーズC資金調達完了、2030年まで10基以上生産計画発表
Radiant Selected by U.S. Department of Energy to Receive Fuel for First Kaleidos Reactor Test(外部)
RadiantがDOEからHALEU燃料の条件付き割当を正式受諾、テスト実施へ
El Segundo Nuclear Company Radiant Debuts(外部)
LAタイムズによるRadiant詳細レポート、軍事基地活用可能性に言及
【編集部後記】
皆さんは「運搬可能な原子炉」という技術が現実になったとき、どのような社会変化を想像されるでしょうか。災害時の避難所、離島の病院、極地の研究基地——そうした場所で安定した電力が得られることで、どんな新しい可能性が生まれるか考えてみませんか。一方で、小型とはいえ原子炉が身近になることへの不安は計り知れません。技術の進歩と安全性のバランス、そして私たちの暮らしへの影響について、率直なご意見をお聞かせください。2026年のテスト開始、2028年の実用化まであと数年。この「分散型原子力時代」の到来を、皆さんはどう迎えたいと思われますか?