約42,050年前、地球はラシャン・エクスカーションと呼ばれる地磁気異常を経験した。この現象はフランスのラシャン火山地域で最初に発見され、約42,000年前から約790年間続いた。
期間中、地球の磁場強度は現在の0%から6%まで減少し、最も弱い時期には現在の約5%程度まで低下した。磁場の崩壊により太陽風と宇宙放射線が地表に到達し、ベリリウム10や炭素14などの宇宙線生成同位体の生成が大幅に増加した。
この研究は考古学者と地球物理学者の学際チームが実施した。ヨーロッパの考古学的記録では、この時期に洞窟居住が増加し、動物の皮から作られた仕立て服の使用や、骨針を用いた精密な縫製技術が確認された。また、酸化鉄を含むオーカーの使用が増加し、これが紫外線防護の役割を果たした可能性がある。現生人類とネアンデルタール人が共存していた時期であり、現生人類は環境適応により柔軟性を示したが、ネアンデルタール人はより狭い生態学的範囲を持っていた。研究では、この地磁気イベントが人類の行動変化に直接影響を与えた可能性を示している。
From: 41,000 Years Ago, Earth Lost Its Magnetic Shield—Here’s What Happened
【編集部解説】
この研究が示す最も重要な発見は、過去の地磁気異常が人類の行動変化に直接的な影響を与えていた可能性があるという点です。ラシャン・エクスカーションは地球科学分野では長年研究されてきた現象ですが、今回初めて考古学的証拠と組み合わせた学際的アプローチによって、その人類史への影響が具体的に示されました。
地磁気の「双極子崩壊」について補足すると、通常の南北2極から成る地球磁場が複数の弱い極に分散する現象を指します。日本の神戸大学と立命館大学の研究により、この期間中に地磁気極は45年という短期間で北極から南極まで移動し、38年で戻るという極端な変動を繰り返していたことが明らかになっています。
磁気圏はラシャン・エクスカーション期には大幅に収縮し、その結果、通常は極地でしか見られないオーロラが他地域でも頻繁に発生したと推定されています。
この研究の科学的意義は、従来別々に扱われていた地球物理学と考古学を結びつけた点にあります。宇宙線生成同位体(ベリリウム10や炭素14)の増加データと、洞窟居住や仕立て服の使用増加という考古学的証拠の時期的一致は、単なる偶然では説明困難な相関関係を示しています。
特に注目すべきは、現生人類が示した適応戦略の多様性です。骨針や錐を使った精密な縫製技術、オーカー(酸化鉄)の日焼け止めとしての利用など、これらは単なる生存戦略を超えた文化的イノベーションといえるでしょう。
現代への示唆として、地球の磁場は過去200年間で約10%弱くなっており、現在も年間約0.5%のペースで減少し続けています。南大西洋異常帯(SAA)では既に衛星の電子機器障害が頻発しており、これは42,000年前の状況の前兆とも解釈できます。
将来的なリスクとしては、現代社会のGPS、通信衛星、電力グリッドへの依存度を考慮すると、同規模の地磁気異常が発生した場合の影響は古代よりもはるかに深刻になる可能性があります。一方で、現代人は古代にはなかった技術的保護手段(建物、医療、予測技術など)を持っているという利点もあります。
この研究が示すもう一つの重要な観点は、人類の回復力と適応能力の高さです。42,000年前の人類は、惑星規模の環境危機を乗り越えただけでなく、技術革新や芸術表現の発展すら成し遂げました。これは現代の気候変動や環境問題に直面する我々にとって、重要な示唆を含んでいるといえるでしょう。
【用語解説】
ラシャン・エクスカーション
約42,050年前に発生した地磁気異常現象。地球の磁場強度が現在の0-6%まで減少し、磁極が急激に移動した期間が約790年間続いた。フランスのラシャン火山地域で最初に発見されたことからこの名前がついている。
双極子崩壊
通常の南北2極から成る地球磁場が、複数の弱い小さな極に分裂する現象。神戸大学の研究により、地磁気極が45年で北極から南極へ移動する極端な変動を繰り返していたことが判明している。
宇宙線生成同位体
宇宙放射線が大気中の原子と衝突して生成される放射性同位体。ベリリウム10や炭素14が代表的で、過去の宇宙放射線強度を知る指標として使われる。
オーカー(酸化鉄顔料)
天然に産出する酸化鉄を主成分とする黄色から赤褐色の顔料。古代から洞窟壁画や身体装飾に使用されており、紫外線防護効果があることが科学的に確認されている。
年縞堆積物
年ごとに形成される湖底の堆積層。福井県水月湖の年縞堆積物は約7万年にわたる高精度の年代測定を可能とし、平均解像度21年の古地磁気データを提供した。
【参考リンク】
Science Advances(外部)
アメリカ科学振興協会発行の査読付きオープンアクセス学際誌。革新的研究を掲載
神戸大学(外部)
ラシャン・エクスカーション高精度解析研究を主導し地磁気極急速移動現象を解明
福井県年縞博物館(外部)
水月湖年縞堆積物を展示。7万年間の国際標準時間軸として認定された試料提供
【参考記事】
地磁気極が45年で南極大陸へジャンプした(外部)
神戸大学と立命館大学研究チームが水月湖年縞から発見した地磁気極急速移動現象を詳述
4万2000年前の地磁気逆転が地球環境を大きく変化させた(外部)
豪ニューサウスウェールズ大学研究による地磁気強度0-6%低下の発見とカウリマツ年輪分析
約4万年前に地磁気極は45年で北極から南極へ移動(外部)
Communications Earth & Environment誌研究成果と双極子磁場クラスター形成メカニズム解説
【編集部後記】
42,000年前の人類が宇宙からの脅威に直面しながらも、洞窟居住や日焼け止めとしてのオーカー使用など、創意工夫で乗り越えた姿に私たちは何を学べるでしょうか。現在も地球の磁場は年々弱くなっており、衛星やGPSへの依存が高まる現代社会は、むしろ古代よりも脆弱かもしれません。皆さんは普段、スマートフォンの電波障害や停電を経験したとき、どのような対策を考えますか?また、古代人類の適応力を現代の気候変動対策に活かせる知恵があると思われますか?神戸大学の研究が示すように、地磁気極が45年で大移動する現象を知った今、テクノロジーが進歩した現代だからこそ、人類の根本的な回復力について一緒に考えてみませんか。