Microsoftは2024年5月にCopilot+ PC向けの画面活動記録機能「Recall」を発表した。プライバシー問題により当初のリリース計画は延期され、2025年4月にWindows Insider向けプレビュー版として「Windows 11 Build 26100.3902」で再提供された。当初はオプトアウト方式であったが、現在はオプトイン方式に変更されている。
プライバシー重視ブラウザを提供するBrave Softwareは、2025年7月22日に「Brave browser 1.81」においてRecallによるスクリーンショット機能をデフォルトで無効にする対応を発表した。同社のプライバシー・セキュリティ担当副社長Shivan Kaul Sahibは、すべてのBraveタブを「プライベート」として扱うことでRecallからの撮影を阻止すると説明している。
Microsoftは7月15日に「Copilot Vision」を発表した。これはWindows 11のCopilotの機能で、キャプチャした画面をMicrosoftサーバーに送信し、より高度なAIモデルで処理する。Brave 1.81は2025年8月5日にリリース予定である。
From: Nothing to see here: Brave browser blocks privacy-busting Microsoft Recall
【編集部解説】
今回のBraveブラウザによるMicrosoft Recall対応は、プライバシー保護技術の新たな展開として注目すべき動きです。この問題を理解するために、まず技術的背景から解説していきましょう。
Microsoft Recallは、本質的にはAIを活用した包括的な画面監視システムです。従来のキーロガーやスクリーンキャプチャツールが特定の操作に限定されていたのに対し、Recallは数秒間隔で自動的にスクリーンショットを撮影し、OCR(光学文字認識)と大規模言語モデルを組み合わせて、ユーザーの全活動を検索可能なデータベースに変換する仕組みとなっています。
この技術が革新的な点は、単なる記録ではなく「デジタル記憶の外部化」を実現することにあります。ユーザーは「青い靴の写真があったウェブサイト」といった曖昧な記憶を頼りに、過去の活動を瞬時に検索できるようになるわけです。
しかし、この便利さと引き換えに生じるプライバシーリスクは深刻です。特に問題視されているのが、「消えるはずのメッセージの永続化」です。SignalやWhatsAppの自動削除メッセージ、Zoomの録画禁止設定など、既存のプライバシー保護機能がRecallによって無力化される可能性があります。
Braveの対応戦略は技術的に興味深いアプローチを採用しています。Signalが全スクリーンショットを無効化するDRM(デジタル著作権管理)フラグを使用したのに対し、BraveはMicrosoftのSetInputScope APIを活用してすべてのタブを「IS_PRIVATE」として扱う手法を選択しました。これにより、アクセシビリティソフトウェアの機能を損なうことなく、Recallの監視のみを効果的にブロックできます。
この技術的差異は重要な意味を持ちます。Signalの手法は「完全遮断」、Braveの手法は「選択的遮断」と表現できるでしょう。
さらに注目すべきは、Microsoftが同時期に発表したCopilot Visionの存在です。これはキャプチャした画面データをクラウドサーバーに送信し、より高度なAI分析を提供するというものです。つまり、プライバシーの議論は「ローカル監視」から「クラウド監視」へと次のステージに移行しつつあるのです。
この動きが業界に与える影響は計り知れません。まず、ブラウザ開発競争の新たな軸として「プライバシー防御機能」が浮上しています。ChromeやFirefoxなど他の主要ブラウザがどのような対応を取るかが注目されます。
また、デベロッパーエコシステムへの影響も深刻です。現在、Windows 11にはアプリケーションがRecallからの除外を正式に要請する標準的な仕組みが限定的にしか提供されておらず、各開発者が独自の回避策を実装せざるを得ない状況が生まれています。
長期的視点で見ると、この問題は「監視資本主義とプライバシー権の境界線」を明確にする重要な分水嶺となる可能性があります。EUのGDPRやカリフォルニア州のCCPAなど、プライバシー規制の強化が進む中で、RecallのようなAI監視技術がどこまで許容されるかは、今後の規制動向を左右する要因となるでしょう。
技術的ポテンシャルの観点では、Recallが実現する「完全なデジタル記録」は、認知支援、教育、生産性向上において革命的な可能性を秘めています。特に記憶障害を持つ方や、複雑な作業フローを扱う専門職にとって、この技術は大きな恩恵をもたらす可能性があります。
一方で、権威主義的政府による悪用リスクも指摘されています。政府がRecallデータへのアクセスを要求した場合、市民の全デジタル活動が監視対象となる危険性は否定できません。
今回のBraveの決断は、単なる技術的対応を超えて、「テクノロジー企業の社会的責任」に関する重要な問題提起でもあります。便利さと引き換えにプライバシーを犠牲にするのか、それとも不便さを受け入れてでもプライバシーを守るのか—この選択は、今後のテクノロジー発展の方向性を決定づける重要な分岐点となるでしょう。
【用語解説】
Microsoft Recall
Windows 11のCopilot+ PC向けに開発されたAI機能で、ユーザーの画面活動を継続的に自動撮影し、OCR(光学文字認識)技術により検索可能なデータベースとして保存する。
OCR(光学文字認識)
画像内の文字を識別してテキストデータに変換する技術。Recallでは画面のスナップショットから文字情報を抽出し、自然言語での検索を可能にする。
Copilot+ PC
Microsoftが2024年に発表したAI処理に最適化されたWindows PC。NPU(Neural Processing Unit)を搭載し、ローカルでのAI処理性能を向上させている。
DRM(デジタル著作権管理)
デジタルコンテンツの不正利用を防ぐ技術。Signalはこの仕組みを利用してRecallによるスクリーンショット撮影を防いでいる。
オプトイン/オプトアウト
オプトインは利用者が明示的に同意した場合のみ機能を有効にする方式、オプトアウトは初期設定で有効になっており利用者が無効化を選択する方式。
Chromium
Googleが開発するオープンソースのWebブラウザエンジン。Chrome、Edge、Braveなど多くのブラウザの基盤となっている。
SetInputScope API
Microsoftが提供するWindows APIの一つで、入力フィールドの性質を定義する。IS_PRIVATEスコープを設定することでRecallによる撮影を防ぐことができる。
【参考リンク】
Brave Software公式サイト(外部)
プライバシー重視のWebブラウザを提供する企業の公式サイト
Microsoft Copilot公式サイト(外部)
MicrosoftのAIアシスタントサービスの日本語公式ページ
Signal Foundation公式サイト(外部)
プライベートメッセージングアプリSignalを運営する非営利団体
Brave Browser GitHub(外部)
Braveブラウザのソースコードを公開するGitHubリポジトリ
【参考記事】
Brave blocks Microsoft Recall by default(外部)
BraveによるMicrosoft Recall対応の公式発表記事
Brave blocks Windows Recall from screenshotting(外部)
セキュリティ専門メディアによる詳細な技術解説記事
Brave’s browser now blocks Microsoft Recall(外部)
PC Worldによる実用的な解説とユーザー向け対策記事
Next Brave Browser release will block Windows(外部)
技術系メディアによるBrave 1.81の機能詳細解説
【編集部後記】
今回のBraveとMicrosoft Recallを巡る動きを見て、皆さんはどう感じられましたか?便利さとプライバシーのトレードオフという古典的なテーマが、AI時代の今、より複雑で切実な問題として私たちの前に立ちはだかっています。普段お使いのブラウザやアプリで、プライバシー設定をどの程度意識されているでしょうか?また、将来的にAIが私たちの日常をサポートしてくれる時代において、どこまでの「便利さ」なら受け入れられそうですか?この分野は技術進歩のスピードが速く、私たち編集部も日々学びながら情報をお届けしています。ぜひSNSで、皆さんの率直な感想や疑問をお聞かせください。一緒に考えていけたら嬉しいです。