FBIは2025年7月23日、サイバー犯罪集団「The Com」のサブセット「In Real Life(IRL)Com」が10代の若者を勧誘して契約殺人、誘拐、武装強盗、刺傷、暴行、ブリッキングといった現実世界での暴力犯罪を実行させていると警告した。
この組織は「violence-as-a-service(暴力のサービス化)」と呼ばれるビジネスモデルを展開し、各暴力行為に価格を設定してオンラインで投稿している。メンバーの多くは未成年者で、主に10代の男子である。英国国家犯罪対策庁も同様の警告を発出している。
フィンランド警察は2025年5月に「The Com」が子どもや若者を操作して極度の暴力を使用させることについて警告した。また先月(2025年6月)、14歳を含む7名が暗号化メッセージアプリを使って他の10代を契約殺人に雇ったとして逮捕、またはデンマーク当局に自首した。
IRL Comは「Swatting」と呼ばれる偽通報サービスも提供し、収益獲得やメンバー統制に利用している。2022年10月から2023年4月にかけて米国とカナダでアクティブシューター脅迫通報を行った英国人3名が逮捕されている。
From: IRL Com recruits teens for real-life stabbings, shootings, FBI warns
【編集部解説】
今回のIRL Com事案は、サイバー犯罪が物理的な暴力犯罪へと進化した極めて深刻な事例として捉える必要があります。FBI公式文書によると、この組織は単なる愉快犯の集まりではなく、高度に組織化された犯罪ネットワークであることが確認されています。
「The Com」の全体像と三つのサブセット
「The Com」は「The Community」の略称で、主に英語圏を中心とした国際的なサイバー犯罪集団です。FBIの最新情報によると、この組織は三つの主要なサブセットから構成されています。まず「Hacker Com」は技術的に高度なサイバー犯罪者の集団で、ランサムウェア・アズ・ア・サービス(RaaS)グループとの関連も指摘されています。次に今回警告された「IRL Com」は、デジタル空間での犯罪手法を現実世界の暴力行為に応用する部門です。三つ目のサブセットについては詳細な情報はまだ限定的ですが、組織の多層化が進んでいることが分かります。
Violence-as-a-Service(VaaS)の衝撃的なビジネスモデル
「暴力のサービス化」という概念は、従来のSoftware-as-a-ServiceやInfrastructure-as-a-Serviceといったクラウドビジネスモデルを犯罪分野に応用したものです。FBI文書によると、この組織は銃撃、誘拐、武装強盗、刺傷、暴行といった暴力行為に具体的な価格を設定し、オンラインマーケットプレイスのように運営しています。技術的には暗号化通信アプリやソーシャルメディアを活用し、匿名性を保ちながら契約を成立させる仕組みを構築しています。
SIMスワッピングコミュニティからの発展
特に注目すべきは、IRL Comが元々SIMスワッピングコミュニティから派生したという点です。SIMスワッピングは被害者の携帯電話番号を攻撃者の端末に移行させ、二要素認証を回避してアカウントを乗っ取る手法ですが、このコミュニティ内での対立が現実世界の暴力へと発展し、やがて独立した犯罪市場として確立されました。これは、デジタル犯罪の進化過程を示す興味深い事例でもあります。
Swattingの新たな脅威レベル
Swattingとは、虚偽の緊急通報によって武装警察部隊(SWAT)を他者の住所に出動させる嫌がらせ行為です。従来は個人的な恨みやオンラインゲーム内の対立から発生することが多かったのですが、IRL Comはこれを収益化手段として体系化しています。さらに深刻なのは、組織内のメンバー統制手段としても使用されている点で、命令に従わないメンバーやその家族がSwattingの標的になる可能性があります。
グローバル化した法執行の課題
この事案が示す最も深刻な問題の一つは、犯罪の国際化と法執行機関の対応能力のギャップです。デンマークでの14歳を含む逮捕者、フィンランド警察の警告、英国での合同捜査など、各国が連携して対応に当たっていますが、暗号化技術や仮想通貨の普及により、犯罪者の特定と追跡は極めて困難になっています。
青少年のオンライン安全に対する新たな指針
従来のサイバーセキュリティ教育は、フィッシング詐欺やマルウェア対策が中心でした。しかし今回の事案は、オンラインでの関係性が現実世界の暴力に直結するリスクを示しており、教育アプローチの抜本的な見直しが必要です。特に、脅迫や恐喝によって犯罪に巻き込まれる可能性について、保護者と青少年の双方が理解を深める必要があります。
長期的な社会への影響
この事案は単なる犯罪事件を超えて、デジタル社会の発展方向性に重要な示唆を与えています。技術の進歩が必ずしも人類の福祉向上に寄与するとは限らず、負の側面への対策が不可欠であることを明確に示しています。法制度、教育システム、技術開発の各分野において、人間の安全と尊厳を最優先とした取り組みが求められています。
今後、AI技術のさらなる発展により、こうした犯罪手法はより巧妙化する可能性が高く、社会全体での継続的な警戒と対策が不可欠となるでしょう。
【用語解説】
Violence-as-a-Service(VaaS):
暴力のサービス化。銃撃、誘拐、武装強盗、刺傷、暴行などの暴力行為を商品化し、オンラインで価格表を公開して請け負うビジネスモデル。従来のSoftware-as-a-ServiceやInfrastructure-as-a-Serviceといったクラウドサービスモデルを犯罪分野に応用したもの。
Swatting:
虚偽の緊急通報により、武装警察部隊(SWAT)を他者の住所に出動させる嫌がらせ行為。偽の銃撃事件や爆弾脅迫を通報することで、被害者の自宅に大規模な武装警察の対応を引き起こす犯罪手法。
SIMスワッピング:
被害者の携帯電話番号を攻撃者の端末に移行させ、二要素認証を回避してアカウントを乗っ取る手法。携帯電話会社の従業員を騙すソーシャルエンジニアリングが主要な手段。
ブリッキング:
電子機器を物理的または論理的に破壊し、使用不能にする行為。「レンガ(brick)のように役に立たない状態にする」という意味から名付けられた。
ランサムウェア・アズ・ア・サービス(RaaS):
ランサムウェアを商品化し、技術的知識のない犯罪者でも利用できるよう提供するビジネスモデル。Hacker Comの一部メンバーがこのサービスと関連していることが判明している。
【参考リンク】
英国国家犯罪対策庁(National Crime Agency)(外部)
英国の重大組織犯罪対策を担う法執行機関。The Comやその他のサイバー犯罪集団に関する警告や対策情報を発信
FBI サイバー犯罪部門(外部)
FBIのサイバー犯罪捜査に関する公式ページ。海外の敵対者、犯罪者、テロリストによるサイバー攻撃の調査を担当
CISA(サイバーセキュリティ・インフラセキュリティ庁)(外部)
米国のサイバー防衛機関として、重要インフラの保護とサイバーセキュリティに関する情報を提供する政府機関
【参考記事】
In Real Life (IRL) Com: Violent Subset of The Community (Com) is a Growing Threat to Youth(外部)
FBI公式の警告文書。IRL Comが提供する暴力サービスの詳細、価格設定、勧誘手法、対策について包括的に説明
Cyber Criminal Subset of The Community (Com) is a Rising Threat to Youth(外部)
同じく7月23日に発表されたHacker Comに関するFBI警告文書。The Comの技術的側面を担う組織について詳述
Potent youth cybercrime ring made up of 1000 people, FBI official says(外部)
Scattered SpiderとThe Comの全体像について、FBI幹部による発言を基に約1,000人規模の組織であることを報告
CISA, FBI warn of Scattered Spider expertise with social engineering(外部)
CISAとFBIが共同で発表したScattered Spiderに関する警告。ソーシャルエンジニアリングとSIMスワッピングの専門技術について詳細に説明
FBI Issues Advice on ‘Swatting’ Threat Across US(外部)
米国におけるSwatting事件の増加とFBIの対応について報じたNewsweekの記事。被害者の体験談や予防策についても詳しく解説
【編集部後記】
今回のIRL Comの事案を読んで、皆さんはどう感じられたでしょうか?私たちが日常的に使っているソーシャルメディアや暗号化アプリが、このような形で悪用される現実に直面すると、テクノロジーの進歩と社会の安全性のバランスについて深く考えさせられます。特に気になるのは、被害者の多くが10代の若者だという点です。デジタルネイティブ世代の技術的な素養が、こうした犯罪組織に狙い撃ちされている現状をどう捉えるべきでしょうか?また、私たち大人は、身近な若者たちがこのような脅威にさらされていることを、どれほど認識できているでしょうか?もしよろしければ、皆さんのお考えやご経験を教えていただけませんか?テクノロジーの光と影について、一緒に考えを深めていければと思います。