米国防総省、F-35戦闘機の中国製部品追跡できず GAO報告書で供給網管理の深刻な不備が判明

米国防総省、F-35戦闘機の中国製部品追跡できず GAO報告書で供給網管理の深刻な不備が判明

米国政府監査院(GAO)は2025年7月24日に報告書を公表し、国防総省(DoD)が連邦調達データシステム(FPDS)で装備部品の原産国を適切に管理していないと指摘した。

2020〜2024年にDoDが購入したマイクロ回路契約のほぼ100%が「米国製」と記録されていたが、DoD推計ではマイクロエレクトロニクスの生産88%、組立・試験98%が台湾・韓国・中国で行われている。戦闘機F-35に関する115件中114件の契約も米国製とされていたが、DoDは下請業者の調達先を把握していない。

2022年9月、ロッキード・マーティンがハネウェル製エンジン部品の磁石に中国製サマリウム・コバルト合金を発見し、DoDはF-35の納入を一時停止した。DoDはサプライヤーへの原産国情報報告を任意で求めたが回答率は10%にとどまり、GAOは追跡システム構築や供給網情報の契約義務化など3項目を勧告した。

From: 文献リンクWeapons jam: Pentagon sucks at removing foreign objects from its gear, auditors say

【編集部解説】

国防総省(DoD)が装備品の部品原産国を把握できていない問題は、単なるデータ管理の不備にとどまらず、地政学リスクと軍事技術の競争力を同時に揺るがす深刻な課題です。以下では、技術的背景と影響範囲を整理しつつ抑えるべきポイントを解説します。

なぜ「原産国トラッキング」が難航しているのか

FPDS(連邦調達データシステム)は契約単位で国名を入力する仕様で、部品レベルの情報欄がないため、元請企業が米国籍であれば事実上「米国製」と処理されます。DoDはサプライヤーに自主報告を求めましたが回答率は10%に留まり、義務化のコストや企業の抵抗を理由に踏み込めていません。半導体など高度な部材は台湾・韓国・中国に製造集積が偏在しており、米国内で代替を確保するには数年単位の投資が必要です。

技術・安全保障へのインパクト

F-35戦闘機では2022年9月、ハネウェル製エンジン部品の磁石に中国製サマリウム・コバルト合金が混入していることが発覚し、納入が一時停止しました。部品一つの起源が不明確なだけで運用が停滞するリスクが顕在化した事例です。レアアース輸出規制の強化や台湾海峡の緊張は、サプライチェーン遮断の現実味を高めています。可視化が不十分なままだと、将来的に兵站が麻痺する可能性があります。

期待されるポジティブな展開

DoDは2025年1月の国防商業委員会勧告を実施するためのオフィスを設置し、データ標準化と部品トレーサビリティの改善を計画しています。民間でもRFIDやブロックチェーンを用いたサプライチェーン管理ツールが成熟しており、軍事用途への転用が進めばリアルタイム監査が可能になります。近年進む「フレンドショアリング(同盟国への生産移転)」は、国内回帰だけではなく日欧企業にも商機を提供します。

潜在的なリスクと規制動向

サプライヤーに原産国データを強制提出させる場合、コスト上昇や納期遅延が懸念されます。特に中小の下請けは情報管理インフラを持たず、調達網の再編が必要になります。データ共有を進めるには機微技術情報の保護が前提であり、米国のITAR/EAR規制や各国のNDAとの整合性が課題です。透明性向上が不十分なまま制裁が強化されると、合法素材でも「疑わしきは排除」となる恐れがあり、結果的に調達先が縮小しコスト爆発を招くリスクがあります。

長期的視点:日本企業への示唆

半導体後工程や磁性材料で強みを持つ国内企業は、信頼できるサプライヤーとして米国防需の需要を取り込む機会が拡大します。一方で、部品の出所証明やサイバーセキュリティ認証(CMMCなど)への対応が必須となり、調達プロセスの厳格化に伴う投資が求められます。

まとめ

部品原産国トラッキングは「いつ・どこで作られたか」を証明するだけでなく、兵器体系全体の可用性と外交リスクを左右します。DoDが本腰を入れてサプライチェーン可視化に取り組むかどうかは、同盟国企業の参入機会にも直結します。テクノロジー企業としては、透明性を担保する仕組みを製品設計段階から組み込むことが、今後の競争力を左右する鍵となるでしょう。

【用語解説】

GAO(Government Accountability Office)
米国政府監査院。議会直属の調査機関で、政府機関の業務効率性や予算執行の適切性を監査し、議会に報告する役割を担う。

FPDS(Federal Procurement Data System)
連邦調達データシステム。米国政府の全省庁が行う契約情報を一元管理するデータベースシステム。契約金額、業者名、調達品目などを記録するが、部品レベルの原産国情報は含まれていない。

DFARS(Defense Federal Acquisition Regulation Supplement)
国防連邦調達規則補則。国防総省の調達に関する特別規定で、中国・イラン・北朝鮮・ロシア製の特殊金属や合金の使用を禁止している。

サプライチェーン・イルミネーション(Supply Chain Illumination)
供給網の透明化。多層構造となった調達網において、原材料から最終製品まで全ての段階での部品原産地や製造業者を可視化する取り組み。

レアアースミネラル
希土類元素。ネオジムやサマリウムなど17種類の金属元素の総称で、磁石や電子部品の製造に不可欠。中国が世界生産の約8割を占める。

マイクロエレクトロニクス
微細電子技術。半導体チップ、センサー、メモリなど小型化された電子部品の総称。軍事装備では通信、制御、情報処理システムに使用される。

フレンドショアリング
友好国移転。地政学リスクを回避するため、製造拠点を敵対国から同盟国や友好国へ移転する戦略。ニアショアリング(近隣国移転)の発展形。

サマリウム・コバルト合金
レアアース元素のサマリウムとコバルトから成る永久磁石材料。高温耐性と磁力保持力に優れ、航空機エンジンや軍事装備の重要部品に使用される。

【参考リンク】

Government Accountability Office(GAO)(外部)
米国政府監査院の公式サイト。今回のDoD供給網に関する報告書も本サイトから入手可能

ロッキード・マーティン(外部)
F-35戦闘機の主契約者である米国大手防衛企業。航空宇宙から宇宙システムまで4事業部門を運営

ハネウェル・インターナショナル(外部)
F-35のエンジン部品を製造する米国の多国籍複合企業。航空宇宙から安全・生産性ソリューションまで展開

Federal Procurement Data System(FPDS)(外部)
連邦調達データシステムの公式サイト。米国政府の契約情報を検索・閲覧できるポータルサイト

【参考記事】

米国防総省、F35戦闘機の新規納入を停止 エンジンに中国製材料(外部)
2022年9月のF-35納入停止事件について、ハネウェル製エンジン部品の潤滑油ポンプに中国製合金使用を詳報

F35戦闘機に中国製の材料、米国防総省が納入停止(外部)
F-35の中国製合金問題について、2022年時点で納入済み825機すべてに同部品が含まれていたことを報道



【編集部後記】

今回の米国防総省の供給網管理問題を見ていて、皆さんはどう感じられましたか?私たちが日常使うスマートフォンや車にも、実は似たような「見えない供給網」が存在しています。製品のラベルには「Made in Japan」と書かれていても、実際は世界中の部品が組み合わさって作られているのが現実です。この記事を読んで、普段お使いの製品について「この部品はどこで作られているんだろう?」と疑問に思ったことはありませんか?また、企業が部品の出所を完全に把握することの難しさについて、どのような解決策があると思われますか?皆さんのご意見や体験談をSNSでぜひお聞かせください。テクノロジーの透明性について、一緒に考えを深めていければと思います。

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