軌道データセンターの野心と現実|Starcloud・SpaceX計画が直面する宇宙の過酷さ

軌道データセンターの野心と現実|Starcloud・SpaceX計画が直面する宇宙の過酷さ

Starcloudは2024年12月に1,100万ドル、2025年2月に1,000万ドルを調達し、総額2,100万ドルでSpaceXライドシェア打ち上げによる軌道データセンター実証を計画している。

構想では4 km×4 km、5 GWの太陽光パネルと多数のコンテナ型計算モジュールを使用する。軌道到達には秒速7.8 kmの加速が必要で、市販サーバーは振動で破損するため宇宙仕様への改造が不可欠である。技術者派遣費用はLEOで最低2人・1人あたり2,000万〜5,000万ドル。

2025年のNASA論文は太陽嵐でStarlink衛星が早期機能停止した事例を報告した。宇宙デブリ連鎖衝突(ケスラー症候群)もリスクとなる。

From: 文献リンクOrbital datacenters subject to launch stress, nasty space weather, and expensive house calls

【編集部解説】

打ち上げ時の大加速度と振動に耐える宇宙仕様サーバー開発は、現行データセンター機器の設計思想を根底から見直す作業です。米ヒューレット・パッカード・エンタープライズがISSで行うSpaceborne Computer計画は1U級サーバーを対象としていますが、Starcloudが目指すコンテナ級ラックは桁違いの熱密度を抱えます。宇宙真空は放熱先が限定されるため、ラジエーター面積の確保と流体ループの冗長化が必須になります。

宇宙天気の影響も深刻です。2025年3月26日に公表された論文では、同年2月の質量放出イベントがStarlink衛星43機を早期廃棄に追い込みました。キャリントン級では3 mm厚アルミ遮蔽後で10 krad超の線量が想定され、半導体の累積耐性を上回るおそれがあります。システムレベルのフォールトトレランスと自己修復機構が要件化するでしょう。

SpaceX Starshipは2025年5月27日までに9回飛行し、4回は主要目標を達成しました。完全再使用ロケットの打ち上げ単価低減が進む一方、現状でも大型機材の輸送費は1 kgあたり2,000ドル規模で、ODC本体だけで数億ドルに達します。

一方、防衛向けセンサーデータ即時解析、月面産業基地の制御、SAR衛星データ前処理など、地球帰還を待てない用途では小型ODCが現実解となりつつあります。Axiom SpaceとRed Hatは2025年春にISSへAxDCU-1を打ち上げ、Linuxベースのエッジ処理を評価する予定です。段階的な小規模実証を積み重ねることで、将来の大規模ODCへの技術的階段が築かれると見込まれます。

国際宇宙法上、衛星は打ち上げ国の管轄下に置かれるため、軌道データセンターは事実上の「宇宙データ駐在公館」となります。データ主権を巡る国家間交渉や、宇宙ゴミ除去を義務化する新しい保険スキームの設計が、今後の規制議論を左右するでしょう。

【用語解説】

軌道データセンター(ODC)
低地球軌道など宇宙空間に設置するデータ処理施設。

低地球軌道(LEO)
地表160〜2,000 kmの軌道領域。通信遅延が短い。

ケスラー症候群
宇宙デブリ衝突が連鎖的に増える理論。

キャリントン事象
1859年の最大級太陽嵐。

合成開口レーダー(SAR)
雲や夜間でも撮影できる高解像度レーダー。

Y Combinator
米スタートアップアクセラレーター。

【参考リンク】

OrbitsEdge(外部)
宇宙対応データセンターモジュールを開発する米フロリダの企業。

Axiom Space(外部)
商業宇宙ステーション「Axiom Station」を建設し、AxDCU-1実証を計画。

Red Hat(外部)
オープンソース基盤のエンタープライズLinuxを提供し、宇宙エッジ実証に協力。

SpaceX(外部)
Starshipによる再使用ロケットで軌道輸送コスト低減を目指す。

Lonestar Data Holdings(外部)
月面データ保全サービス「RaaS」を開発する米企業。

【参考記事】

SpaceX reached space with Starship Flight 9 launch, then lost control(外部)
2025年5月27日のStarship Flight 9の結果と再使用状況を詳報。

HPE Spaceborne Computer-2 Launches to ISS(外部)
宇宙空間でのサーバー運用実証データを提供。

【編集部後記】

宇宙にデータセンターを置くという発想は、SFではなく現実の資金とロケットによって少しずつ形になりつつあります。もし自分のサービスを地上でなく軌道で動かせるなら、どのような価値が生まれると思いますか? みなさんの「宇宙でやってみたい計算」をぜひ共有してください。

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