Canalysが2025年7月28日に発表した調査によると、初めてインドが中国を上回り、米国向けスマートフォン製造の最大ハブとなった。
Appleが中国で組み立てるスマートフォンの割合は2024年第2四半期の61%から2025年第2四半期に25%へ急減し、この変化に伴ってインドのシェアは13%から44%に上昇した。ベトナムも24%から30%に増加している。
この変化はAppleの「China Plus One」戦略の一環で、米中間の貿易摩擦を背景とした中国依存脱却の動きを反映している。かつてトランプ大統領は、中国からの輸入品に最大145%という高率関税を課す可能性を示唆したが、後にスマートフォンは対象から除外された経緯がある。
一方でトランプ大統領はApple CEOのティム・クックに対し繰り返し、インドでの製造拡大ではなく米国での生産拡大を求めている。なお2025年第2四半期の米国スマートフォン売上は前年同期比1%増にとどまり、Appleは11%減、Samsungは38%増となった。
From: India eats China’s lunch in US smartphone manufacturing
【編集部解説】
このニュースは、単なる製造業の地理的変化ではなく、21世紀のテクノロジー業界における構造的転換点を象徴する出来事として理解する必要があります。
まず注目すべきは、この変化の圧倒的なスピードです。Appleの中国からインドへの生産移管が、わずか1年間で中国でのスマートフォン組み立て比率を61%から25%まで急減させたという事実は、従来のサプライチェーン戦略の概念を根本的に覆すものです。これほど短期間での製造拠点の大規模移転は、テクノロジー業界史上でも稀な現象といえるでしょう。
この急激な変化を促した要因として、地政学的リスクの具現化があります。トランプ政権下で145%という極めて高い関税率が中国製品に対して検討されたことは、企業のリスク管理戦略に深刻な影響を与えました。興味深いのは、最終的にスマートフォンが関税対象から除外されたにも関わらず、企業側は既に始動していた供給網多様化を継続したことです。これは、一度生じた地政学的不安定性が、短期的な政策変更では解消されない構造的問題として認識されていることを示しています。
技術的な観点から見ると、AppleがiPhone 16シリーズの製造をインドで拡大していることは特筆すべき進展です。従来、最新鋭のスマートフォン製造には極めて高度な技術と品質管理が要求され、これらは長年中国の工場が独占してきた領域でした。インドでの最新機種製造拡大は、インドの製造技術レベルが世界最高水準に到達したことを意味し、グローバル製造業のパワーバランスに大きな変化をもたらす可能性があります。
しかし、この変化には新たな課題も浮上しています。FoxconnがインドからChinese engineers and techniciansを数百人規模で撤退させたという報告は、製造品質の維持に対する懸念を示唆しています。これは中国政府による技術流出抑制策の一環とみられ、インドでの生産効率低下のリスクを示しています。
一方で、この急激な変化は新たなリスクも内包しています。トランプ大統領が繰り返しApple CEOのティム・クックに対し、インドでの製造拡大を停止し米国での生産に注力するよう要求していることは、インドでの製造拠点確立が必ずしも安定的な解決策ではないことを示唆しています。企業は今後、中国、インド、米国という3つの大国間の政治的駆け引きの中で、より複雑な戦略的判断を迫られることになります。
市場への影響として見逃せないのは、米国スマートフォン市場の需要低迷です。全体の成長率がわずか1%にとどまる中で、Appleの売上が11%減少し、Samsungが38%増加したという対照的な結果は、消費者の購買行動に変化が生じていることを示しています。これは、高価格帯製品への需要減退と、コストパフォーマンスを重視する傾向の強まりを反映している可能性があります。
長期的な視点では、この変化は「Tech for Human Evolution」という我々のコンセプトにおいて重要な示唆を与えています。テクノロジー製品の製造拠点多様化は、単一地域への過度な依存リスクを軽減し、より安定したイノベーション環境の構築につながる可能性があります。同時に、インドのような新興国での高度製造業発展は、グローバルなテクノロジー人材の育成と技術移転を促進し、人類全体の技術的進歩に寄与することが期待されます。
ただし、この変化が最終的に消費者にとってプラスになるかは、今後の展開次第です。製造コストの増加が製品価格に転嫁される可能性や、新たな供給網における品質管理の課題など、解決すべき問題は少なくありません。我々は引き続き、この歴史的転換点がテクノロジー業界と人類の未来にどのような影響をもたらすかを注視していく必要があるでしょう。
【用語解説】
China Plus One戦略
企業が中国での製造拠点に加えて、リスク分散のために他国にも生産拠点を構築する戦略である。地政学的リスクやサプライチェーンの集中リスクを回避することが目的である。
PLI(Production Linked Incentive)スキーム
インド政府が2020年に導入した製造業支援制度で、現地生産に対して売上高の一定比率を奨励金として支給する。Apple等の国際企業のインド進出を促進している。
ODM(Original Design Manufacturer)
相手先ブランド名製造を行う企業形態の一つである。製品の設計から製造まで一貫して請け負い、発注企業のブランド名で販売される製品を製造する。
EMS(Electronics Manufacturing Services)
電子機器製造受託サービスである。電子機器の設計から製造、物流、アフターサービスまでを包括的に請け負う事業形態である。
【参考リンク】
Canalys(外部)
シンガポール拠点の世界的テクノロジー市場調査会社。スマートフォン等の分析専門
Apple(外部)
iPhone等の革新的製品で知られるアメリカの多国籍テクノロジー企業
Samsung(外部)
韓国最大の財閥企業で、Androidスマートフォンで世界トップクラスのシェア
Motorola(外部)
アメリカ発祥で現在レノボ所有の通信機器メーカー。手頃価格のスマホが特徴
Foxconn Technology Group(外部)
台湾本社の世界最大EMS企業。AppleのiPhone等多数の電子機器製造を受託
【参考記事】
Apple to move assembly of US phones to India in shift away from China(外部)
Al Jazeeraが報じたAppleの2026年末までの米国向けiPhone組み立てインド移転計画
Can India replace China for Apple’s iPhones?(外部)
Deutsche Welleによるインドが中国代替製造拠点になれるかのコスト面分析記事
Trump’s $499 smartphone will likely be made in China(外部)
CNBCによるトランプフォンの製造地と「Made in America」表記信憑性の専門家分析
【編集部後記】
この記事を読んでいる皆さんは、今まさにテクノロジー業界の歴史的転換点を目撃しています。スマートフォン製造拠点の急激な変化は、私たちが日常的に使っているデバイスがどこで、どのように作られているかという根本的な問題を浮き彫りにしています。皆さんご自身のスマートフォンも、もしかするとインド製かもしれません。製造情報は「設定」に記載されているため、ぜひ確認してみてください。そして考えてみてほしいのです。製造国が変わることで、私たちが受け取る技術やサービスの質は変わるのでしょうか?価格への影響はどうでしょうか?この変化は単なる経済的な話ではなく、私たちの未来の生活に直結する問題です。皆さんはこの製造拠点の多様化について、どのようにお考えになりますか?