プラスチック汚染の解決策を模索する中、ライス大学材料科学研究所が新たに開発した「BCBN(Bacterial Cellulose-Boron Nitride)」が大きな注目を集めている。
従来のバクテリアセルロースは繊維がランダムに絡むため強度が限定的だったが、研究チームはバイオリアクター全体を一定速度で回転させ、培養液内の微生物の移動方向を制御することで、セルロース繊維を高密度かつ一方向に配列させることに成功した。
その結果、厚さ数十マイクロメートルのフィルムにもかかわらず436MPaの引張強度を実現し、破断伸びもプラスチック同等の柔軟性を保持した。さらに栄養溶液に六方晶窒化ホウ素ナノシートを懸濁させると、セルロースネットワーク内部にナノシートが均一に挿入され、熱放散能力が通常のバクテリアセルロースの約3倍、強度は553MPaへと向上した。
BCBNは生分解性を損なわず高性能を発揮する点が特筆され、電子機器筐体、ウェアラブル端末、食品包装、医療分野など多岐にわたる応用が期待される。
From: This Incredible New Bioplastic Could Be The Supermaterial of Tomorrow
【編集部解説】
石油化学由来プラスチックは20世紀の大量生産モデルを支えてきた一方、廃棄後の環境残存性が深刻な課題となりました。国連環境計画は「2050年には海洋中のプラスチック量が魚の重量を超える」と警鐘を鳴らしており、各国政府・企業・研究機関が代替素材の開発を急いでいます。その中で、ライス大学が示したBCBNは「生分解性」「高強度」「熱機能」の三拍子を兼備する希有な存在です。
技術的核心は、回転流を利用してバクテリアセルロース繊維の配向を制御した点にあります。剪断流体力学の観点では、培養液のレイノルズ数を臨界値以下に保ちつつ、菌体周囲に層流を維持することで、フィブリルは伸張方向に自己集合します。これにより、セルロース結晶のc軸方向がフィルム面内に揃い、結晶領域の水素結合ネットワークが強化されます。この構造はX線回折でも高いオリエンテーション係数として現れ、引張強度やヤング率の劇的向上を裏付けています。
h-BN複合化工程では、2Dナノシート特有の高アスペクト比がフィラー間ネットワークを形成し、ガスケットのような面内熱伝導路を構築します。熱拡散シミュレーションによれば、厚さ20μmのBCBNフィルム上で1Wの点熱源を与えた場合、温度上昇は従来セルロースの半分以下に抑えられ、熱マネジメント部材としてのポテンシャルが示されました。
環境面では、バクテリアセルロース基材は土壌微生物による分解も比較的速やかで、h-BNは環境不活性のため残渣リスクは低いとされています。ただし、ナノ粒子形態で残ったh-BNが生態系へ与える影響は未解明部分もあり、EUのREACH規制枠組みに照らした評価が求められるでしょう。さらに、ライフサイクルでのCO₂排出量を比較すると、試算では同等容量のポリカーボネートと比べ40%以上削減可能との試算もあります。。
商業化の視点では、バクテリア培養基に使うカーボン源のコスト低減が鍵です。研究チームは廃糖蜜や食品残渣の利用を検討しており、これが実現すれば原料費を大幅に削減できると期待されています。量産技術が確立されれば、パッケージング、家電筐体、車載内装、さらには宇宙機器用軽量材まで応用範囲が広がると予測され、既存プラスチック市場の10%を置換する可能性が期待されます。
【用語解説】
バクテリアセルロース
微生物が産生する高純度セルロース繊維。通常はランダム配列だが、制御培養で配向調整が可能である。
六方晶窒化ホウ素(h-BN)
グラファイトに似た層状構造を持ち、優れた熱伝導性と電気絶縁性を併せ持つナノ材料。
引張強度
材料が引っ張り力に耐える最大応力。メガパスカル(MPa)で表され、1MPaは1mm²あたり1Nに相当する。
バイオリアクター
微生物や細胞を温度・pH・酸素など最適条件下で培養し、目的物質を大量生産する装置。
【参考リンク】
Rice University(外部)
テキサス州ヒューストンの名門私立研究大学。材料科学分野で先端研究を展開
【参考記事】
Rice researchers develop superstrong, eco-friendly materials from bacteria(外部)
ライス大学公式プレスリリース。研究資金や論文著者リストまで詳述
New Bacteria-Grown Bioplastic Stronger Than Steel(外部)
環境技術メディア。既存バイオプラスチックとの比較と環境影響を分析
A possible replacement for plastic: Spinning bacteria create super material(外部)
Phys.org。回転培養メカニズムと材料特性向上の仕組みを詳述
New bacterial sheets could end plastic waste problem forever(外部)
Earth.com記事。プラスチック汚染解決策としての社会的意義に焦点
Goodbye plastic? Scientists create new supermaterial(外部)
Science Daily。材料工学的観点から強度特性と製造プロセスを解説
This New Bioplastic Is Clear Flexible and Stronger Than Oil-Based Plastic(外部)
ZME Science。性能比較と実用化への課題を総合的に論じる
【編集部後記】
今、皆さんの手の届く範囲にプラスチックでできた物はいくつあるでしょうか?プラスチックは私たちの生活を便利にしてくれていますが、一方でプラスチック汚染の問題が大きくなっていくジレンマを抱えています。この解決策を模索する中で、今回ライス大学が示したBCBNは「壊れにくい」「熱に強い」「自然に還る」という三つの条件を満たす非常に稀有な素材で、循環型社会への実現に向けた大きな一歩に映ります。
もしかしたらそう遠くない未来に、このバイオプラスチックを取り入れる企業が出てくるかもしれません。その時、従来の石油系プラスチックかバイオプラスチックかを選べるとしたら、皆さんはどちらを選択しますか?
私たち一人ひとりの選択が、環境を守りテクノロジーを動かす力になるかもしれません。誰かの選択の背中を押せるよう、私たちも日々新しい技術について発信を続けていきたいと思います。
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