カニ・ロブスターが痛みを感じる!?甲殻類痛覚研究が食品業界に与える衝撃|生茹で禁止の動き

カニ・ロブスターが痛みを感じる!?甲殻類痛覚研究が食品業界に与える衝撃|生茹で禁止の動き

スウェーデン・ヨーテボリ大学海洋生物学研究所は、カニなどの甲殻類の痛覚を裏付ける論文を発表した。

研究ではイチョウガニを対象に、von Freyヘアによる0.8 g〜10 gの機械刺激と5%酢酸による化学刺激を実施し、神経束に装着した電極で電気生理学的応答を記録した。刺激直後にはミリ秒単位の強力スパイク群が、数秒後には長時間の持続発火が観測され、侵害受容器の関与を示唆した。

このパターンは哺乳類の痛覚伝達と酷似し、甲殻類が痛みを認識する可能性を裏付ける直接証拠と評価された。研究者は神経構造が近似するロブスターやエビにも同様の痛覚経路が存在すると推定している。

EU法は十脚甲殻類を保護対象外とし、年間数十億匹が生きたまま調理されるが、スイスは2018年に生茹でを禁止、英国は2022年Animal Welfare(Sentience)Actで感覚を法認定した。CrustaStunによる電気スタンニングや摂氏0度で20分冷却する手法は存在するものの、設備投資と調理慣行が普及の壁となっている。

From: 文献リンクAlarming New Study Triggers Urgent Call to Ban Boiling Crabs and Lobsters Immediately

【編集部解説】

甲殻類の痛覚問題は食文化と科学の境界にある複雑な課題です。本研究が使用した電気生理学的記録技術は、従来の行動観察では測定困難だった神経活動の「リアルタイム可視化」を可能にしました。カニが機械的刺激に対して示した短時間の高頻度スパイクと、化学刺激による長期間の持続発火は、単純な反射ではなく痛覚情報の統合処理を示唆しています。

注目すべきは、研究チームが刺激強度を段階的に変えた際の応答パターンです。0.8gから10gまでの機械的負荷で閾値反応が確認され、5%酢酸では濃度依存的な発火持続時間の延長が観測されました。これは哺乳動物の侵害受容器が示す典型的な応答プロファイルと酷似しており、進化系統樹上で離れた生物種間での痛覚システムの収束進化を裏付けています。

産業への影響は段階的に現れると予想されます。スイスの2018年生茹で禁止法は科学的根拠に基づく先駆的事例として注目され、オーストリアやノルウェーでも同様の規制が導入されるなど、欧州全体で議論が活発化しています。英国のAnimal Welfare(Sentience)Act 2022は、無脊椎動物の感覚能力を法的に認定した世界初の包括的枠組みとして、他国の規制モデルになりつつあります。

長期的視点では、IoTセンサーとAI制御を組み合わせた「スマート水産加工」の実現が見込まれます。個体サイズ、種類、ストレス状態を自動判別し、最適なスタンニング条件を瞬時に設定するシステムが開発中で、人道性と効率性を両立する次世代ソリューションとして期待されています。また、ブロックチェーン技術による処理履歴の透明化により、トレーサビリティを重視する消費者層への訴求力が高まる見通しです。

一方で課題も存在します。アジア圏では「活きの良さ」を重視する食文化が根強く、生きた状態での提供が品質の証とされてきました。しかし、ESG投資の拡大により、グローバル展開する外食チェーンや小売業者が自主的な倫理基準を設定する動きが加速しています。これが事実上の国際標準として機能すれば、地域文化を超えた変革の契機になる可能性があります。

科学技術の進歩により、10年後には甲殻類の痛覚を前提とした調理・流通システムがグローバルスタンダードとなるシナリオが現実味を帯びています。すでに現在欧米の高級レストランでは「人道的処理シーフード」のメニュー表記が増加しています。この変化は単なる動物福祉の向上にとどまらず、食品産業全体のサステナビリティ向上と新たな価値創造の起点となるでしょう。

【用語解説】

電気生理学的記録
脳や神経の電位変化を測定する手法で、EEGやパッチクランプなどが含まれる。今回の研究では、カニの脳活動を直接測定することで痛覚の存在を科学的に証明した。

侵害受容器(Nociceptors)
有害刺激を感知する受容体。痛覚系の出発点となる器官で、哺乳動物では痛みの感知に不可欠とされている。

十脚甲殻類(Decapod Crustaceans)
10本の歩脚を持つ甲殻類。カニ、ロブスター、エビ、ザリガニなどが含まれ、現在のEU動物福祉法制では保護対象外となっている。

イチョウガニ(Carcinus maenas)
学名Carcinus maenas。研究用モデルとして用いられる小型のカニで、ヨーロッパ原産だが世界各地に分布している。

【参考リンク】

Crustacean Compassion(外部)
英国の甲殻類福祉NGOで、科学的根拠に基づく政策提言と啓発活動を行う組織

CrustaStun(Mitchell & Cooper販売)(外部)
0.3秒で甲殻類を失神させる電気スタンニング装置を紹介・販売するページ

Animal Welfare (Sentience) Act 2022(外部)
英国で無脊椎動物を含む動物の感覚を法的に認定した画期的な法律全文

【参考記事】

Brain test shows that crabs process pain(外部)
ヨーテボリ大学公式サイト。研究手法と結果を詳細に説明している

Brain test shows that crabs process pain – ScienceDaily(外部)
研究の背景と影響を科学メディアが解説した記事

Do Crustaceans Feel Pain? Study Demonstrates Existence of Nociceptors(外部)
侵害受容器の発見が動物福祉に与える意義を整理した科学ニュース記事

【編集部後記】

皆さんは子供の頃、生きたロブスターを鍋に放り込む映像に胸がざわついた経験はありませんか?この時感じた疑問やモヤモヤを解消しないまま、まるで当たり前のように受け入れてしまっている事柄というのは案外多いのかもしれません。

今、科学技術の進歩によって、私たちが何気なく選ぶ一皿が新しい問いを投げかけています。今後レストランでロブスターを見かけたとき、旅先でカニをいただく時、その調理法や処理方法に目を向けてみませんか?そしてできれば牛や豚を食べる時と同じように、彼らの命をいただくことについて意識してみてください。

私自身、一度当たり前になった価値観を変えることを恐れず、変化に対応していくことを皆さんと一緒に楽しんでいけたらと思います。

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