Slingshot AIは2025年7月22日、セラピー専用に設計された初のAI「Ash」の一般公開を発表した。
同社はRadical VenturesとForerunner Venturesが共同リードするシリーズA資金調達の延長により、総調達額9,300万ドルを達成した。これまでの投資家にはa16z、Felicis、Menloが含まれる。
AshはiOSおよびAndroidアプリとして無料提供され、18ヶ月の開発期間中に50,000人のベータユーザーでテストされた。同社CEOのDaniel Cahnによると、2023年に5,920万人のアメリカ人がセラピーを求めたが、メンタルヘルスに悩む人々の54%が一切のケアを受けていない。
Ashは心理学専用の基盤モデル上に構築され、CBT、DBT、ACT、精神力動療法、動機面接など数十種類の治療法データで3段階訓練される。専門家・臨床諮問委員会には、Dr. Thomas Insel(国立精神保健研究所元所長、2002-2015年)、Dr. Devika Bhushan(カリフォルニア州元総合外科医長)、Patrick Kennedy元下院議員らが参加している。
From: Slingshot Launches Ash, the First AI Designed for Therapy
【編集部解説】
Slingshot AIが発表したAshは、AI技術とメンタルヘルスの融合において歴史的なマイルストーンとなる可能性があります。特に注目すべきは、従来の汎用AIアシスタントとは根本的に異なるアプローチを採用している点でしょう。
一般的なAIチャットボットは、ユーザーが聞きたい答えを提供するよう設計されています。しかし、Ashは「挑戦する」機能を意図的に組み込んでいます。これは心理療法の本質的な要素を捉えた画期的な設計です。実際のセラピーでは、セラピストがクライアントの思考パターンに疑問を投げかけ、新しい視点を提供することが治療の核心となるからです。
技術面では、Ashが採用する3段階の学習プロセスは業界標準を大きく上回る精密さを示しています。第一段階では最大規模の行動保健データセットで事前訓練を実施し、第二段階では臨床チームによる微調整でAI特有のニュアンスを習得させます。第三段階の強化学習では、会話中の即座のフィードバックと長期的な成果の両方から学習する仕組みを構築しており、これにより各ユーザーに最適化された治療体験を提供可能になっています。
この技術は、現在の深刻なメンタルヘルス危機への実用的な解決策となる可能性があります。アメリカでは約5,920万人がセラピーを求めているにもかかわらず、54%が適切なケアを受けられていない状況が続いています。さらに、メンタルヘルス専門家の不足は構造的な問題となっており、従来の1対1モデルでは需要に応じきれません。
一方で、AIセラピーには潜在的なリスクも存在します。人間のセラピストが持つ直感的理解や共感的な対応、複雑な心理的危機への対処能力は、現在のAI技術では完全に再現できていません。また、プライバシーやデータセキュリティの観点から、メンタルヘルス情報の取り扱いには特別な注意が必要です。
規制面では、2025年現在、精神疾患の治療を目的とする処方デジタル治療薬(PDT)としてFDA承認を受けたAI搭載アプリは存在せず、業界全体が規制の枠組み構築を模索している状況です。Thomas Insel医師らの専門家が諮問委員会に参加していることは、こうした課題への取り組みを示しています。
長期的な視点では、Ashのような専門的AIツールが普及することで、メンタルヘルスケアのパラダイムシフトが起こる可能性があります。人間のセラピストは複雑な症例や危機的状況に集中でき、AIが日常的なサポートや予防的ケアを担当するという役割分担が実現するかもしれません。
ただし、これらの技術が真に有効性を発揮するためには、継続的な臨床研究、倫理的ガイドラインの確立、そして人間とAIの適切な役割分担の明確化が不可欠です。innovaTopiaでは、この分野の発展を注意深く見守り、読者の皆様に最新の動向をお伝えしてまいります。
【用語解説】
CBT(Cognitive Behavioral Therapy / 認知行動療法)
認知と行動の相互関係に着目し、否定的な思考パターンを修正することで精神的問題の改善を図る心理療法の一種である。
DBT(弁証法的行動療法)
感情調整スキルと対人関係スキルの習得に重点を置く心理療法で、特に境界性パーソナリティ障害の治療に有効とされている。
ACT(アクセプタンス・コミットメント・セラピー)
心理的柔軟性の向上を目指し、否定的感情を受け入れながら価値に基づいた行動を促進する心理療法アプローチである。
精神力動療法
無意識の心理的プロセスと過去の経験が現在の行動に与える影響を探求し、洞察を通じて治療を進める心理療法の古典的手法である。
動機面接
クライアント自身の変化への動機を引き出し、行動変容を促進することを目的とした対話型の心理療法技法である。
【参考リンク】
Slingshot AI公式サイト(外部)
メンタルヘルス専用のAI基盤モデルを開発する研究ラボ。心理学分野でのAI活用でアクセス向上を目指す
Ash公式サイト(外部)
AshのAIセラピストとの対話を体験できる公式サイト。iOS・Androidアプリのダウンロードリンクも提供
Thomas Insel医師公式サイト(外部)
Ashの臨床諮問委員会メンバーで、元国立精神保健研究所所長。精神保健分野の国際的リーダー
Kennedy Forum公式サイト(外部)
Patrick Kennedy元下院議員設立の非営利団体。メンタルヘルスと依存症治療の変革を推進
【参考記事】
Slingshot AI announces mental health chatbot – STAT News(外部)
Slingshot AIがa16z支援でAsh公開、9,300万ドル調達完了。5万人ベータテスト経て一般公開
With $93M Raised, Slingshot Debuts AI-Powered Therapy(外部)
Radical Ventures主導のシリーズA延長ラウンドで総額調達。多様な治療スタイルで訓練されたAI
This well-funded chatbot wants to be your therapist – Tech Brew(外部)
Casper共同創業者設立のSlingshot AI。従順性問題を解決し、必要時にユーザーに挑戦する機能搭載
【編集部後記】
AIがメンタルヘルスケアに本格参入する時代がついに到来しました。皆さんは、人間のセラピストとAIセラピスト、どちらにより親しみやすさを感じるでしょうか?また、自分の心の悩みをAIに打ち明けることに抵抗はありますか?
私たちの身の回りでも、カウンセリングを受けたくても予約が取れない、費用が高い、時間が合わないといった声をよく耳にします。Ashのような技術が普及すれば、こうした課題は解決されるのでしょうか?それとも新たな問題が生まれるのでしょうか?
メンタルヘルスとテクノロジーの未来について、ぜひ皆さんのご意見をお聞かせください。
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