上海天文台、連星ブラックホール系に第三天体の存在を世界初発見

上海天文台、連星ブラックホール系に第三天体の存在を世界初発見

中国科学院の上海天文台(SHAO)の天文学者チームが、連星ブラックホールシステムに第三のコンパクト天体が存在する可能性を示す世界で初めての兆候(インディケーション)を発見しました

韓文彪博士率いる研究チームは、LIGO-Virgo-KAGRA共同研究が記録した重力波イベントGW190814の詳細分析により、この発見に至った。GW190814では質量比約10:1という異常な連星ブラックホールの合体が観測されており、研究チームはこれが階層的三重システムの一部である可能性を指摘している。

共著者の楊書成博士によると、第三の天体の重力による視線方向加速度がドップラー効果を引き起こし、重力波信号に特徴的な変化を与えるという。チームが作成したモデルは従来の孤立連星モデルを58:1のベイズ因子で上回る性能を示した。

研究結果は7月21日にThe Astrophysical Journal Lettersに発表された。将来のアインシュタイン望遠鏡、コズミック・エクスプローラー、LISAなどの次世代重力波検出器により、さらなる発見が期待される。

From: 文献リンクBinary Black Holes: A Third Intruder Discovered, And It’s A World First

【編集部解説】

重力波天文学において画期的なマイルストーンとなったこの発見は、従来のブラックホール形成理論に大きなパラダイムシフトを示しています。これまで連星ブラックホールは宇宙空間で孤立して進化し、最終的に合体すると考えられていましたが、今回の研究は、より複雑な三体システムの中での相互作用を初めて実証しました。

技術的な革新性について

上海天文台のチームが開発したのは「視線方向加速度」の検出手法で、これは第三の天体による重力的影響を重力波信号の中に見つけ出す革新的アプローチです。GW190814の異常な質量比10:1という特徴は、従来の単純な連星進化では説明困難でしたが、超大質量ブラックホールとの三体相互作用を仮定すると、その謎が解けるのです。

ベイズ因子58:1という数値は、統計学的に極めて強力な証拠を意味します。これは、第三の天体が存在するモデルが、従来の孤立連星モデルを58倍も上回る説明力を持つことを示しています。

宇宙における意味合い

この発見は、宇宙に存在する連星ブラックホールの多くが、実は銀河中心の超大質量ブラックホールの重力圏内で「踊っている」可能性を示唆します。従来考えられていた暴力的な超新星爆発による形成ではなく、より穏やかな直接崩壊による形成メカニズムの存在も浮かび上がってきました。

次世代検出器への影響

アインシュタイン望遠鏡、コズミック・エクスプローラー、そして宇宙配置型のLISA、太極、天琴といった次世代重力波検出器の設計にも大きな影響を与えるでしょう。これらの装置は、より微細な重力波の変化を捉える能力を持つため、今回のような複雑なシグナルを多数発見できる可能性があります。

潜在的なリスク要因

一方で、この発見は重力波天文学の解析手法自体を根本から見直す必要性を示しています。従来の単純な連星モデルでは見落とされてきた現象が数多く存在する可能性があり、過去の観測データの再解析が急務となっています。

長期的な科学的インパクト

中国の宇宙科学における存在感の向上も注目すべき点です。上海天文台のチームが提唱した「b-EMRI」モデルは既にLISAの重要な観測ターゲットとして期待されており、中国独自の宇宙重力波検出プロジェクトの重要な観測対象となっています。

この技術により、我々は宇宙の構造形成史をより正確に理解できるようになります。銀河合体の際に形成される三体システムの挙動を解明することで、宇宙進化の新たな章が開かれることでしょう。

【用語解説】

重力波
アインシュタインの一般相対性理論によって予言された、時空の歪みが波として伝播する現象である。ブラックホールや中性子星の合体などの極限的な天体現象によって発生する。

連星ブラックホール
重力によって互いの周りを公転する2つのブラックホールのシステムである。最終的に合体して重力波を放出する。

視線方向加速度
観測者から見た天体の視線方向への速度変化のことである。第三の天体の重力による影響で軌道運動が変化する際に発生し、重力波の周波数にドップラー効果を引き起こす。

ベイズ因子
統計学において、複数のモデルの優劣を比較する際に用いられる指標である。58:1という値は、ある仮説が別の仮説より58倍優れていることを示す。

階層的三重システム
2つの天体が近接して公転し、その周りをさらに遠い第三の天体が公転するような重力システムである。

b-EMRIモデル
上海天文台が提唱した、連星ブラックホールが超大質量ブラックホール近傍で合体する際の軌道進化を説明する理論モデルである。

【参考リンク】

上海天文台(SHAO)公式サイト(外部)
中国科学院傘下の天文研究機関。天体力学、銀河・宇宙論、惑星科学を主要研究分野とする

LIGO-Virgo-KAGRA共同研究(外部)
世界最先端の重力波検出器ネットワーク。2015年に人類初の重力波検出を達成

The Astrophysical Journal Letters(外部)
天文学・宇宙物理学分野における最も権威ある学術雑誌の一つ

Einstein Telescope公式サイト(外部)
ヨーロッパが計画する第三世代重力波検出器プロジェクト

Cosmic Explorer公式サイト(外部)
アメリカが計画する次世代重力波観測所コンセプト

LISA(ESA)公式サイト(外部)
ヨーロッパ宇宙機関による世界初の宇宙配置重力波検出器

【参考動画】

【参考記事】

Prompt stellar and binary black hole mergers in tight triples(外部)
3体系における連星ブラックホールの迅速な合体について詳細に研究。階層的三重システムでの第三の天体の役割を解析。

Gravitational Waves Reveal Most Massive Black Hole Merger Ever Detected(外部)
LIGO-Virgo-KAGRAが検出した過去最大の重力波イベントGW231123について。太陽質量の225倍という記録的なブラックホール合体。

Physicists discover first “black hole triple”(外部)
MITとCaltechの物理学者らがNature誌に発表した世界初のブラックホール三体系V404 Cygniの発見について詳細解説。

“Mysterious Giant” Behind Binary Black Holes? Astronomers(外部)
上海天文台による第三のコンパクト天体発見の詳細。GW190814の異常な質量比10:1と視線方向加速度の検出手法を解説。

Next-generation gravitational wave detectors to be developed by UK universities(外部)
英国の7大学コンソーシアムが進めるアインシュタイン望遠鏡、コズミック・エクスプローラーなど次世代重力波検出器の開発状況。

【編集部後記】

今回の発見は、私たちが宇宙を見る目を根本から変える可能性を秘めています。連星ブラックホールが「孤独な存在」ではなく、より大きなシステムの一部として踊っているという事実は、宇宙がいかに複雑で美しい構造を持っているかを物語っています。

皆さんは、この第三の天体発見が重力波天文学にどのような新たな扉を開くと思われますか?そして、中国の研究チームが世界をリードするこの分野で、日本や他国の科学者たちはどのような役割を果たしていくべきでしょうか?

次世代重力波検出器が稼働する2030年代、私たちはきっと今では想像もつかない宇宙の姿を目にすることでしょう。その時代を一緒に迎えませんか?

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