ヨーロッパと北米で動的回線定格(DLR)技術の導入が急速に進んでいる。この技術は送電線の容量をリアルタイムの気象条件に基づいて計算し、従来の静的回線定格よりも効率的な送電を可能にする。
オスロのHeimdall PowerはNeuronと呼ばれる球状センサーを開発し、ドイツ北部のSH-Netzの送電線に200個以上を設置済みである。同社は昨年ノースカロライナ州シャーロットに米国本社を開設し、ミネソタ州のGreat River Energyとの初の大型プロジェクトでは時間の70パーセントで容量を25パーセント増加させている。現在6つの追加米国電力会社と契約し13州に技術を展開中である。
ボストンのLinevisionはライダーセンサーを使用したLUXシステムを提供し、イングランドとウェールズのNational Gridとの最初のプロジェクトでは容量を平均31パーセント増加させ、年間1400万ポンドの節約を実現した。6月に発表された新プロジェクトでは263キロメートルの400kV回線で年間2000万ポンドの節約が期待される。
エストニアのGridravenはハードウェアを使わず機械学習による風予測でDLRを提供し、フィンランドのFingridと700キロメートルの400kV回線プロジェクトを開始している。2021年以来、米国の送電網混雑は年間120億から210億ドルのコストを消費者に課している。
From: Power Grid Congestion Is a Problem. Here’s a Solution
【編集部解説】
この記事が報じているDynamic Line Rating(動的回線定格)は、まさに現在の電力業界が直面している根本的な問題を解決する技術として注目されています。従来の送電線管理は、極端に暑い日を想定した固定値(Static Line Rating)で容量を決定してきましたが、これは実際の大半の日において送電線の能力を大幅に過小評価していることになります。
この技術の核心は、リアルタイムデータによる最適化にあります。Heimdallのような企業が開発するセンサーは、送電線の物理的な「たるみ」を測定することで温度を推定し、風速や気温などの気象データと組み合わせることで、その瞬間の最適な容量を計算します。これにより、従来の静的定格を15-30%上回る容量を約半分の時間で実現でき、条件によっては45%もの増加が可能です。
経済的な影響は深刻な問題の裏返しでもあります。2022年のデータでは、米国の送電網混雑が消費者に年間200億ドルのコストを課しており、これは元記事にある2021年以降の年間120億ドルから210億ドルという数字とも整合します。DLRの導入コストは1マイルあたり約45,000ドルですが、新規送電線建設が590,000ドルから800万ドルかかることを考えると、極めて費用対効果の高い解決策といえます。
実証プロジェクトの成果も印象的です。AESとLineVisionによる米国最大のDLR導入プロジェクトでは、345kV送電線において静的定格を61%、季節調整定格を23%上回る結果を記録しました。また、オーストリアの送電網では、2016年に1,200万ユーロの混雑コストを削減した実績があります。
しかし、この技術にも限界と課題があります。最大の制約は気象予測の精度に依存することです。通信システムの障害時には安全のため保守的な静的定格に戻るリスクもあります。また、送電線以外のボトルネックとなる変圧器などの機器が制約要因となる場合は効果が限定されます。
規制面では、米国連邦エネルギー規制委員会(FERC)が2023年にグリッド強化技術の導入を促進する規制を発表しており、DLRの普及を後押ししています。これは電力業界の構造変化を示唆する重要な動きです。
長期的な視点では、DLRは再生可能エネルギーの統合を加速する重要な役割を果たします。風力発電の出力変動に対応するためには送電網の柔軟性が不可欠であり、DLRはその実現手段として期待されています。ただし、AIデータセンターの急増や電化の進展により、最終的には新規送電インフラの建設は避けられず、DLRは「つなぎ」の技術として位置づけられています。
この技術の普及は、電力業界が80年以上続けてきた運用方法からの根本的な転換を意味します。センサー技術と機械学習の組み合わせにより、「デジタル時代の送電網」への移行が本格化していることを、この記事は示しているのです。
【用語解説】
静的回線定格(Static Line Rating)
送電線の容量を季節平均気温など一定の基準で固定的に設定した値。安全を考慮しやや保守的に算定される。
動的回線定格(Dynamic Line Rating、DLR)
送電線の温度やたるみ、風速などのリアルタイム環境データから送電容量を継続的に最適化する技術。容量の最大限活用を可能にする。
機械学習
大量のデータから規則やパターンを自動的に抽出し、予測や判断を行う人工知能技術の一つ。
ライダー(Lidar)
レーザー光を用いて物体までの距離を高精度に測定する技術。送電線のたるみ測定などに活用される。
送電網混雑コスト
送電網の混雑により発生する、送電が制約されることで発生する追加的な経済的損失や消費者負担のこと。
【参考リンク】
Heimdall Power(外部)
送電線に取り付ける球状センサー『Neuron』を製造し、動的回線定格技術を提供するノルウェーの企業。
LineVision(外部)
ライダー技術を用いて送電線の状態を監視し、送電線容量をリアルタイムで最適化する技術を提供する米国ボストンの企業。
Gridraven(外部)
機械学習による超局所的な風予測技術を活用し、動的回線定格のソフトウェアソリューションを提供するエストニアの企業。
Advanced Energy United(外部)
エネルギー業界の政策提言や産業促進を行う米国の業界団体。動的回線定格の普及支援も行っている。
Great River Energy(外部)
ミネソタ州を中心に電力供給を行う米国の公益事業者。HeimdallのDLR技術の導入事例がある。
【参考記事】
Dynamic Line Rating: Grid Technology To Reduce Your Electric Bills(外部)
動的回線定格(DLR)が電力網の容量を増加させ、送電混雑を軽減し、電気料金を削減する技術であることを論じている。DLRはリアルタイムデータを用いて回線容量を最適化し、従来の静的定格を15-30%上回る実績を示す。
Dynamic Line Rating – Department of Energy(外部)
DLRの技術的概要とその電力網効率化への貢献を示す。リアルタイムモニタリングにより送電線の安全な動作を保証し、再生可能エネルギー統合支援やコスト削減効果があることが記されている。
Lessons from first deployment of Dynamic Line Ratings(外部)
AESとLineVisionによる米国最大級のDLR導入事例を詳細に解説。導入により送電線容量が61%増加し、混雑緩和と運用効率向上が達成された経緯を伝えている。
Case study: The first US electric utility to integrate dynamic line ratings(外部)
PPL Electric社のDLR導入事例。リアルタイムデータを利用し送電線の性能を最大化し、新規建設コストを削減。運用効率の向上と年間6,500万ドルの混雑費用削減を達成。
Dynamic Line Rating Technology – Ampacimon(外部)
DLRの機能と利点を紹介。送電網の混雑緩和、信頼性向上、再生可能エネルギー統合促進、コスト削減などのメリットと応用例を詳述。
Dynamic Line Rating (DLR) Sensor Market Statistics 2035 – Fact.MR(外部)
DLR市場の成長予測を解説。2025年から2035年にかけて市場規模が115百万ドルから1.549十億ドルに成長し、年平均成長率29.7%と予想される。主要企業や技術動向も紹介。
【編集部後記】
私たちの日常を支える電力インフラが、実は大きな変革期を迎えています。DLR技術により送電網の「見えない余力」が解放される一方で、AIデータセンターや電気自動車の普及により電力需要は急激に増加しています。
この技術革新は、私たちの電気料金にも直接的な影響を与える可能性があります。皆さんは、ご自宅や職場周辺の送電線が実際にどの程度の余力を持っているか考えたことはありますか?また、こうした技術進歩が地域の電力供給にどのような変化をもたらすと思われますか?
innovaTopia編集部では、引き続きエネルギーインフラの最新動向を追いかけていきます。読者の皆さんとともに、テクノロジーが描く未来の電力網について考えていければと思います。