HuaweiがCANN(Compute Architecture for Neural Networks)ソフトウェアツールキットのオープンソース化を発表してから1週間が経過した。
CANNはHuaweiのヘテロジニアスコンピューティングアーキテクチャで、2018年に初めて導入され、Ascend AI GPU向けにAIアプリケーションを構築するためのマルチレベルプログラミングインターフェースを提供する。HuaweiはこれをNVIDIAのCUDAプラットフォームに対するオープンソース代替案として世界中の開発者に無料提供している。
Huaweiの輪番会長Eric Xu Zhijun氏は北京の開発者会議で、この決定により「開発者からのイノベーションを加速し」「Ascendをより使いやすくする」と述べた。この発表は中国のサイバースペース管理局(CAC)がNVIDIAに対して「深刻なセキュリティ問題」を理由とした調査を開始した直後に行われた。South China Morning Postによると、Huaweiは主要な中国のAIユーザー、大学、研究機関、ビジネスパートナーとオープンソース化されたAscend開発コミュニティへの貢献について議論を開始している。最近の例としてXiaomiのMiDashengLM-7B音声大規模言語モデルとAlibabaのQwen3-Coder AIコーディングモデルがオープンソース化されている。
From: Can Huawei’s open-sourced CANN toolkit break the CUDA monopoly?
【編集部解説】
今回のHuaweiによるCANNオープンソース化は、単なるソフトウェアの無償提供を超えて、AI業界のパワーバランスを根本から揺るがす可能性を秘めた戦略的な一手です。
CANNとは「Compute Architecture for Neural Networks」の略で、Huaweiが自社のAscend AI GPU向けに開発したヘテロジニアスコンピューティングアーキテクチャです。簡単に言えば、これはNVIDIAのCUDAと同様の役割を果たす、AIアプリケーション開発のためのプログラミング環境であり、開発者がHuaweiのハードウェア上で効率的にAIモデルを構築・実行できるよう支援します。
技術的意義:20年続いた独占への挑戦
NVIDIAのCUDAは約20年間にわたってAI開発の事実上の標準となり、「クローズドな堀」や「沼」と表現されるほど、開発者を単一ベンダーのエコシステムに囲い込んできました。CUDAライセンス契約では翻訳レイヤーを通じた他社GPU上での実行を禁止しており、開発者がNVIDIA以外の選択肢を選ぶことを実質的に阻んでいます。
現在のCANNの実力
技術資料によると、CANNは現在バージョン8.0まで進化し、ドライバ層、ランタイム層、ライブラリ層の3層構造でCUDAエコシステムと同様のアーキテクチャを採用しています。12の異なるオペレーティングシステムをサポートし、コミュニティ版と商用版の両方を提供しています。
特に注目すべきは、DeepSeek R1を実行する際のベンチマークでHuaweiのCloudMatrix 384がNVIDIAとの性能差を縮めているという報告です。DeepSeekのエンジニアによると、Ascend 910CはNVIDIA H100の最大60%の推論性能を達成し、CANN最適化によりさらなる向上の余地があるとされています。
オープンソース戦略の革新性
Huaweiがオープンソースアプローチを選択した理由は複数あります。第一に、クローズドソースのCUDAに対する代替案として、より透明で協力的な開発環境を提供することで開発者コミュニティの支持を獲得しようとしています。
第二に、中国の主要AI企業、大学、研究機関との協議を通じて、集合知による開発加速を図っています。これはLinuxやApache等の成功したオープンソースプロジェクトのモデルを踏襲したアプローチです。
地政学的背景と戦略的意味
このタイミングでのオープンソース化は偶然ではありません。中国のサイバースペース管理局(CAC)がNVIDIAに対して「深刻なセキュリティ問題」を理由とした調査を開始した直後に発表されており、米中技術覇権争いの文脈で理解する必要があります。
米国の輸出規制によりHuaweiのハードウェア輸出が制限される中、堅牢な国内ソフトウェアスタックの構築は、チップ性能向上と同じくらい重要な戦略的課題となっています。Xiaomi、Alibabaといった中国企業によるオープンソース化の動きも、この技術独立への取り組みの一環と捉えられます。
課題と現実的な障壁
一方で、CANNが直面する課題も深刻です。CUDAは約20年間かけて構築された数千の最適化ライブラリ、膨大なドキュメント、そして強固な開発者コミュニティを有しています。単純なパフォーマンス比較を超えて、ソフトウェアの安定性、サポート体制、既存ワークフローとの統合性において同等レベルに達するには相当な時間と投資が必要でしょう。
特に大規模言語モデルやAIライティングツールといった新興ワークロードにおける対応力は、今後の採用率を左右する重要な要素となります。
将来への影響と長期的展望
Huaweiの戦略が成功すれば、AI開発の未来は大きく変わる可能性があります。プロプライエタリなプラットフォーム間の競争から、協力的なオープンソースエコシステムの構築へとパラダイムシフトが起こるかもしれません。
また、AI自体を活用したソフトウェア最適化という新たなアプローチも注目されています。Sakana AIの「AI CUDA Engineer」が10-100倍の高速化を実現したように、AI主導でのカーネル最適化がCANNエコシステムにも適用されれば、競争環境は劇的に変化する可能性があります。
この動きは、次世代の技術革新を支えるAIコンピューティングインフラの制御権をめぐる新たな章の始まりを告げているのです。
【用語解説】
CANN(Compute Architecture for Neural Networks)
HuaweiがAscend AI GPU向けに開発したヘテロジニアスコンピューティングアーキテクチャ。2018年に導入され、AIアプリケーション開発のためのマルチレベルプログラミングインターフェースを提供する。
CUDA(Compute Unified Device Architecture)
NVIDIAが開発したGPU向け並列コンピューティングプラットフォーム。約20年間AI開発の事実上の標準となっており、開発者を単一ベンダーエコシステムに囲い込む仕組みを持つ。
CloudMatrix 384
HuaweiのAIインフラストラクチャシステム。DeepSeek R1のベンチマークでNVIDIAとの性能差を縮めているとされる。
サイバースペース管理局(CAC)
中国のインターネット規制を担当する政府機関。今回NVIDIAに対して「深刻なセキュリティ問題」を理由とした調査を開始した。
ヘテロジニアスコンピューティング
CPU、GPU、FPGAなど異なる種類のプロセッサを組み合わせて並列処理を行うコンピューティング手法。各プロセッサの特性を活かして全体的な性能向上を図る。
【参考リンク】
Huawei 公式サイト(外部)
中国の多国籍技術企業Huaweiの公式サイト。Ascend AI GPUやCANNツールキットに関する詳細情報を提供。
NVIDIA 公式サイト(外部)
AIコンピューティング分野のリーダー企業NVIDIAの公式サイト。CUDAプラットフォームやGPU製品の情報を掲載。
Sakana AI 公式サイト(外部)
日本のAIスタートアップSakana AIの公式サイト。AI CUDA Engineerプロジェクトの詳細や研究成果を公開。
【参考記事】
Brave or foolhardy? Huawei takes the fight to Nvidia CUDA(外部)
HuaweiのCANNオープンソース化が業界に与える影響を分析。CUDAエコシステムとの競争について詳細解説。
Huawei is making its Ascend AI GPU software toolkit open-source(外部)
CANNのオープンソース化の技術的背景と戦略的意図について報告。Huaweiの開発戦略の変遷を詳しく解説。
Can Huawei Take On Nvidia’s CUDA? – ChinaTalk(外部)
中国のAI業界におけるHuaweiの位置づけとCUDA対抗戦略を分析。DeepSeek R1でのベンチマーク結果についても言及。
Huawei Version of CUDA Fully Open-Sourced(外部)
CANNバージョン8.0の技術的詳細と12のオペレーティングシステムサポートについて報告。コミュニティ版と商用版の提供について解説。
Serving Large Language Models on Huawei CloudMatrix384(外部)
HuaweiのCloudMatrix 384システムでの大規模言語モデル運用に関する技術論文。性能ベンチマークの具体的データを提供。
【編集部後記】
今回のHuaweiによるCANNオープンソース化は、私たちが日々使うAIサービスの根幹部分で起きている大きな変化の始まりかもしれません。ChatGPTや画像生成AIの裏側で動いているのは、まさにこうしたコンピューティングプラットフォームです。
皆さんは普段、どのようなAIツールを使われていますか?そして、そのAIが「誰のハードウェア・ソフトウェア上で動いているか」を意識されたことはあるでしょうか。今回の動きが実際にAI業界の勢力図を変えるのか、それとも技術的な壁に阻まれるのか、一緒に見守っていきませんか。この変化が私たちの日常にどんな影響をもたらすのか、ぜひご意見をお聞かせください。