AI学習データの「事前許可」vs「事後異議」。日本法がOpenAIに突きつけた著作権の本質

AI学習データの「事前許可」vs「事後異議」。日本法がOpenAIに突きつけた著作権の本質

コンテンツ海外流通協会(CODA)は、スタジオジブリ、バンダイナムコ、スクウェア・エニックスなどの日本のIP保有者を代表して、OpenAIに対して書簡を発表した。

Sora 2のトレーニングにこれらの企業のコンテンツを使用することの中止を要求している。CODAは、機械学習プロセス中の複製行為が著作権侵害を構成する可能性があると主張する。Sora 2は9月30日のローンチ後、日本のIPを含む大量のコンテンツを生成し、日本政府は10月半ばに正式にOpenAIに対して日本の芸術作品の複製をやめるよう要請した。

CODAは、OpenAIが先月発表したSoraのオプトアウトポリシーの変更についても、そもそもオプトアウトポリシーを使用したこと自体が日本の著作権法に違反した可能性があると指摘している。日本の著作権制度では事前許可が一般的に必要であり、事後の異議を通じて侵害責任を回避するシステムは存在しないとしている。

CODAはOpenAIに対して、会員企業の著作権請求に誠実に対応し、機械学習のためにそれらのコンテンツを会員の許可なく使用することを停止するよう要求している。

From: 文献リンクStudio Ghibli, Bandai Namco, Square Enix demand OpenAI stop using their content to train AI

【編集部解説】

今回の事案は、単なる一企業と一プラットフォーム間の著作権紛争ではなく、AI時代における創作物の保護と技術の進化という根本的な対立を浮き彫りにするものです。特に注目すべきは、日本の著作権法制とアメリカのそれが、AI学習データの扱いについて根本的に異なるという点です。

日本の著作権法第30条の4は2018年の改正によって、営利目的であるかどうかを問わず著作権者の許可なしにコンテンツを機械学習の訓練データとして利用することを部分的に認めています。ただし、これは「著作物の思想又は感情の享受を目的としない」場合に限られ、さらに「著作権者の利益を不当に害することとなる場合」は適用されません。この規定は世界的に見ても柔軟な法制の一つとされており、OpenAIがこの条文を法的根拠の一つとしてSora 2の学習を進めていたと考えられます。

しかし、CODAが指摘する「オプトアウト方式」と「事前許可(オプトイン)」の違いは、単なる手続きの問題ではなく、創作者の権利の本質に関わる重大な問題です。OpenAIが採用しているオプトアウト方式は、利用者が異議を唱えるまで勝手に使用され続けるという仕組みであり、日本法上の考え方「著作物の使用には原則として事前許可が必要」という大前提と相容れません。

Sora 2が9月30日のローンチから数日で、スタジオジブリのキャラクターやバンダイナムコの作品を連想させるビデオが大量生成されたという報告は、学習過程でこれらのコンテンツがどれほど活用されたかを示唆しています。このような「スタイル再現」は単なる出力結果ではなく、訓練データの使用そのものが著作権侵害である可能性があるという主張が、CODAの法的立場です。

興味深いことに、この問題はOpenAIのCEOサム・アルトマン自身が、その個人のX(旧Twitter)プロフィール画像にジブリ風スタイルを採用したことで、皮肉にも象徴されています。これは企業姿勢の無自覚さを物語っているともいえます。

デジタル庁も10月中旬にOpenAIへオプトイン方式への転換を求める要請を行っており、アニメやマンガなどの作品を「日本が誇る文化資産」として保護する姿勢を明確にしました。これは単なる経済的価値の問題ではなく、日本のソフトパワーに関わる戦略的な重要性が認識されていることを示します。

規制面では、このCODAの申し立てが、日本政府によるAI関連法制の見直しを加速させる可能性があります。現行の第30条の4には曖昧性が残されており、今後、オプトイン方式への転換や、生成物における侵害の明確な定義、クリエイターへの補償制度といった枠組みが検討される場面が増えるでしょう。

今回の問題を契機に、他の民主主義国家の一部とは異なり、日本は著作権者の権利をより厳密に保護する法体系へと舵を切る可能性があります。このモデルが、生成AIの学習と著作権保護のバランスを取る際の一つの「選択肢」として国際的に注目される可能性があります。

【用語解説】

Sora 2
OpenAIが2025年9月30日にリリースした動画生成AI。テキスト入力から高品質なビデオコンテンツを生成できる。物理演算の精密性、画像鮮明度、音声同期、スタイル幅の広さが特徴とされている。

オプトアウト方式
ユーザーが明示的に異議を唱えるまで、サービスやデータ利用を許可する仕組み。事前同意がなくても利用が進行する。

オプトイン方式
ユーザーが明示的に同意・申し込みを行わない限り、サービスやデータ利用を開始しない仕組み。事前許可が前提である。

著作権第30条の4
日本の著作権法における規定。2018年の改正により、著作権者の許可なしに、著作物を情報解析(機械学習)の目的で利用することを認めた。ただし「著作物の思想や感情を享受する意図がない場合」という条件に加え、「著作権者の利益を不当に害する場合」は適用されないという但し書きがある。

【参考リンク】

OpenAI Sora 2 公式サイト(外部)
OpenAIの最新動画生成AI「Sora 2」について、機能、ユースケース、安全機能などの詳細情報を提供している公式ページである。

Content Overseas Distribution Association(CODA)英語版サイト(外部)
日本のコンテンツ保護と海外流通促進を目的とした業界団体。2002年に設立され、アニメ、ゲーム、映画、音楽などの著作権侵害対策を行っている。

OpenAI 公式ブログ(外部)
OpenAIの最新プロダクト、研究成果、企業ポリシーに関する情報を発信。Sora 2のオプトアウトポリシー変更などの公式発表もここで行われる。

【参考動画】

【参考記事】

Sony’s Aniplex, Bandai Namco and other Japanese publishers demand end to unauthorized training of OpenAI’s Sora 2 through CODA(外部)
CODAが2025年10月28日にOpenAIに書簡を提出した経緯と、CODA加盟企業の具体的な懸念を詳述。

Studio Ghibli joins other publishers in urging OpenAI to stop using copyrighted works(外部)
CODAの公式書簡とその内容、日本の著作権法における「事前許可原則」の重要性、オプトアウト方式とオプトイン方式の法的相違について解説。

The Copyright Act revised in 2018 will further improve the machine learning environment in Japan(外部)
2018年の日本著作権法改正の詳細、特に第30条の4の内容と背景を法律専門家の視点から解説。

Trade Group Representing Studio Ghibli, Other Japanese Companies Tells OpenAI to Stop Using Their Content to Train Sora 2 Video Generator(外部)
Variety紙による詳細報道。CODA加盟企業の声、日本政府の対応、Sam Altmanの個人的なジブリ風プロフィール画像について、および今後の規制動向に関する業界関係者のコメント。

How OpenAI Built Sora 2 (2025): Training, Data, and Model Design(外部)
Sora 2の技術的仕様、物理演算の精密性、音声同期機能、スタイルの可変性などの詳細な説明。

【編集部後記】

もし、あなたが生み出した作品や、愛するカルチャーが、知らないうちにAIの「学習データ」として利用されていたとしたら。今回のニュースは一部の企業だけの話ではなく、デジタル社会に生きる私たち一人ひとりの権利意識を揺さぶる出来事です。

「ダメだと言われるまでは自由に使ってよい」という論理は、一見するとテクノロジーの発展を促進するように思えます。しかしそれは創造へのリスペクトという、文化を育んできた大切な土壌を侵食していく危険性をはらんでいます。

AIの進化を、私たちは決して止めることはできません。テクノロジーと共存しながら、私たちが誇るべき文化を守り、さらに発展させていくために何ができるのか。このメディアを通じて、皆さんと一緒にその答えを探していけたら幸いです。

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