Appleは長年にわたり衛星通信の研究を進め、2022年にiPhone 14で緊急SOS機能として初めて商用化した。同社は現在、Satellite Connectivity Groupを通じてGlobalstar Inc.の衛星ネットワークを利用している。
ブルームバーグの報道によると、今後の計画として第三者アプリ向けの衛星通信API、衛星経由のApple Mapsナビゲーション、写真送信機能、屋内でも接続可能な「自然な使用」機能、来年のiPhoneへの5G NTN対応を開発中とみられている。
競合ではSpaceXがStarlinkを通じて米国の大手携帯電話事業者であるT-Mobile US Inc.と提携し、VerizonやAT&Tも独自サービスの開発を進めている。市場アナリストの間では、SpaceXがGlobalstarを買収する可能性も憶測されている。
別件として、AppleはSiriの性能向上や低価格帯MacBookの投入も計画していると報じられている。AI分野ではGoogleの高性能モデル「Gemini」のライセンス供与を受ける交渉が、また教育市場向けには2026年頃の低価格MacBookの発売が噂されており、同社の今後の戦略として注目されている。
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Apple Plans Major New Satellite-Powered Features for iPhones
【編集部解説】
今回のニュースで最も注目すべきは、Appleの衛星通信戦略が「緊急機能」から「日常的なインフラ」へと大きく転換しようとしている点です。2022年のiPhone 14で導入された緊急SOS機能は、あくまで圏外での「最後の手段」という位置づけでした。しかし、報じられている写真送信やApple Mapsナビゲーションは、衛星通信を普段使いの選択肢に引き上げる試みと言えるでしょう。
この技術革新には、Globalstarの衛星インフラへの大規模なアップグレードが不可欠です。Appleは2022年に4億5,000万ドルの初期投資を行ったのに続き、2024年11月には最大15億ドルの追加投資を実施することを発表しました。この巨額投資は、新しい衛星コンステレーションと地上インフラの整備に充てられ、サービスの安定性と機能向上を目指すものです。
5G NTN(非地上ネットワーク)への対応も重要なポイントです。これは携帯電話の基地局が衛星を経由してカバレッジを拡大する技術で、3GPPの標準規格として策定されています。従来の衛星直接接続とは異なり、既存の5Gインフラとシームレスに統合できるため、通信事業者との協業が進みやすくなります。
一方で、競合環境の変化も見逃せません。SpaceXのStarlinkはT-Mobileとの提携を通じて携帯電話向け衛星サービスを積極展開しており、Direct-to-Cell衛星を急速に打ち上げています。2024年秋のハリケーン被災地では、FCCから特別承認を受けてT-Mobileとサービスを提供した実績もあります。さらにSpaceXはGlobalstarの買収も噂されており、実現すればAppleの戦略に大きな影響を与える可能性があります。
興味深いのは、Appleが衛星サービスのコア機能を無料で提供し続ける方針を維持している点です。これはiPhoneの販売促進とエコシステムへのロックインを狙った戦略ですが、より高度な機能については将来的に有料化される可能性も報じられています 。ただし現時点で音声通話やWebブラウジングなどの計画はないとされています。
もう一つの大きな話題が、Siriへの外部AIモデル採用の動きです。AppleはSiriの性能向上のため、Googleの高性能AIモデル「Gemini」のライセンス供与を受ける交渉を進めていると報じられています。一部報道では、この取引が年間10億ドル規模にのぼる可能性も指摘されており、Appleがいかに次世代AIの性能向上を重視しているかがうかがえます。
ただし、これは長期的な解決策ではない可能性があります。Appleは将来的に完全自社開発の高性能モデルを準備する計画も進めていると見られますが、最近のAI人材の動向などから、その目標達成には課題も残されています。
低価格MacBookの投入も戦略的に重要です。教育市場ではChromebookが圧倒的シェアを持ち、WindowsノートPCも価格競争力で優位に立っています。Appleがこの市場セグメントに本格参入することで、若年層へのブランド浸透と将来的なエコシステム拡大が期待できます。
これらの動きは、Appleが「製品の完璧さ」よりも「市場への迅速な対応」を優先し始めた兆候とも読み取れます。衛星通信ではGlobalstarという小規模パートナーから始め、AIではライバルのGoogleに頼り、Macではこれまで避けてきた低価格帯に参入する。この柔軟性こそが、創業50周年に向かう同社の新たな進化の形なのかもしれません。
【用語解説】
5G NTN(Non-Terrestrial Network / 非地上ネットワーク)
衛星や高高度プラットフォームを利用した5G通信システムである。地上の基地局だけでは困難な広域カバレッジを衛星経由で実現し、地上の5Gインフラとシームレスに統合できる。3GPPが標準規格として策定しており、透過型(Transparent)と再生型(Regenerative)の2つのアーキテクチャが存在する。
パラメータ(AI分野)
AIモデルが予測や判断を行う際に使用する変数の数を示す指標である。パラメータ数が多いほどモデルは複雑な処理が可能になるが、同時に計算コストやメモリ消費も増大する。近年の大規模言語モデルでは、数千億から1兆を超えるパラメータを持つものも登場している。
低軌道衛星(LEO / Low Earth Orbit)
地上から高度160km〜2,000km程度の軌道を周回する人工衛星である。静止衛星と比べて地球との距離が近いため通信遅延が少なく、より小型の端末でも通信が可能という利点がある。Globalstarは現在31機の衛星を運用し、最大26機の追加衛星を発注している。
【参考リンク】
Globalstar(グローバルスター)(外部)
低軌道衛星通信事業者。Appleの衛星通信パートナーとして31機の衛星を運用中。
Apple Emergency SOS via satellite(外部)
iPhone 14で開始した衛星経由緊急通報サービスの公式情報ページ。
SpaceX Starlink(外部)
SpaceX運営の低軌道衛星インターネットサービス。T-Mobileと提携中。
T-Mobile(外部)
米国の大手携帯電話事業者。SpaceXと衛星携帯電話サービスを開発中。
【参考記事】
Apple Invests $1.5B in Globalstar to Fund a New Constellation(外部)
新衛星コンステレーション構築計画。サービス開始後収益は2倍超の見込み。
【編集部後記】
衛星通信が「圏外での緊急手段」から「日常的なインフラ」へと進化しようとしている今、私たちの生活はどのように変わっていくのでしょうか。登山やキャンプなどのアウトドア活動だけでなく、災害時の連絡手段としても重要性が増すこの技術。一方で、AppleがライバルのGoogle技術に頼らざるを得なかったSiriの状況は、AI開発競争の激しさを物語っています。みなさんは、スマートフォンに衛星通信機能があれば使ってみたいと思いますか?それとも、従来の携帯電話ネットワークで十分だと感じますか?また、AIアシスタントに求める機能は何でしょうか。ぜひ、ご自身の視点で考えてみてください。

