西太平洋の崑崙熱水フィールドが示す持続可能な天然水素エネルギーの可能性

西太平洋の崑崙熱水フィールドが示す持続可能な天然水素エネルギーの可能性

中国科学院海洋研究所(IOCAS)の研究者らが、西太平洋のムサウ海溝西側にある水深3,000メートル以上の地点で大規模な水素豊富熱水システムを発見した。この研究結果は2025年8月24日にScience Advances誌に発表された。新たに崑崙熱水フィールドと命名されたこのシステムは11平方キロメートル以上の範囲をカバーし、大西洋の失われた都市噴出システムの100倍以上の規模を持つ。研究チームは奮闘者有人潜水艦とラマン分光法を使用して調査を実施し、拡散熱水流体中の水素濃度5.9から6.8 mmol/kgを測定した。年間水素生産量は4.8×10¹¹モルと推定され、これは約100万トンの分子水素に相当する。現在のグリーン水素価格で約50億ユーロの市場価値に匹敵する。責任著者の孫衛東教授は、中央海嶺から遠く離れた場所での蛇紋岩化による水素生成を確認したと述べた。現地ではエビ、スクワットロブスター、チューブワーム、イソギンチャクなどの生物群集も発見された。

From: 文献リンクMysterious Structures at 3,000 Meters Beneath the Pacific May Emit Over €5 Billion in Hydrogen Each Year—No Drilling Required

【編集部解説】

今回発見された崑崙熱水フィールドは、従来の海洋地質学の常識を覆す革命的な発見といえます。これまで大規模な水素生成は中央海嶺でのみ可能とされていましたが、この発見により海洋プレート内部でも同様の現象が起こることが実証されました。

特に注目すべきは、その規模の桁違いの大きさです。年間水素生産量4.8×10¹¹モルは、世界の海底から放出される天然水素の5%以上を占める数値で、単一の場所からこれほど大量の水素が生成されているのは前例がありません。

この発見が持つエネルギー分野への影響は計り知れません。現在の水素エネルギー産業は、大量の電力を消費する電気分解に依存していますが、崑崙のような天然水素源が活用できれば、カーボンフットプリントを大幅に削減できる可能性があります。ただし、研究者らは採掘を推奨しておらず、むしろ自然の実験室として保護すべきだと警告している点も重要です。

生命科学の観点から見ると、この発見は地球上の生命起源に関する新たな手がかりを提供しています。崑崙で発見された化学合成生態系は、太陽光に依存しない生命体の存在を示しており、これは木星の衛星エウロパやエンケラドゥスなど、太陽光の届かない宇宙環境での生命探査にも重要な示唆を与えています。

蛇紋岩化反応による水素生成メカニズムの理解が深まることで、将来的には類似の地質構造を持つ海域での探査が加速される可能性があります。しかし、深海3,000メートルという極限環境での技術的課題や、生態系への影響を慎重に検討する必要があります。

この発見は、地球がまだ多くの秘密を隠し持っていることを改めて示すものです。特に海洋探査技術の進歩により、これまで見過ごされてきた地質現象が次々と明らかになっていることは、未来のエネルギー源や生命科学研究において重要な転換点となるでしょう。

【用語解説】

熱水システム – 地球の内部熱源によって加熱された海底の水が、化学反応を伴いながら噴出するシステムである。海底火山や地熱活動と関連する。

蛇紋岩化 (Serpentinization) – マグネシウムと鉄を含む鉱物が水と反応し、蛇紋岩が生成されながら水素ガスが発生する地質化学反応である。

ラマン分光法 – 分子の振動や回転による散乱光を観測し、物質の化学組成や構造を分析する手法である。

化学合成 (Chemosynthesis) – 光合成とは異なり、光を使わず化学エネルギーを使って有機物を生成する生命活動である。深海熱水噴出孔の生態系で重要な役割を果たす。

崑崙熱水フィールド – 西太平洋のムサウ海溝西側に位置する大規模な水素生成熱水システムである。11平方キロメートルの範囲を持つ。

中央海嶺 – 海洋プレートが分かれる場所で新しい海洋地殻が形成される地質構造である。ここで蛇紋岩化反応が多く起こるとされてきた。

プレート内部水素生成 – 従来は中央海嶺でのみ起こるとされた水素生成が海洋プレート内部でも起こり得ることを示す現象である。

【参考記事】

A large intraplate hydrogen-rich hydrothermal system discovered in the western Pacific Ocean(外部)
2025年8月にScience Advances誌で発表された論文で、西太平洋のプレート内部で大規模な水素豊富熱水システムが見つかったことを詳述。

Rare Deep-Sea Hydrothermal System Discovered In The Western Pacific Producing Massive Hydrogen Emissions(外部)
西太平洋での深海熱水システム発見と、その生物学的およびエネルギー的意義を報じている。

Scientists Uncover Vast Hydrogen-rich Hydrothermal System in Western Pacific(外部)
中国科学院海洋研究所による公式発表記事。崑崙熱水フィールドの位置、規模、水素生産量の概要を示している。

【編集部後記】

今回の崑崙熱水フィールドの発見を読んで、私たちの目の前に広がる可能性の大きさを実感しています。地球がまだこんなにも多くの謎を秘めていることに、皆さんはどのような思いを抱かれたでしょうか。年間100万トンという天然水素の生成量を知ると、現在の水素エネルギーの課題である製造コストや環境負荷の問題に、全く新しい解決策が見えてくるかもしれません。
深海3,000メートルの世界で繰り広げられる化学反応が、私たちの未来のエネルギー源になる日は来るのでしょうか。
また、太陽光の届かない環境で生きる生命体の存在は、宇宙での生命探査にどのような影響をもたらすと思われますか。

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