2020年にサセックス大学の心理学者カレン・マッコム氏らが行った研究により、猫とのコミュニケーション手法が科学的に実証された。研究では14世帯から21匹の猫を対象とした実験で、飼い主が約1メートル離れた場所から猫に対してスローブリンキング(目を細めてゆっくりまばたきする行為)を行った。その結果、猫は人間がスローブリンキングした後により頻繁に同様の反応を示した。第2の実験では8世帯から24匹の猫を対象に、事前接触のない研究者がスローブリンキングを実施し、猫が人間の手により近づく行動が確認された。この手法は猫がリラックス時に見せる表情で、無害の意図を示すサインと解釈される。研究チームは、スローブリンキングが猫との信頼関係構築に有効であり、獣医診療所や保護施設での猫の福祉評価への応用可能性を示した。この研究結果はScientific Reportsに発表された。
From: Scientists Reveal a Simple Technique to Communicate With Your Cat
【編集部解説】
この研究の興味深い点は、単なる「猫好きの経験則」を科学的に実証したことにあります。サセックス大学の研究チームは、猫の行動を客観的に測定するために「Cat Facial Action Coding System(CatFACS)」という解剖学的コーディングシステムを使用しており、これにより感情的な解釈を排して正確なデータを取得している点が注目されます。
研究結果で特に興味深いのは、雄猫と雌猫で反応に違いが見られたことです。実験データによると、雄猫は人間のスローブリンキングに対してより顕著な反応を示し、ハーフブリンク(半まばたき)の頻度が雌猫より高くなりました(雄猫:実験条件0.30±0.16、対照条件0.13±0.07、雌猫:実験条件0.13±0.06、対照条件0.10±0.05)。
この技術の実用的価値は保護施設での応用にあります。別の研究では、18匹の保護猫を対象に調査した結果、人間のスローブリンキングに積極的に反応する猫ほど早期に里親が見つかることが判明しています。さらに、人間に対して不安を示す猫ほど、長時間のスローブリンキングを行う傾向があることも確認されており、これは従来考えられていた「親和的行動」だけでなく「服従的行動」としての側面も持つことを示しています。
この研究が示唆する技術的な可能性は広範囲に及びます。獣医療現場では猫のストレス軽減、保護施設では適性マッチング、さらには人工知能を活用した猫の感情状態判定システム開発への応用も考えられるでしょう。
一方で、この手法には注意すべき点もあります。猫の個体差や環境要因、健康状態によって反応が変わる可能性があり、一律的な適用は適切ではありません。また、過度な期待は人間側のフラストレーションを生む可能性もあります。
長期的な視点では、この研究は動物福祉の向上と人間と動物の共生社会実現に向けた重要な一歩となるでしょう。特に高齢化社会におけるペットセラピーや、都市部での適切な動物飼育環境構築において、科学的根拠に基づいたコミュニケーション手法の確立は大きな意味を持ちます。
【用語解説】
スローブリンキング – 猫が目を半開きにした状態から、ゆっくりとしたまばたきや長時間の目を細める動作を行う行動。リラックス状態や親和性を示すサインとされる。
CatFACS(Cat Facial Action Coding System) – 猫の顔面筋肉の動きを解剖学的根拠に基づいて客観的に測定・分析するコーディングシステム。感情的解釈を排除して正確なデータを取得できる。
ハーフブリンク – 完全に目を閉じることなく、まぶたが互いに近づく動作。スローブリンキングの構成要素の一つ。
デュシェンヌ・スマイル – 人間の本物の笑顔。目尻にしわが寄り、目が細くなる特徴を持つ。猫のスローブリンキングと共通する要素がある。
タスミン・ハンフリー博士 – サセックス大学心理学部の博士課程学生として本研究の第一著者を務めた動物行動科学者。現在は同分野での研究を継続している。
【参考リンク】
サセックス大学 哺乳類コミュニケーション・認知研究室(外部)
カレン・マッコム教授が率いる研究室でスローブリンキング研究の拠点
Scientific Reports(Nature誌)(外部)
本研究の原著論文が掲載されている査読済み学術誌で科学的根拠を確認可能
【参考記事】
The role of cat eye narrowing movements in cat–human communication(外部)
本研究の原著論文。雄猫と雌猫の反応差など詳細なデータが記載
Slow Blink Eye Closure in Shelter Cats Is Related to Quicker Adoption(外部)
保護猫18匹の調査でスローブリンキング反応と里親決定の相関関係を実証
Communicating with cats and dogs – University of Sussex(外部)
研究背景と継続研究について詳述。せがみ鳴きの研究なども言及
Psychologists Reveal How to Build Rap-Paw With Your Cat(外部)
実験の詳細な手順と結果を解説。見知らぬ研究者への接近行動増加も説明
【編集部後記】
この研究を読んで、皆さんはどう感じられましたか?「そんなこと知ってるよ」と思われた方もいらっしゃるかもしれませんね。でも、経験則が科学的に証明される瞬間って、なんだかワクワクしませんか?
もし猫を飼われている方がいらっしゃったら、ぜひ今夜試してみてください。猫が見ている時に、ゆっくり目を細めて数秒間まぶたを閉じてみる。案外、愛猫との新しい対話が始まるかもしれません。
そして猫を飼っていない方も、この研究から見えてくる「動物と人間の関係性」について考えてみませんか?テクノロジーが進歩する一方で、こうしたシンプルなコミュニケーションの大切さを改めて実感します。
皆さんは動物とのコミュニケーションで、どんな体験をお持ちですか?