ワシントン大学が液体金属複合材料を開発、94%リサイクル可能で自己修復する次世代電子回路

ワシントン大学が液体金属複合材料を開発、94%リサイクル可能で自己修復する次世代電子回路

ワシントン大学の研究チームが、リサイクル可能な液体金属複合材料を開発した。この材料は、ガリウムベースの液体金属合金の微小液滴を伸縮性のあるリサイクル可能なポリマーに注入したもので、表面にパターンを刻むことで電気回路を形成できる。研究は9月12日にAdvanced Functional Materials誌に発表された。実験では金属の94%を回収することに成功した。この複合材料は自己修復性を持ち、切断後も熱と圧力で再結合でき、回路は新しい構成でも機能する。電子廃棄物は2030年までに年間9000万トンに達する可能性があり、この技術はウェアラブル電子機器やソフトロボティクスなどの持続可能な次世代デバイスの実現を目指している。研究はワシントン大学機械工学部助教授のMohammad Malakooティが主導し、全米科学財団とエネルギー省が資金提供した。

From: 文献リンクNew ‘liquid metal’ composite material enables recyclable, flexible and reconfigurable electronics

【編集部解説】

この研究が注目される背景には、電子廃棄物問題の深刻化があります。国連の報告によれば、2022年の電子廃棄物は62百万トンで、2030年には82百万トンに達する見込みです。一方でリサイクル率は22.3%から20%へと低下する予測で、成長するe-waste量に回収努力が追いついていません。

ワシントン大学のチームが開発した素材の核心は「ビトリマー」と呼ばれる動的共有結合ネットワークを持つポリマーです。通常のプラスチックは一度固まると元に戻せませんが、ビトリマーは加熱によって結合が再配置され、形を変えたり修復したりできます。ここにガリウムベースの液体金属を組み合わせることで、導電性と柔軟性を両立させました。

従来の回路基板はガラス繊維と樹脂の硬い基板に銅などの金属配線を接着する構造で、リサイクルには複雑な工程が必要でした。新素材では表面に軽く傷をつけるだけで内部の液体金属液滴が連結し、電気回路を形成します。使用後は化学処理で94%の金属を回収でき、ポリマーも再利用可能です。

特筆すべきは自己修復機能で、切断した部品を熱と圧力だけで再接合できる点です。これは製品の長寿命化だけでなく、モジュール式デザインの可能性も開きます。ウェアラブルデバイスやソフトロボティクスなど、柔軟性が求められる分野での応用が期待されています。

ただし、ガリウムの供給は中国に大きく依存しており、価格変動のリスクがあります。研究チームが再利用性に注力した理由もここにあるのでしょう。また、vitrimer技術は常温での結合交換速度が遅いため、実用的な自己修復には時間がかかる課題も残されています。

この技術が示唆するのは、製品設計のパラダイムシフトです。従来の「作って使って捨てる」モデルから、「使って修理して再構成して最終的にリサイクルする」循環型モデルへの転換。Malakooti助教授が「最初から問題に取り組みたい」と語るように、製品ライフサイクル全体を見据えた設計思想が求められています。

【用語解説】

ビトリマー(Vitrimer)
熱硬化性樹脂と熱可塑性樹脂の特性を併せ持つ新しいクラスのポリマー材料である。動的共有結合により、加熱時には結合が再配置されて流動性を持ち、冷却すると固化する。この特性により、切断後の自己修復や再成形が可能となる。

ガリウムベースの液体金属
ガリウム(Ga)を主成分とする合金で、室温で液体状態を保つ金属である。純粋なガリウムの融点は約29.8℃と低く、高い電気伝導性と熱伝導性を持つ。表面に自然に酸化膜を形成し、これが機械的な「皮膜」として機能し非球形構造を維持できる。毒性が比較的低く、蒸気圧がほぼゼロという特徴を持つ。

電子廃棄物(E-waste)
使用済みの電子機器や電気製品から発生する廃棄物を指す。鉛、水銀、カドミウムなどの有害物質を含むため、不適切な処理は環境や人体に深刻な影響を及ぼす。2022年には全世界で62百万トンが発生し、2030年には82百万トンに達すると予測されている。

ソフトロボティクス
柔軟な材料を用いて構築されるロボット工学の分野である。従来の硬い金属やプラスチックではなく、ゴムやシリコンなどの柔らかい素材を使用することで、人間や繊細な物体との安全な相互作用が可能になる。

【参考リンク】

Advanced Functional Materials(外部)
2001年創刊のWiley-VCH発行材料科学トップティアジャーナル。ナノテク、有機エレクトロニクス、バイオマテリアルなど幅広くカバー

ワシントン大学 Mohammad Malakooti研究室(iMatter Lab)(外部)
多機能複合材料やウェアラブルエレクトロニクス開発を行う研究室。2019年から液体金属注入ポリマーを研究

オークリッジ国立研究所(ORNL)(外部)
米国エネルギー省運営の国立研究所。材料合成、特性評価、理論計算でナノフェーズ材料科学センター併設

Global E-waste Monitor 2024(外部)
国連訓練調査研究所と国際電気通信連合発行の電子廃棄物報告書。発生量、リサイクル率、環境影響の統計を提供

【参考記事】

The Global E-waste Monitor 2024(外部)
2022年62百万トンの電子廃棄物発生、リサイクル率22.3%。2030年82百万トン予測で増加率はリサイクルの5倍

Vitrimers – Wikipedia(外部)
熱活性化結合交換反応でトポロジー変更可能な分子ネットワーク。高温で流動、低温で熱硬化性樹脂として振る舞う

Attributes, Fabrication, and Applications of Gallium-Based Liquid Metals(外部)
ガリウム合金は室温で金属・流体特性を併せ持つ。表面エネルギー約700mN/mで酸化膜が機械的皮膜として機能

Closing the Loop on the World’s Fastest-growing Waste Stream: Electronics(外部)
電子廃棄物からの材料回収が進まない理由はコストと時間。複雑な設計、材料混合、有害物質がリサイクル率低下の原因



【編集部後記】

もし今お使いのスマートフォンやノートパソコンが「使い終わったら素材に戻して、また新しいデバイスに生まれ変わる」ものだったら、どう感じますか?この研究が示すのは、電子機器との付き合い方そのものが変わる未来です。世界規模で電子廃棄物の増加は深刻な課題となっており、これは決して遠い国の話ではありません。ウェアラブルデバイスやスマートホーム機器が日常に溶け込んでいく中で、「修理できる」「再構成できる」「最後はリサイクルできる」という選択肢が当たり前になる世界を、一緒に想像してみませんか?

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です