サムスンがAI認知症検出サービス「Brain Health」発表、スマホとウェアラブルで日常データから早期発見へ

サムスンがAI認知症検出サービス「Brain Health」発表、スマホとウェアラブルで日常データから早期発見へ

サムスン電子は2026年1月にラスベガスで開催されるCES 2026で、認知機能低下を事前検出するBrain Healthサービスを初公開する。同サービスは、スマートフォンとウェアラブルデバイスを通じて音声の変化、歩行パターン、睡眠状態などの日常データを継続的に収集・分析し、認知症の初期兆候を早期に特定する。緊急時には保護者に警告を発する機能も備える。ウィン・ラスベガスのラ・トゥールで開催されるThe First Lookイベントで体験ゾーンを設置する。

サムスン電子は、医療機関と協力して臨床検証を実施中である。サービスは診断に加え、カスタマイズされた脳トレーニングプログラムを提案する改善・予防機能も含む。セキュリティ面ではSamsung Knoxを適用し、外部ネットワークやクラウドに接続せずデバイス自体でデータを管理する。同社は7月に米国のデジタルヘルスケア企業Xealthを買収し、コネクテッドケア市場への参入を宣言している。

From: 文献リンクSamsung unveils Brain Health to detect early dementia at CES 2026

【編集部解説】

サムスンのBrain Healthは、認知症という世界的な健康課題に対する画期的なアプローチとして注目に値します。世界保健機関(WHO)によれば、2021年時点で世界の認知症患者数は5,700万人に達し、2050年には1億5,300万人に増加すると予測されています。年間1兆3,000億ドル(約195兆円、1ドル=150円換算)もの経済損失が発生しており、その約半分は家族や友人による無償の介護に起因しています。

日本においては2025年に65歳以上の約5人に1人が認知症になると推計されており、米国でも約600万人が認知症を抱えています。こうした背景の中で、日常的に使用するスマートフォンやウェアラブルデバイスで早期検出が可能になることの社会的意義は極めて大きいといえます。

技術的な側面を見ると、音声、歩行、睡眠という3つのバイオマーカーの選択には科学的な裏付けがあります。複数の学術研究によれば、歩行速度の低下や歩行の変動性の増加は、軽度認知障害(MCI)の段階でも現れることが確認されています。音声分析では、話すスピードやピッチ、トーンの変化が認知機能低下の指標となることが示されています。睡眠の質の低下も認知症リスクと相関関係があることが知られています。

サムスンは機械学習アルゴリズムを用いて、こうした微細な変化を検出します。研究によれば、マルチモーダルなアプローチ、つまり複数のデータソースを組み合わせることで、予測精度が大幅に向上することが分かっています。

セキュリティ面では、Samsung Knoxを活用してデバイス内でデータを処理し、外部ネットワークやクラウドに接続しない方式を採用します。認知機能に関する情報は極めてセンシティブなため、この設計は適切といえます。ただし、保護者への緊急通知機能がある以上、一定のデータ共有メカニズムは必要となるため、その実装方法が注目されます。

このサービスは診断ツールではなく、あくまでスクリーニングツールであることを理解する必要があります。偽陽性(実際には認知症でないのに異常を検出)が発生すれば、ユーザーに不必要な不安を与える可能性があります。逆に偽陰性(実際には認知症なのに検出できない)のリスクもあります。サムスンが医療機関と臨床検証を実施していることは、こうしたリスクを最小化するための重要なステップです。

より広い視点で見ると、このサービスは医療のパラダイムを「治療」から「予防」へシフトさせる動きの一環です。Brain Healthは脳トレーニングプログラムなどの改善機能も提供し、「継続的なヘルスケア」モデルを目指しています。これは、病気になってから対処するのではなく、日常的なデータから健康状態を継続的にモニタリングし、早期介入を可能にするアプローチです。

競合他社への影響も考えられます。AppleのHealth appやGoogle傘下のFitbitも健康データを収集していますが、認知機能の検出機能は提供していません。サムスンの動きは、他社にも同様の機能開発を促す可能性があります。

一方で、規制上の課題も存在します。このようなAI駆動の健康スクリーニングツールは、国や地域によって医療機器としての承認が必要になる可能性があります。サムスンが「具体的なリリース時期と適用可能なアプリケーションは検討中」としているのは、こうした規制対応も含まれていると考えられます。

日本市場においては、高齢化が進む中で特に需要が高いと予想されます。ただし、日本では医療機器としての承認プロセスが厳格であり、薬機法(医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律)への対応が必要となる可能性があります。

長期的には、こうしたデジタルバイオマーカーが医療記録システムと統合され、かかりつけ医が患者の日常的な健康データにアクセスできるようになることが期待されます。Xealth買収は、まさにこのビジョンの実現に向けた布石といえるでしょう。

【用語解説】

認知症(にんちしょう)
脳の細胞が死んだり、働きが悪くなることで記憶力や判断力が低下し、日常生活に支障をきたす状態。アルツハイマー型認知症が全体の60〜70%を占める。2021年時点で世界に5,700万人の患者がおり、2050年には1億5,300万人に達すると予測されている。

軽度認知障害(MCI)
Mild Cognitive Impairmentの略。物忘れなどの認知機能障害が認められるものの、日常生活は自立しているため認知症とは診断されない状態。MCIの段階で適切な治療を行えば、健常な認知機能まで回復する可能性が14〜44%あるとされる。

Samsung Knox(サムスン ノックス)
サムスンが開発したセキュリティプラットフォーム。デバイス内でデータを暗号化・保護し、外部からの不正アクセスを防ぐ。Brain Healthでは、機密性の高い認知機能データを外部ネットワークやクラウドに接続せず、デバイス自体で管理するために使用される。

デジタルバイオマーカー
スマートフォンやウェアラブルデバイスなどのデジタル技術を用いて収集される、健康状態を示す指標。歩行パターン、音声の変化、睡眠データなど、日常生活から得られる客観的なデータを指す。従来の血液検査や画像診断に比べて非侵襲的で、継続的なモニタリングが可能。

マルチモーダルアプローチ
複数の異なる種類のデータ(音声、歩行、睡眠など)を組み合わせて分析する手法。単一のデータソースよりも予測精度が大幅に向上することが研究で示されている。Brain Healthでは音声、歩行、睡眠の3つのモダリティを統合して認知機能の変化を検出する。

機械学習・ディープラーニング
大量のデータからパターンを学習し、予測や分類を行うAI技術。サポートベクターマシン(SVM)は従来型の機械学習手法の一つで、ディープラーニングは神経回路網を模した多層構造を持つより高度な手法。認知症検出の研究では、これらのアルゴリズムが高い精度を示している。

【参考リンク】

Samsung Electronics Global Newsroom(外部)
サムスン電子の公式プレスリリースサイト。製品発表や企業買収などの最新情報を掲載している。

CES (Consumer Electronics Show)(外部)
毎年1月にラスベガスで開催される世界最大級の家電・IT見本市。2026年は1月6日から9日まで開催予定。

Samsung Health(外部)
サムスンが提供する健康管理アプリ。Galaxy WatchやGalaxy Ringなどと連携し健康を管理できる。

Xealth(外部)
2017年に米国プロビデンス医療システムからスピンアウトしたデジタルヘルスプラットフォーム企業。

WHO – 認知症ファクトシート(外部)
世界保健機関による認知症に関する公式データと統計。世界の認知症患者数などの最新情報を提供。

【参考記事】

Samsung Electronics Acquires Xealth, Bridging the Gap Between Wellness and Medical Care(外部)
サムスン電子の公式プレスリリース(2025年7月8日)。Xealth買収の発表内容を掲載している。

Samsung Electronics Completes Acquisition of Xealth, Accelerating Connected Care(外部)
Xealth公式サイトによる買収完了の発表(2025年10月17日)。500以上の米国病院ネットワークを持つ。

世界のアルツハイマー病患者数が2050年までに3倍に増加するとの新研究結果を発表(外部)
日本認知症国際交流プラットフォームによる記事。2050年には1億5,300万人に増加するとの予測を掲載。

Machine Learning Approaches for Dementia Detection Through Speech and Gait Analysis(外部)
音声と歩行分析による認知症検出の機械学習アプローチに関する系統的文献レビュー。

認知症患者、2030年に推計523万人 8年で80万人増(外部)
日本経済新聞の記事(2024年5月8日)。厚生労働省研究班による最新の認知症患者数推計を報道。

Wearable Sensor Technologies and Gait Analysis for Early Detection of Dementia(外部)
ウェアラブルセンサー技術と歩行分析による認知症早期検出に関する文献レビュー(2025年)。

Samsung to Launch AI Brain Health Tool for Early Dementia Detection at CES 2026(外部)
サムスンのBrain Health機能に関する詳細な技術解説記事。AIによる分析の仕組みを説明している。

 

 

【編集部後記】

私たちが毎日手にするスマートフォンやスマートウォッチが、いつか大切な人の認知機能の変化に気づくきっかけになるかもしれません。Brain Healthのような技術は、離れて暮らすご家族の様子を見守る新しい方法として、多くの可能性を秘めています。みなさんは、日常的に使うデバイスにどこまで健康管理を任せたいと思いますか。それとも、プライバシーの観点から慎重になるべきでしょうか。このような技術の進化が、私たちの暮らしや医療のあり方をどう変えていくのか、innovaTopia編集部も引き続き注目していきたいと思います。

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